第161話 全身筋肉痛

「ぐぬぬ……一郎のヤツ、僕より先に覇斬使いやがったです」


 カールの覇斬よりかは劣化しているが、それでもルディが悔しがり、彼の横ではナオミが口を半開きに茫然としていたが、正気に戻るとルディの肩を掴んで激しく揺らした。


「お、お、お前、一郎に覇斬を教えたのか?」

「はらほれひらほれ~。ししょー、目が回るです」


 激しく揺さぶられてルディが目を回す。


「いいから答えろ!」

「教えてねーです。たぶん、僕の練習見て覚えやがったです」

「……ありえない」


 ナオミに限らず星の人間からしてみれば、ゴブリンは畜生にも劣る害獣みたいな存在だ。だが、そのゴブリンが見ただけで魔法を使う? …しかもマナを極限まで練らなければ発動しない覇斬を使った?


「……危険だな」

「ししょー?」


 低い声で呟いたナオミを不審に思い、ルディが話し掛ける。


「今はまだ良い。だが、このまま強くなると、アレは危険な存在になるぞ。今のうちに処分するか?」

「一郎強くなったら、ししょーでも敵わぬですか?」


 質問にルディが質問で返すと、彼女の表情が和らいだ。


「まさか。天地が逆さになってもそれはない」

「だったら良いじゃねーですか。誰だって強さを求める当然です。一郎強くなったら、僕も嬉しーです」


 ルディはそう言うと、ドローンに担がれて医務室へ運ばれているゴブリン一郎を見て微笑んだ。


「そうか。まあ、お前がそうしたいなら私は何も言わないよ。手を嚙まれないように気を付けるんだな」


 ちなみに、一郎は生きたいだけで別に強さを求めていない。




(ぐぎゃ?(あれ?))


 医務室の治療タンクに沈んでいたゴブリン一郎が目を覚ます。

 彼が治療タンクに放り込まれていたのは、限界を超えた戦いで全身の毛細血管が切断して筋肉痛になっており、早急の治療が必要だった為。


 ゴブリン一郎は先ほどまで戦っていた事を忘れて、何で水の中で息が出来るのか不思議に思う。そして、嫌な夢を見たと、先ほどの戦いを全て夢だと思いこんでいた。


 水の中は意外と寝心地が良いなと思いつつ、そろそろ外に出るかと起き上がろうとするが、まだ治療中だった彼の体に痛みが襲った。


「ぶくぶくぶく!(痛い痛い痛い!)」


 全身の筋肉痛にゴブリン一郎が悲鳴を上げる。だが、治療液の中なので声はしない。


 本来の治療タンクなら治療が終わるまでの間、患者は睡眠状態になるのだが、それは人間を対象にした仕様。ゴブリンの投薬量は人間と異なっていた為、薬の効果よりも早く目が覚めてこのような事態になっていた。

 だが、その痛みのおかげで、先ほどの戦いが夢ではなく現実だった事をゴブリン一郎に気づかせた。


「ぶく? ぶくぶくぶく?(あれ? さっきのは夢じゃない?)」


 少し落ち着きを取り戻して治療液の中で回想に耽った。




 あの腐った人間みたいなヤツに襲われそうになって、やけっぱちになって戦った。弱かったけど数が多かったのは疲れた。

 腐った人間を全部倒したと思ったら、ヘンテコな獣に襲われた。


 最初に1発良いのが頭に入って勝ったと思ったら、獣が平然としていてズルかった。その後すぐに爪で腕を抉られて凄く痛かった。


 そこまで思って腕を見ると、深い傷は跡形もなく首を傾げる。


「ぶく? ぶくぶくぶくぶく?(あれ? 確か傷があったはずだけどな?)」


 腕の傷はゲーム中にゴブリン一郎が無意識に治していたし、そもそも戦闘そのものがヴァーチャルだったので、ゲームの終了と同時に傷は消えるのだが、ヴァーチャルを理解していないゴブリン一郎は、現実と仮想がごちゃまぜになっていた。


 その後の事はあまり覚えていない。

 ヘンテコな獣の攻撃を防ぐので精一杯で、こちらも何回か反撃するが、全部固い体毛に防がれて相手は怯むところが好戦的になった。チョットは落ち着け。

 そして、限界が来て…来て……はて? 俺、何で生きてるの?


 どうしてもそこから先が思い出せずゴブリン一郎が悩んでいると、医務室にルディとナオミが入ってきた。




「一郎、治ったですか?」

「ぶく、ぐぎゃぎゃあ!(お前、よくも、ぐぎゃあぁ)」


 今のゴブリン一郎を説明すると、彼は途中まで治療液に沈んでいたが、ルディを見るなり起き上がって治療液から身を乗り出す。しかし、筋肉痛に襲われて叫んだ。


「あまり無理は禁物ですよ」

「うむ。しっかり休んで体を治すのが先決だ」

「ぐぎゃがやぎゃ、ぎゃがぎゃがー!(何言ってるのか分からねえが、全く悪びれてねえだろ!)」


 2人から労われるが、ゴブリン一郎はこんな目に遭わした張本人に文句を言いたかった。だけど、彼がいくら文句を言っても言葉は通じない。


「それだけ元気があれば大丈夫ですね。一郎のおかげでデスグローのゴブリンの事少し分かったですし、マナニューロンの解析も出来たです」

「ぐぎゃぎゃぎゃぎゃ!(もう二度とあんな事させるなよ!)」


 ルディの話を理解できないゴブリン一郎が文句を言えば、ルディがなるほどと頷いた。


「もっと強くなりたいのですか? だいじょーぶです。ここにはもう暫く居るから、またヴァーチャルルームで遊びやがれです」

「ぎゃぎゃぐぎゃ(腹が減ったから、何か食わせろ)」


 ルディから死刑宣告をされているが言葉が分からず、ゴブリン一郎が腹が減ったと訴える。


「うーん。何となくだけど、会話が成り立ってない気がする」


 2人の会話を聞いていたナオミが首を傾げた。

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