第165話 ルディの手術とナオミの夢

 ルディの電子頭脳改造計画から1週間後、ハルは無事にマナ専用のバッテリーとパワコンを作成した。

 ナオミも出来上がった品を見させてもらったが、2つ合わせて小指の爪ぐらいの大きさで、厚さも2㎜ぐらいしかなく、本当にこんな小ささで大丈夫なのかと不安に思う。


「ずいぶん小さいんだな」

『このサイズでナオミの保持できる最大マナの三分の一の量を、蓄積する事ができます』


 ハルがナオミの質問に答えると、彼女は宇宙の科学に驚いた。


「そいつは凄いな」

「まだ僕のマナ少ねーから、これ100%使いこなすのかなり先です」

『計算だと5年の間はこの装置で十分でしょう』


 驚く彼女に、術式の最終チェックをしながらルディが応え、ハルが言い足した。




 手術前にルディは有線LANケーブルを取り出すと、髪の毛を掻きわけて左耳の裏にあるポートに刺し込み、反対側の末端をPCに差した。


「久しぶりにそいつを見たな」


 ソラリスを目覚めさせる時に、一度だけ見た事のあるルディの行動を見て、懐かしみながらナオミが話し掛ける。


「失敗して記憶ぶっ飛ぶマジでやべーから、バックアップするのです」

「えっと、記憶を失っても取り戻せるという事か?」

「バックアップするときに忘れている事は忘れているままですけど、そのとーりです」

「便利なものだな」

「バックアップ1時間ぐらい掛かるから、ししょーつき合わねーで船の中ぶらぶらしてて良いですよ」

「いや、弟子の成長を見るのも師匠の務めだから見守ろう」


 珍しく師匠らしくナオミが答えると、ルディがジト目で彼女を見返した。


「本音は?」

「面白そうだから」

「だと思ったです」


 笑って返答するナオミに、ルディが呆れた表情を浮かべてから微笑み返す。

 ちなみに、ゴブリン一郎は初めから付き合わず、船の中をプラプラと散歩していた。




 バックアップが完了してルディが手術室に入ると、既にハルの命令で待機していたドローンが彼を待っていた。

 ルディは服を脱いで上半身だけ裸になり、手術台にうつ伏せに寝る。そして、電子頭脳の電源をスリープモードに切り替えて眠りに落ちた。


 手術台の真上には、寝台を丸ごと被せられるぐらい大きい装置が設置されており、ルディが眠るのと同時にゆっくりと降りてきて、彼の寝ている寝台を覆い隠した。


「手術はどれぐらい掛かるんだ?」

『15分ぐらいでしょう』


 その様子を手術室を見下ろせる2階の窓から見学していたナオミが、ハルに質問するとすぐに返答がきた。


「装置を体内に埋めるのに、たったそれだけなのか⁉」

『電子頭脳を所有する人間は、スリープモードにする事で麻酔の必要がありません。それに今回は脳手術と言っても直接脳を弄るわけではないので直ぐに終わります』

「これだけの技術力があれば、魔法なんて必要ないだろう」


 ナオミはナイキの科学力に、何故ルディはこれほど便利な環境があるのに魔法に拘るのか、それが不思議で疑問を口にする。


『結論から言えば、科学の粋を極めた銀河帝国に魔法は必要ありません。ただし、科学の基本は探求心です』

「探求心?」

『イエス。人間は未知なる物を解き明かすという探求心から、あらゆるものを研究して進化を遂げてきました。おそらくマスターもその探求心から魔法を研究したいのでしょう』

「なるほど、それなら理解できる」


 自分もルディと出会ってから科学の魅力に取りつかれ、多くの事を学ぶのが面白く、それと同じだと言うハルに納得した。




「……なあハル、一つ相談なんだが」


 手術の様子を見ながらナオミが話し掛ける。

 その顔は普段と比べて、どこか真剣な表情だった。


『何でしょう』

「確かルディはアンチエイジングで寿命を延ばしたと言ったな」

『その通りです』

「だったら私も寿命を延ばせないか?」

『……理由を伺っても?』


 珍しくハルが間を置いて理由を尋ねる。


「私はもっと科学を学びたい、だけど今の寿命では時間が足りない。魔法と科学、その2つを融合させれば、宇宙の科学に追いつけなくても便利な世界が作れると思う」


 今までナオミは、ローランドへの復讐のためにだけに生きていた。

 だけど、ルディと出会って科学と出会い、ナイキでさらなる科学の粋を見せられた彼女は、初めて復讐以外の自分の生きる道を朧気ながら見つけた。


『分かりました。まずマスターに相談しましょう。マスターの許可を得てから、アンチエイジングの適応検査をします』

「ああ、ありがとう」


 ハルの返答にナオミが礼を言う。


 2人が話している間にルディの手術が完了して、寝台を覆っていた機械が天井に上がり始めた。




 手術室で控えていたドローンの操作でルディの電子頭脳が起動すると、ルディは目を覚ましてゆっくりと体を起き上がらせた。

 そして、首筋辺りを押さえて頭を左右に振り調子を確かめる。


『マスター、調子はどうですか?』

「問題ねーです」


 ハルに返答してからルディが脱いだ服を着て手術室を出る。ドアが開くとナオミが廊下の壁に寄りかかって待っていた。


「調子はどうだ?」

「問題ねーです」


 ルディがナオミにもハルと同じ返事をすると、彼女は何も言わず彼の首筋をジッと見て呟いた。


「なるほど、そうなるのか……」

「ししょーどうかしたですか?」

「マナの動きが面白い。体中のマナが少しづつ首筋の方へと移動している」

「少し待ちやがれです」


 ナオミの話を聞いて、ルディは電子頭脳の設定から新しく追加された、マナのバッテリー残量をチェックした。


「もうマナの変換始めてるです。今はマナの残量0.01%ですね…あっ、充電? ……違う、充マナが止まったです」

「うむ。丁度ルディの体内のマナが空になった。面白いな、バッテリーのマナはどうやら見えないらしい」


 それを聞いてルディが顔をしかめる。


「もしかしてですが、今の状態だと薬でマナ補給しても、全部バッテリーに行くですか?」

「多分な」


 ナオミの返答が予想通りだったので、ルディがため息を吐いた。


「魔法と言うのは険しい道ですね」

「そりゃそうさ。この星の人間だって魔法使いになれるのはごく少数だぞ。それに魔法を使えるようになるまでに、普通は最低5年ぐらい学ぶんだ。科学の力ですぐ魔法を使うなんて、考えが甘い!」


 ナオミの正論に、ルディは落ち込みつつも「はい」と頷いた。

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