第160話 決死の一撃

 斑はゴブリン一郎に近づくと、涎を垂らしながら彼の周りを回って隙を伺う。一方、ゴブリン一郎は相手の動きに体の向きを合わせ、何時でも追撃出来る体勢を維持していた。


(ぐぎゃぎゃ、ぎゃぎゃがー(なんだコイツ、すげー強そうだな))


 ゴブリン一郎は今までと違う敵の強さが分からず、片方の眉を吊り上げ息を飲む。その一瞬の隙を見て斑が襲い掛かってきた。


 斑が喰らおうと口を開けて飛び掛かるのと同時に、ゴブリン一郎が頭を狙って戦斧を振り下ろした。

 先にゴブリン一郎の戦斧が斑の頭に直撃して攻撃を弾き返すが、斑は体内のマナを全て防御に振っているため、あらゆる物理攻撃を跳ね返す。

 全く攻撃が効かずゴブリン一郎が驚いていると、斑はバックステップで地面に着地するなり再び飛び掛かった。


 ゴブリン一郎は横に飛び退き攻撃を躱すが一歩及ばず、鋭利なかぎ爪で腕を深く抉られて鮮血が宙に飛び散る。激痛にゴブリン一郎の顔が歪んだ。


 ちなみに、斑と戦う前までは痛覚設定を5%に抑えていたが、ハルがゲームの設定を操作して痛覚設定を100%にしていた。

 当然、出血はダミーだが、100%の痛覚設定はショック死の危険があった。


 斑が口の周りを舐めて血の味を確かめると、再びゴブリン一郎に視線を向ける。その目は獲物を前にした捕食者の眼だった。


(ぎぎぎゃ、ぎゃあぎゃあ……(冗談じゃねえ、テメエに喰われてたまるか……))


 その眼を見た途端、相手の強さに失いかけてきたゴブリン一郎の生存本能が再び闘争心を呼び起こして激しく燃えた。


「ぎゃぎゃーー!(ぶっ殺すーー!)」


 無意識に体内のマナを消費して腕の出血が止まる。

 だが、彼は憤怒で理性が飛び、止血した事など気にせず斑に向かって飛び掛かった。




 ゴブリン一郎と斑の激戦を、ルディとナオミは冷静に観戦していた。

 

「これがゴブリンの狂暴化ですか……想像以上につえーです」

「確かに凄いと思う。だけど、私はゴブリンが狂暴化するなんて話を聞いた事がないんだが……」

「そーなんですか?」


 腕を組み首を傾げるナオミに質問すると、彼女はゴブリン一郎に視線を向けたま口を開いた。


「……うむ。狂暴化の話は今ここで聞き、実際に一郎が狂暴化している様を見て私も驚いているところだ。普通のゴブリンは狂暴化などしない」

「もしかして、薬が原因ですか?」

「……確かに薬には精神を高揚、興奮させる効果があるのも存在する。だけど、調べてそんな効果はなかったんだろ?」

「精神興奮の効果は全くねーでした」


 ルディが質問に答えると、ナオミは暫し考えてから自分の憶測を口にした。


「だったら生存本能が狂暴化を呼び起こしたな」

「生存本能ですか?」


 意味が分からずルディが首を傾げる。


「野生のゴブリンと違って一郎は贅沢な生活をしていただろ。贅沢のし過ぎは身を亡ぼすが、時には生きるための活力にも繋がる。おまけに一郎は今戦っている相手が偽物だと気付いていない。恐らく生き残るために本能が狂暴化を引き起こした可能性が高い。ハル、お前の考えはどうだ?」


 ナオミが問いかけると、スピーカーからハルの声が返ってきた。


『ナオミの意見に同意します。おそらく、デスグローのゴブリンの狂暴化は、脳に埋め込まれた精神制御チップで無理やり狂暴化させている可能性があります』


 同意見のハルにナオミが頷き、ふと今思った事を質問してみた。


「それにしても、銀河帝国とやらは今までゴブリンを調べなかったのか?」

『デスグローのゴブリンは捕らえてもすぐに脳の自爆チップが爆発して本体を殺すため調べられず、まだ銀河帝国はゴブリンの生態どころか、デスグローの本拠地の位置、言語など、詳しい情報を把握しておりません』

「だから銀河帝国、負けたら人類もゴブリンと同じ目に遭うかもと、抵抗してるです」


 ハルに続いてルディが彼女の質問に答える。


「なるほどね。精神をコントロールできるなら、自爆ぐらい簡単か……」


 3人が会話している間もゴブリン一郎と斑は激しく戦っていたが、連戦から来る疲労にゴブリン一郎の動きが鈍り始めた。




(ぎゃぎゃ、ぐぎゃぎゃ、ぎぎゃぎゃ(息が苦しい、腕があがらねえ、体も動かねえ))


 限界を超えて戦っていたゴブリン一郎の精神力が尽きる。

 肩で呼吸し、戦斧を持つ腕が下がり、足は震えて今すぐにでも床に倒れたかった。

 疲労から視力が激減して、額から流れる汗が目に掛かり相手の姿を見るのを邪魔する。

 一方、斑はまだまだ余裕があり、ゴブリン一郎との戦闘を楽しんでいる様子だった。


「ぎくぎゃぁがぁ……ぐぎゃあ(変な人生だったなぁ……でも楽しかった)」


 多分、自分はもう駄目だろう。だけど、最後に一撃。

 この一撃に全てをぶつけてやる。


 ゴブリン一郎が疲れた体を無理して、戦斧を肩に背負い足を前後に広げると、その様子に斑も応じて身構える。

 互いの目が交差すると同時に、斑が正面から襲い掛かった。


「ぎゃざーん!(覇斬!)」


 ルディの練習を見ていたゴブリン一郎が、ぶっつけ本番で覇斬を放ち、戦斧から黒い波動が放たれる。

 斑の頭に覇斬の波動が当たって額にかすり傷を負わせるが、斑は怯む事なくゴブリンの顔に喰らい付いた。


 カプッ!


 斑がゴブリン一郎の頭に噛みつくと同時に斑が消えて、ゴブリン一郎が死んだと思って気絶するや、後ろに倒れる。

 彼が被っているヘルメットの投射スクリーンには『GAME OVER』の文字が表示されていた。

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