第168話 長い人生の始まり

 治療タンクの中でナオミが目を覚ました。

 寝ぼけた頭でここは何処だと暫く考え、自分がアンチエイジングで寿命を延ばしたのを思い出すなり、ガバッ! と上半身を起こす。

 自分の手のひらをジッと見つめるが、眠る前と変わらぬ手を見ても本当に寿命が延びたのか分からなかった。


 治療タンクを出てから近くに置いてあったタオルで体を拭く。

 そして、少しの乱れもなく折り畳んであった自分の服を着て、天井に向かって話し掛けた。


「ハル、聞こえるか?」

『おはようございます、ナオミ』

「なあ、前と変わってないけど、本当に私は若返ったのか?」

『アンチエイジングは細胞の劣化を抑えるだけで、若返りはしません』

「ああスマン、言い方が悪かった。寿命が延びたんだったな」

『それで正解です。アンチエイジングの結果、ナオミは肉体年齢23歳の状態を200年ほど維持した後、残り300年で少しずつ老化していきます』

「私の年齢は28歳だぞ」

『私が申したのは肉体年齢です。ナオミは実年齢よりも健康体なので、体は23歳女性の平均体力とほぼ同等です』


 ハルの間違いを訂正すると、すぐに返答が返ってきた。

 どうやらダイエットで運動したのが功を奏したらしい、思わず「よし!」と拳を握った。


「自分で望んだ事だけど、凄いな……」

『ただし脳を電子化しなければ100歳前後で脳細胞の老化が始まり、アルツハイマーなどの症状が始まります』

「アルツハイマー?」

『認知症です』

「ああ、ボケ老人になるのか」

『体は若いままなので、老人ではないでしょう』


 ハルの指摘に、ナオミが顔をしかめる。


「……それは最悪だな。だからルディは脳を電子頭脳にしたのか」

『他にも理由はありますが、脳の老化阻止も理由の1つです』

「それで、私が眠ってから何日目だ?」

『3日と3時間21分です』


 治療タンクで栄養分を取っていたが、3日も寝ていたと聞いた途端、空腹を感じてナオミの腹が鳴った。


「ルディは?」

『現在就寝中です。起こしますか?』

「いや、腹が減っただけだから、起こさなくていい」

『分かりました。リビングに簡単な食事を用意します』

「それはありがたい。3日も寝ていたと聞くと腹が減る」

『ナオミの睡眠中は治療タンクで体調を維持していましたが?』

「それでも人間は腹が減るのさ」


 ナオミがそう言って肩を竦める。


『気持ちの問題ですね、食事のカロリーを押さえます。ルディの部屋へ案内しますので、ドローンが来るのをお待ちください』

「よろしく」


 ルディの部屋までの道順は覚えていたが、勝手に出歩くのは良くないと、ナオミはハルの命令に従ってドローンを待つ事にした。




 翌日、ルディとゴブリン一郎が起きてリビングに入ると、既にナオミは起きておりソファーでくつろいでいた。


「ししょー、おはようです」

「ぎが、ぎゃぎゃぎゃ?(ししょー、今までどこ行ってたんだ?)」


 ゴブリン一郎は、何時もルディがナオミをししょーと呼ぶので、別に師匠関係でもないのに、ナオミをししょーという名前だと勘違いしてそう呼び始めている。


「やあ、おはよう」

「体の調子どーですか?」

「うむ、至って健康だぞ」

「それは良かったです。アンチエイジング適正ないと、たまに体が衰弱しやがるです」

「そうなのか?」

「僕も聞いた話だから詳しく知らんです。それで、魔法も問題ねーですか?」

「そっちも問題ない」


 ナオミはそう言うと、右手の人差し指を立てて魔法を唱え、指先から小さな炎を灯した。


「ししょー、船内は火器厳禁です。とっとと消しやがれです」

「そいつは失礼」


 ルディから注意されて、ナオミが炎に息を吹きかけて火を消す。


「部屋に消火剤撒かれたら、目も当てられねーです」


 小さな炎だったから火災報知器が反応しなかったが、もし消火剤が撒かれていたら朝から大惨事だっただろう。


「マナ保有者のアンチエイジング、ししょーが初だったから、何もなくて良かったです」

「アンチエイジングしているお前がマナを手に入れたんだから平気だろ」

「ああ、そう言えばそーでした」


 ナオミから言われて、ルディは普段は気にしていない自分のアンチエイジングを思い出して、ポンッと手を叩いた。


「ぎゃぎゃが?(飯まだか?)」


 2人が会話していると、腹を空かせたゴブリン一郎が騒ぎだし、ルディは朝ご飯を作り始めた。




 朝ご飯を食べた後、ルディとゴブリン一郎がルーチンワークでマナ回復薬を飲む。

 ルディは頭が痒いと拳でぐりぐり頭を擦り、ゴブリン一郎は手の甲でこめかみをぐりぐり押さえた。

 その様子が可笑しくナオミが笑っていると、かゆみが治まったルディが話し掛けてきた。


「もうここには用ねーですから、昼に星へ戻りやがれです」

「そうか……楽しかったから、もう少し居たかったな」


 ナオミが呟くと、それを聞いたルディが肩を竦める。


「人間、閉鎖的な宇宙船に居るよりも、自然の中で生きた方が健康的です」

「お前が言うと実感がこもってるな」

「伊達に60年以上宇宙生活してねーです」


 ナオミが冗談交じりに言うと、ルディがもう一度肩を竦めた。

 その後、午前中をのんびりルディの部屋で過ごした後、3人は揚陸艇に乗り込んで、久しぶりに星へと帰った。

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