第158話 ゾンビなど居ない

「なあ、ルディ」

「なーに?」

「ゾンビとは何だ?」


 その質問を聞いた途端、ルディがグルンとナオミの方を振り向いて目をしばたたかせた。


「……ししょー、もしかしてこの星、ファンタジーなくせにゾンビいねーですか?」

「うむ。そんな名前の生物は聞いた事がない」


 その返答にルディがショックを受ける。


「そ、そんなのありえねーです。この星もファンタジーがコンセプトなら、マナで何とかしやがれです!」

「ルディ?」


 誰に向かって喋っているのか分からないが、キレてるルディにナオミが首を傾げた。


「……おっと、取り乱してしまったです。ゾンビとは一言で言うと歩く死体です」

「死体が歩くのか⁉ 宇宙は凄いな!」


 ナオミが驚いているけど、宇宙にもゾンビは居ない。


「生前にウィルスに感染した人間が死ぬとゾンビになって、人間を食べやがるです。そして、ゾンビに噛まれると噛まれた方も死んでゾンビになり、どんどん増殖です」


 ルディは自分がやった事のあるゲームの設定を説明するけど、それはあくまでもゲーム世界の話であって、もう一度言うがこの世にゾンビは存在しない。


「それは面白いな。うーん…魔法で出来ないかな?」


 と、ナオミがとんでもない事を考える。


「危険すぎるからやめろです。僕、ホラーな星に住みたくねーですよ」

「確かに思い付きで作る魔法ではないな」


 ルディのツッコミにナオミがしぶしぶ諦め、この星の安全が守られた。

 こうして2人が話している間にもカウントダウンは進み、とうとうゴブリン一郎のヴァーチャル戦闘が始まった。




「ぎぎゃぎゃ?(何がはじまるの?)」


 ゴブリン一郎が両手で戦斧を持って身構える。だけど、さきほどナオミの戦いを見ていた彼はこれから始まる戦闘を恐れ、戦斧を持つ手が震えていた。


 彼はルディに捕まるまで生と死の境目に生きていた。

 明日どころか今日の食べる物もなく、仲間と共に餌を探す日々を過ごす。時には野生のオオカミに襲われたり、巨大な生物に襲われたりして、13匹居た仲間も少しずつ数を減らし続けて、残り3匹になった。

 そこに現れたのが人間の子供、ルディとフランツだった。


 最初に2人を見た時はただの人間の子供だと思った。

 人間を見るのは初めてだったが、食べても不味いと仲間内から聞いていた。だけど、それ以上に空腹が耐えがたく、人間でも腹は満たされるだろうと仲間と一緒に襲い掛かった。

 だが、あっという間に仲間が殺されて、自分も殺されるかと思いきや、何故か生かされて人間の住む家に連れて行かれた。あの時、逃走に失敗して喰らったチョップは結構痛かった。


 家に連れて行かれて、自分は虐められると思った。

 そう思っていたのは、家に着くなりルディに全身を擦られて痛かったから。今なら自分の汚れた体を洗っただけだと分かるけど、もう少し優しく洗ってほしかった。

 だけどその日は後の記憶が何故か無い。何となく死ぬほど痛かったような? それだけは体が覚えていた。


 その後のルディは何故か優しかった。

 何もしなくても飯が出る。寝る時は柔らかい所で眠れる。近くだったら自由に外へも出れる。外に出る時は空中に浮かぶ変なのが後ろから付いて来たけど。

 同居人のナオミは怖い。だけど、こちらから何もしなければ、彼女は自分を無視した。

 時々変な物を飲まされて頭が痛くなる。だけど、明日分からぬ人生に比べたら、その程度の苦痛など可愛いものだった。


 だけど、穏やかな今の生活に満足していたら、訳の分からないところに連れて行かれて、いきなり戦えとここに放り込まれた。


「ぐぎゃぎゃ? ぎゃぎゃ~(俺、死ぬのかな? 変な人生だったな~)」


 ゴブリン一郎が嘆いていると、ヘルメットの投射スクリーンに『スタート』が表示されて、同時に奥の扉が開いて3体のゾンビが現れた。




 ゾンビはボロボロの服を着て、死人のような青白い肌、所々皮膚が剥がれて肉が見えていた。

 目の焦点はあっておらず、何かを求めるかのように腕を前に伸ばしている。

 あれなら何とか勝てるかもとゴブリン一郎が思っていると、彷徨っていた3体のゾンビはゴブリン一郎の存在に気づくや、足を止めて身構えた。そして……。


「キシャーー!」


 ゾンビが手先を何かを掴む様に構え、叫び声を上げながら全速力でゴブリン一郎に襲い掛かってきた。


「ぎゃー!(ギャー!)」


 突然変貌したゾンビを恐れてゴブリン一郎が部屋の中を逃げ惑い、3体のゾンビは彼を喰らおうと追い駆けっこが始まった。




「あれ? おかしいです」

「あはははっ! 確かに可笑しいな」


 ルディが首を傾げる横で、ナオミが逃げ回るゴブリン一郎の姿に腹を抑えて笑っている。


「そういう意味じゃねーです。ゾンビ、もっとゆっくり動く思ったです」


 説明書を読まずにホラーゲームを友人にやらせた心境で、ルディがシミュレーターの説明を見てみれば、ゴブリン一郎が戦っているゾンビは出来立てほやほやで、まだ人間と同じく動ける仕様だった。


「なんと! まさかのタワーディフェンス型で、中盤以降に現れるゾンビだったです」


 ルディの言うタワーディフェンス型とは、ゾンビが大量に襲ってきて主人公が拠点を防衛するゲームの事。


「うーん。これは厳しいですか?」

「いや、大丈夫。一郎は私の特訓に耐えたんだ、強くなっているはず」


 ちなみに、ナオミの言っている特訓とは彼女のダイエット。


 2人が見ている中、ゴブリン一郎は諦めたのか足を止めると、ゾンビに向き合って咆哮を上げた。


 それを見たルディが一言、「キレたです」と呟いた。

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