第162話 マナニューロン理論と猿

 翌日。

 ルディとナオミはナイキの研究室で、ハルから実験の分析結果を聞いていた。ちなみに、言葉が通じないゴブリン一郎はお腹いっぱい食べた後、ぐっすりお休み中。


『マスターの予想していた通り、人間が魔法を発動する時、大脳皮質から微弱の電気信号が脊髄に流れているのを確認しました』

「それがマナニューロンですね」

『イエス、マスター。電気信号が脊髄に流れると体全体から均等にマナを回収しながら媒体に流れます』


 ハルの説明に一部分からない箇所があり、ナオミが質問をする。


「媒体とは何だ?」

『魔法の発動先です。魔法を右手から発動させたかったら、右手にマナが集まります』


 その質問にハルが答えると、彼女はなるほどと頷いた。


「体中から集めたマナを一旦脊髄に集めると思っていたけど、違ったですね」

『おそらく上位マナニューロンの命令の中に、送り先も含まれているのでしょう』


 ハルの返答を聞いて、ルディがナオミに視線を送ると、彼女が口を開いた。


「確かに魔法を使い始めの頃の詠唱だと、右手なら右手、杖なら杖と魔法の発動を必ず言ってるな。そうしないと魔法が失敗する」

「杖は体じゃねーです。だけど、ししょーも時々杖使うけど、魔法の媒体になるですか?」

「さぁ。実際になってるから考えた事もない」

『現時点での推測ですが、人体と接触している事、元々生命のあった物、マナに耐えうる素材である物、以上の条件が満たしているならば可能だと思われます』


 ルディの質問にナオミが肩を竦めて答えると、その質問をハルが回答した。


「と言う事は、杖はただの媒体で、マナを増幅させる効果ないですか……」

「まあ、杖を使わないと使えない魔法もあるから、必須と言えば必須だな」

「そんなのありやがるですか?」

「いっぱいあるぞ。杖の先を鋭くして相手に突き刺したり、地面から魔法を発動させるときは、態々しゃがまずに杖で地面を叩く。だけど今の話を聞くと足先でも可能か?」

『理論上では素足なら可能です。靴を履いている場合は素材によるでしょう』

「ああ、忘れてた。確かに靴があったな」


 ナオミがそう言って面白そうに笑った。


「ハル、1つ確認です。マナ消費量が多い魔法を発動する場合、時間を掛けて詠唱してるですが、それは体内のマナ集める時間が掛かってるからですか?」

『それもありますが、複雑な魔法はマナの消費量が多いのと、指向性の作成に時間が掛かるためでしょう』

「確かに大魔法だと詠唱中に頭が疲れて、発動準備が整った後で体のマナがごっそり減る感じがする」


 ルディの質問にハルが答え、彼の後に続いてナオミが補足を入れる。


「と言う事は、魔法の指向性は脳みそのマナで、発動は脳以外のマナを消費する。見事に切り分けてやがるです」

『まさにその通りです』


 ルディの出した結論にナオミが頷き、ハルも同意見だと答えた。




「それで、一郎のマナはどうだったですか」


 一通りマナの話をした後、ルディがゴブリン一郎についてハルに質問する。


『色々と人間と異なっていました』

「ふむふむ。例えばどんなところですか?」

『まず、マナニューロンが送る電気信号が人間と比較して微弱です』

「それは知能の問題かな?」

『それも1つの要因です』


 ハルの返答を聞いて直ぐにナオミが原因を導く。


「ゴブリンは人間みたく炎や水を出すという考えまで知恵が働かないが、力が欲しいという願望はある。おそらく、ゴブリンがマナを筋力や体力増強に変換するのは、欲望が魔法の詠唱と同じ働きをするからだろう」

「なるほどです。だとしたら、一郎の頭良くなれば人間と同じ魔法使えるですか?」

『残念ながらそれはもう1つの要因から無理です』


 ナオミの話を聞いてルディが質問すると、ハルが否定した。


『ゴブリンは生態的に上位マナニューロンから下位マナニューロンへの伝達経路が人間と比較して狭い事が分かりました。単純な肉体強化なら魔法として発動できますが、それ以上は無理です』

「でも、一郎、やけくそではざーん覇斬撃ったです」

『おそらく、マスターの練習を見て覚えていたのと、ゴブリン一郎の勝利に対する激しい欲望が合わさった結果でしょう』


 ハルの返答にルディが腕を組む。


「火事場の馬鹿力ですか……やっぱり一郎と話がしてーですね」

『残念ながらゴブリンの会話は、犬や猫と同じく解析不可能です』

「人間の言葉を覚えさせるのはどうですか?」

『そこまでの知恵はないでしょう。チンパンジーより少しだけ利口なぐらいです』

「チンパンジーとは何だ?」


 ナオミから予想外の質問がきて、ルディが首を傾げた。




「ししょー、チンパンジー知らねーですか?」

「うむ。知らない」

「猿は知ってるですか?」

「猿も知らない」


 そうナオミが答えると、ハルが気を利かせてモニターにチンパンジーを表示した。


『これがチンパンジーです』

「ふむ。グールモンキーに似ているが、見た事はないな……」


 ちなみに、グールモンキーとはカールの息子のドミニクとションが襲われた時、ソラリスが現れて虐殺された猿に似た生物の事。


 ナオミの返答を聞いたルディの頭に1つの疑問が浮かんだ。


「そー言えば、僕の見た馬と山羊の見た目は普通でした。あれ、昔の人間が宇宙から持ってきたですか?」

『不時着したビアンカ・フレアは軍艦なので、その可能性はゼロに近いです。可能性があるとすれば、データーベースに馬と山羊のDNAが入っていて、この星の生物を品種改良して似たような生物に作り変えたのでしょう』

「この星に不時着したダーバの軍は文明が滅びると予想して、人類が生き残る方法に予めDNAのデータを軍艦積んで、便利な動物を作ったですか?」

『その可能性が一番高いです』

「益々、ダーバの軍人がこの星に来た目的意味不明です」

「私もご先祖様の頭の中をかっぽじって調べてみたいよ」


 ルディの独り言に、ナオミも同じだと肩を竦めた。

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