第164話 ルイジアナの報告
ナオミが宇宙旅行に行っている時、ハルビニア国の王都に着いたルイジアナは、王太子の執務室で畏まっていた。
彼女の前に居るのはハルビニア王国、王太子クリス・ハルビニア。来年初頭の戴冠式が無事に終われば名前の後ろに8世が付く。
クリスはレインズよりも5歳年下で、現在34歳。
顔は凛々しく髪の色は黒。若い頃の現国王に似ているとよく言われていた。
子供の頃はレインズを振り回してやんちゃしていた彼も、隣国にローランドという巨大国家があるせいか、成長して威厳のある風格を身に着けていた。
王太子とルイジアナの間には幅広の豪華な執務机があり、その机の上にルイジアナが道中で書き上げた報告書と、ソラリスの作成した書類が置かれていた。
「顔を上げて楽にしてくれ」
「はい」
クリスの命令にルイジアナが顔を上げれば、真面目な表情をしているけど目だけが笑っているクリスの顔があった。
「昨日の内に報告書を読んだ。中々面白い結果になったな」
ルイジアナがソラリスの設計書と道中で書き上げた報告書を提出したのが一昨日なので、多くの仕事を抱えている彼からすれば早い方だった。それだけデッドフォレスト領の事が気がかりだったのだろう。
「……死者の数がそれほど出なかったのは幸いでした」
「うむ。私もレインズだけでは心配だったから、以前に彼の父から聞いた奈落の魔女の話を思い出して報奨金で釣ってみたが、予想以上の成果だった。それと、ローランドの方は私の方で何とかする」
「そう言えば、報奨金がデッドフォレスト領からの支払いと聞いて、奈落の魔女からクリス様に言付けがあります」
「何だ?」
「……ドケチ野郎。以上です」
それを聞いたクリスは怒る事なく、逆に部屋中に響く声で笑いだした。
「あっはっはっはっはっ! そいつはなかなか良い誉め言葉だ」
元ガーバレスト子爵のルドルフが貯め込んだ金を渡せば、国費を減らさずに済むと考えた案だったが、ルイジアナの報告書ではどうやら奈落の魔女はその考えを気に入らず、財産を丸ごとデッドフォレスト領の発展に差し出したらしい。
笑いを収めたクリスが机の上の紙の束から、『デッドフォレスト領経営方針書』と『デッドフォレスト領経営設計書』の2冊を持ち上げると、厳しい目をルイジアナに向けた。
「問題はこれだ。経営設計書の方はまだ途中までしか読んでないが、これを作ったのは一体何者だ?」
「奈落の魔女のメイドです」
「…………は?」
ルイジアナの返答に、クリスの口が半開きになった。
クリスは昨日、仕事中に渡された書類の中に珍しい材質の紙の束があり、興味本位で手に取れば、気になっていたデッドフォレスト領関係の報告書と添付資料だった。
紙の材質は気になったが、それよりも結果の方が優先だとルイジアナの報告書を読んでみれば、どうやらレインズは奈落の魔女を味方につける事に成功したらしい。
奈落の魔女の弟子の協力で前領主ルドルフの汚職の証拠を手に入れ、さらに奈落の魔女の力でルドルフを倒したと書いてあった。
クリスとしては、もう少しレインズが活躍して、領民からの支持が欲しかったが、この結果は悪くない。
そして、報告書の最後に書いてあった、今後のデッドフォレスト領の経営についての資料の1つ、『デッドフォレスト領経営方針書』を手に取る。
ちなみに、先に『デッドフォレスト領経営方針書』を手にしたのは、そっちの方が薄かったから。多くの書類と戦う彼でも、設計書の分厚さと向き合うのに抵抗があった。
何気に経営方針書を読んでみれば、今まで見てきた書類が落書きに思えるほど簡潔且つ丁寧に書かれていて、直ぐにこれを書いた人間を自分の手元に置きたいと思った。
だけど、そう思ったのは最初だけ。後は今までとは違う合理的な経営方針に、ぐうの根も出ないほど感心させられた。
もちろん、幾つか方針は国と違った思想だけど、それを踏まえても自分が国王になった後、さまざまな改革を目指す上で、とても参考になる資料だった。
気が付けば方針書を読み終え、もう1冊の『デッドフォレスト領経営設計書』の最初の部分を読んでいたところで側近から声を掛けられ、気が付けば業務時間が終わろうとしていた。
早く続きを読みたいが、他にも優先する仕事が残っており、彼は慌てて仕事を終わらせると、就寝前に設計書の続きを読んで寝落ちしていた。
そして、朝目覚めると、ルイジアナを王宮に召喚するように側近へ命令を出した。
「すまんが聞きそびれた。もう一度誰だか言ってくれ」
「はい。奈落の魔女のメイドで、ソラリスという女性です」
クリスの命令に、もう一度ルイジアナが設計書を書いた人物を報告する。
「……君は真面目な性格だと思っていたのだが、意外と冗談が上手いんだな」
「冗談ではありません」
その返答にクリスが口を噤んだ。
彼の頭の中では、この設計書を書いたのは在野で暮らす天才経済学者だと思っていた。そう思うほど、この設計書は素晴らしい。
だが、ルイジアナの口から出たのはメイド。とてもではないが、無学なメイド如きが作成したと聞いても、彼は信じられなかった。
「それは本当か?」
「はい。私もそれほど彼女と会話をしていませんが、奈落の魔女の家ではメイドとして働いていました」
「……引き抜けないか? 年俸で金貨50枚は出す」
金貨50枚は平民が1年かけても稼げない金額で、女性の地位が低いこの星では破格の給金だった。
だが、それだけの給金を出す価値はある。この設計書を書いたソラリスという女性は、ただのメイドにしてはもったいない頭脳の持ち主だった。
女性が政治に関わるのを嫌う貴族は多く、彼女の作成した設計書の内容は貴族よりも国民を優先した方針が多々あって反発はあるだろう。
それでも彼女の作成した設計書は、クリスの目から見ても魅力的だった。
クリスの話にルイジアナは少し考えて、頭を横に振る。
「引き抜きは無理です。今も彼女はレインズ様の元に出向という形で出向いており、領地が安定したら帰ると言ってました」
「金では靡かないか」
「はい」
「……それだけの才能のある女性をただのメイドとして雇うか。奈落の魔女とは一体何者だ?」
「……決して触れてはいけない災害です」
ルイジアナから見たソラリスは、奈落の魔女ではなく弟子のルディに仕えている感じだった。
ルディはエルフの里に連れて行かなければいけない重要人物。報告書にも名前を出さずに奈落の魔女の弟子と書き、クリスとの会話でもルディの名前を出さなかった。
そして、奈落の魔女が人里離れて暮らしているのは、世間から離れたいと考えているからだろうと憶測し、ルイジアナもあの家で一晩だけ過ごした時に感じた、温かい雰囲気を壊したくないという気持ちから、遠回しで彼女に手を出すなとクリスに警告した。
「……分かった。だが、一応俺がそう言っていたと、ソラリスという女性に話だけはしてくれ」
「分かりました」
クリスの命令にルイジアナはおそらく無理だろうと思いつつ頭を下げる。
「それで話を変えるが、この紙は良いな。デッドフォレスト領では羊皮紙の代わりにこの紙を使っているのか?」
どうやらクリスはまだまだ話し足りないらしい。
ルイジアナは引き攣りそうになる顔を押さえて、彼の質問に答えた。
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