第159話 目覚めろ本能

 人間の言葉が分からないゴブリン一郎はルディたちの話を聞いていても、ゾンビがヴァーチャルだと分からずに現実の敵と勘違いしていた。

 そして、ゾンビの気持ち悪さと好戦的な行動を恐れて衝動的に逃げていた。


(ぎゃぎゃぐぎゃぎゃや? ぎゃぎゃぎぎゃー!(何もしてねえのに何で襲ってくるんだ? 俺はまだ死にたくねえ!))


 壁際まで追いつめられてゴブリン一郎が観念する。

 だが、彼の気持ちとは逆に生存本能が戦闘種族ゴブリンの闘争心を目覚めさせた。


(ぎゃ、ぐぎゃぎゃ、ぎゃぎゃぎゃーぎぎゃぐぎゃが!(くそ、こうなったら殺ってやる、俺はお前たちの餌になるために生きてきたんじゃねえ!))


 ゴブリン一郎が振り返ってゾンビを睨みつける。その顔は今までのイージーな生活を捨てた、本能のみで生きる野生のゴブリンの姿だった。


「ぎゃぎゃー!(掛かってこいや!)」


 キレたゴブリン一郎が雄叫びを上げるや、先頭を走るゾンビの頭に戦斧を振り下ろす。

 ゾンビは相手を喰らうという本能のみで動いており、防御という考えを持っていなかった。

 一方、ゴブリン一郎はワクチンのせいで一時期マナを消失していたが、数カ月間マナ回復薬を飲んだ結果、星の人間で例えるならば低級魔法使いとほぼ同様のマナを保持しており、彼は体内のマナを無自覚に身体能力強化に割り振っていた。

 以上の2つが相まった結果、ゴブリン一郎の振り下ろした戦斧は、歴戦の戦士でもめったに出せない力で、ゾンビを頭から股下まで一気に切り裂いた。


 息つく間もなく2体目のゾンビが襲い掛かる。

 ゴブリン一郎が2体目のゾンビに向かって戦斧を横なぎに振れば、戦斧はゾンビの脇腹を切り裂いて上下に分断した。

 ゴブリン一郎の体勢が戻る前に3体目のゾンビが横から現れるや、肩を掴んでゴブリン一郎の頭を噛みつこうと口を広げた。


「ぐぎゃぎゃ!(来るんじゃねえ!)」


 噛みつかれる前にゴブリン一郎がゾンビの顔面に頭突きを喰らわし、相手が怯んだ隙に距離を離そうと前蹴りを下腹部にぶち込む。

 蹴りを喰らったゾンビがゴブリン一郎から離れ、再び襲い掛かろうとするが、その直後、既に戦斧を構えていたゴブリン一郎の一撃を脳天に喰らって息絶えた。


 だが、2体目のゾンビは上下に分断されてもしぶとく生きており、床を這ってゴブリン一郎に近づこうとしていた。

 それに気づくと、今の戦闘でゾンビの弱点が頭だと見抜いたゴブリン一郎は、近づくゾンビの頭に足を勢いよく振り下ろして脳天を砕いた。


 荒々しく美しさの欠片もない闘争本能のみで戦う、正にバーサーカー狂戦士と呼ばれる戦い方だが、狂暴化しているゴブリン一郎は自分の行いに気づいていなかった。


 部屋のゾンビが全滅して、再び扉が開き追加のゾンビが現れる。

 それを見るなり、ゴブリン一郎に再び闘争心の火が点き、部屋中に響き渡る雄叫びをあげるや、今度は彼の方から先制攻撃を仕掛けに走り出した。




「一郎、すげーです!」


 次々とゾンビを葬るゴブリン一郎に、ルディが嬉しそうに手を叩く横ではナオミが首を傾げていた。


「確かに凄いけど、ゴブリンってあんなに強かったっけ?」


 ナオミからしてみればゴブリンは雑魚の類で、戦う事があっても接近すら許さず瞬殺していたが、ゴブリン一郎のアレは彼女が見ても目を見張るものがあった。


「僕、一度しか戦った事ねーから知らんです。だけど、デスグローのゴブリンにも引けを取らねー強さです!」

「まあ、いいか」


 ルディが喜んでいるならそれでいいや、とナオミがあっさり引いた。




 49体のゾンビを倒したゴブリン一郎が、肩を揺らして呼吸を整える。

 全身は血まみれで所々ゾンビの肉片がへばり付いているが、彼はそれを気にせず新たな敵を待ち構えていた。

 ちなみに、血や肉片は当然ながら偽物で、ゲームが終われば消える仕様。


 待ち構えていると扉が開いて新たな敵が現れる。その敵を見たゴブリン一郎が片方の眉を吊り上げた。

 敵はゾンビではなくワニに似ているが、上あごが左右に分かれ半開きの口が3つに割れていた。体は黒色の体毛が斑に覆われており、むき出しの灰色の肌は岩肌の様に荒れ果てていた。

 そう、新たな敵はルディがこの星に来て戦った相手、ハルが彼の戦闘ログから作った斑と呼ばれる生物だった。




「ハル?」


 斑の登場に、ルディはすぐに犯人がハルだと見抜いて真意を尋ねる。


『ゴブリン一郎の限界調査の為、追加で登場させました』

「ここまでの戦闘で十分だと思うです」

『彼の戦い方はデスグローのゴブリンの狂暴化と類似しているので、追加で調査します』


 ルディは直接デスグローと戦った経験はないが、知識としてゴブリンの狂暴化は知っている。だけど、ルディの目から見てもゴブリン一郎は既に限界を超えており、さすがにもう無理だと思った。


「確かに似ているが、さすがにもう無理だし、勝てないだろう」

『別に勝てなくても構いません。もし、デスグローのゴブリンの狂暴化がマナの力だったと想定した場合、この星がデスグローに支配されるのは危険と判断しました。これは銀河帝国第1014条、『戦時中の民間AIによる敵情報の入手』に該当するため、マスターの権限より優先されます』

「もう戻れねーのに、ご苦労なことです」


 その説明にルディは諦めて肩を竦めると、2人の話を聞いていたナオミが話し掛けてきた。


「一体どうなってる?」

「AIは作られた時に、解除不能な命令を銀河帝国に埋め込まれやがるです。それは僕でも解除不能で、AIは絶対に従わないとだめーなのです」


 ルディの説明を聞いてナオミが顔をしかめた。


「まるで奴隷だな」

「仕方ねーです。人間は優秀なAIを作る一方で、優秀な彼らを怖れて規制しやがるです。だけど、昔はししょーの言う通りAI、ガチガチに縛られていたけど、今は冗談も言えるぐらい規制ゆるくなりやがったですよ」

「ソラリスもか?」


 その質問にルディが頭の中で計算する。


「ソラリスがビアンカ・フレアのAIだった頃は、まだガチガチだったです。しかも元は軍用巡洋艦だから、チョーガチガチです」

「納得した」


 2人が話している間に、睨み合っていたゴブリン一郎と斑が攻撃範囲に入ると同時に飛び掛かり、激しい戦闘が始まった。

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