第167話 畜産計画

 行政執行室でソラリスとマイケルが向かい合い、デッドフォレスト領の業務についての話をしていた。


「領民から家畜を殖やしたいという要望が来ている。何とか出来ないか?」

「追加仕様でございますか?」


 そうソラリスの確認に、普段聞きなれない単語を聞いたマイケルが暫し考える。


「追加仕様? ……確かにアンタの設計書には載ってなかったから、追加になるな」

「何故急にそのような要望が?」

「別に急じゃない。前から欲しかったけど金がなかっただけさ。だけど、今年は税金がないから、余った金で家畜を買いたいらしい」


 マイケルの話を理解したソラリスが納得して頷く。


「理解しました。それで、増やしたい家畜は何でございますか?」

「豚と牛だな。豚は街に捨てられたゴミを食べさせて、牛は農地の開墾に使いたいらしい」


 この星の時代の豚は何でも食べる事から、街に捨てられた糞などを食べさせて街の衛生を良くし、牛は力がある事から農場で力仕事をさせるのが一般的だった。


「牛は認可しますが、豚は却下でございます」

「何故、豚は駄目なんだ?」


 ソラリスの判断にマイケルが却下の理由を尋ねる。


「豚は非効率です。餌代を計算すると、人を雇って清掃した方が効率が良いと判断しました」

「だけど、豚は食料になるぞ」

「腸チフス菌に感染する可能性が高いので、衛生管理されていない豚は食用とは認められません」

「腸チフス?」


 この星では衛生管理など無いに等しいので、不衛生な豚でも平気で食べるが、ソラリスがナイキにアクセスして調べたところ、豚の畜産は衛生管理が最も重要だったので、街に落ちている馬糞や人糞を食べさせた豚を食べるなど論外。

 ちなみに、ナイキに畜産のデータがあったのは、ルディが村育成ゲームで遊んでいた時に調べた事があったから。


「腸チフス菌は便と尿が感染源の病気でございます。高熱が1週間以上も続き、比較的徐脈、バラ疹、脾腫、下痢などの症状を呈して、腸出血、腸穿孔を起こし、重症になると意識障害や難聴が起きることもございます」


 ソラリスがデータベースから引っ張り出して、腸チフス菌についての発生源と病状を説明するが、専門用語が分からないマイケルにはちんぷんかんぷんだった。


「つまり……なんだ?」

「熱と下痢の病気でございます」

「理解した」


 ソラリスの子供でも分かる説明を聞いて、マイケルも理解した。


「病気になるなら仕方ねえな。だけど、豚肉がないと街の男衆が騒ぐぞ」


 豚肉はタンパク質とビタミンB1が豊富で、特にビタミンB1はブドウ糖をエネルギーに変換させるのに必要な栄養素。つまり、働き盛りの男性であれば、豚肉は疲労回復も兼ねた食料だった。

 マイケルがそう言うと、『なんでもお任せ春子さん』のデータから栄養学に詳しいソラリスは彼の言う事を理解する。


「しかし、今の小麦生産量では家畜の餌に回せる分までございません。だけど、3年後には生産量が増加して穀紛を餌に回すことができます。今から草原で家畜が生産できるように計画書を作成しましょう。その間はそうですね……豚肉の代わりに胡麻を生産します」

「胡麻が豚肉の代わりになるのか?」

「胡麻にタンパク質はございませんが、ビタミンB1が含まれています。確かマイケル様はパン屋でございましたね?」


 ソラリスの確認にマイケルが肩を竦める。


「今はレインズの世話で本業が疎かだけどな」

「でしたら都合が宜しゅうございます。3年間、胡麻入りのパンに補助金を出すので、領都の全てのパン屋に通達して、胡麻入りのパンを市中で流行らせてください」

「補助金⁉ もしかして、パンを作るだけで金が貰えるのか?」

「左様でございます」


 マイケルは当てずっぽうで言ってみたが、ソラリスから正解と言われて驚き目を大きくする。

 彼が驚くのも無理はない。何故なら、貴族や商人が教会へ寄付する話は偶に聞くが、政策のために役人が市民に金を払うなんて話は聞いた事がなく、普通は役人が上からヤレと命令するのが普通だった。


 だけど、もし補助金が出るならばと、マイケルは腕を組んで考える。

 パン屋では普通のライ麦パンと一緒に、胡麻入りのパンも売っているが、胡麻の仕入れ値が高い分だけ売値も高く、それほど人気のある商品ではない。

 だけど、補助金が出るならば、普通のパンとほとんど同じ値段になる。

 そして、普通のパンよりも胡麻入りのパンの方が香ばしくて人気になるだろう。


「分かった。パン屋の仲間を集めて話をしてみるよ」


 マイケルの了承にソラリスが頷く。


「お願いします。それと、補助金の値段を決めるので、胡麻1kgで胡麻入りパンが幾つできるか調べて、ご報告をお願いします」


 終わり際にソラリスから宿題を言われて、マイケルが顔をしかめた。




 マイケルが去った後、ソラリスが思考する。

 確かに小麦の生産だけでは栄養バランスが偏る傾向がある。そして、フロントライン川の東は降水量から、農業の生産量に限りがあった。

 それならば、農地を作るよりも家畜の生産地として活用した方が良いのかもしれない。


 だが、この星の畜産業とナイキのデータベースの畜産業では、飼育方法に大きく隔たりがあり、彼女はこの星の飼育方法を知らなかった。


(そうですね。わざわざこの星の飼育方法に拘る必要もないでしょう)


 ソラリスはそう決めると、畜産業の計画書を作り始める。

 その飼育方法は完璧な衛生管理と草原遊牧を組み合わせた畜産で、数年後にデッドフォレスト領の畜産は、ブランド品になるほどの高級食材になるのだった。

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