第157話 ゴブリン一郎の敵

 星で野生化したゴブリン一郎でも、遺伝子的には一応デスグローのゴブリンと同じ種族。見た目も似ているし、さすがに同族殺しをやらせるのは酷だろう。

 そうルディが指摘すると、ハルが新たな提案をしてきた。


『でしたら、別の設定で戦うのはどうでしょう』

「それなら特に問題はないですか? ……これ、たまにしかやらねーから、他の設定よく知らんです」


 ハルからの提案に、ルディはヴァーチャルトレーニングマシンの設定を弄り始める。


「そーですね……一郎は魔法使えねーから接近戦オンリーで、敵にゴブリンが出てくるファンタジーは駄目です……うん、これなら良いかも、うんうん。オッケー、設定できたですよ。さあ、一郎。お前の強さを見せてみろです」


 ルディは設定を終わらせると、ナオミからヘルメットを受け取ってゴブリン一郎に被せようとするが……。


「んんん? お前、頭でけーから入らねーです」


 ゴブリン一郎、頭が大きくて人間用のヘルメットが入らない。

 それでも無理やり被せようとするルディに、ゴブリン一郎が抵抗して暴れだした。


「ぎ、ぎゃがが(頭、頭が痛い)! ぎゃぎゃがぎゃんぎゃ(無理やり入れようとするな)!」

「駄目ですね。コイツ抵抗しやがるです」

「いや、そもそも見た目からして無理だろう」


 誰の目から見ても、ヘルメットよりゴブリン一郎の頭の方が明らかに大きい。ナオミのツッコミもあって、ルディもこのヘルメットを被せるのは諦めた。


「仕方がねーです。ハル、一番サイズの大きいヘルメットと、ついでに白兵戦の武器を持って来やがれです」

『イエス、マスター』

「ぐぎゃぎゃ……(なんなの一体……)」


 ルディが解放すると、ゴブリン一郎が壁の隅に逃げて嫌そうに呟いた。




 それから15分ほどしてドローンが部屋に現れ、急拵えで作ったゴブリン一郎用のヘルメットと武器を持ってきた。


「今度は大丈夫ですよ。ステイ、ステイ」

「ぐぎゃ、ぎゃぎゃー!(またか、噛みつくぞ!)」


 ヘルメットを持ったルディがゴブリン一郎に近づいたら、騒ぎ始めたので落ち着かせる。

 そして、ルディに噛みつこうとゴブリン一郎が頭を突き出したタイミングで、すぽっとヘルメットを被せた。


「さすが一郎、素直で良い子ですね」

「ぎぎゃぎゃ?(なんだこれ?)」


 不意を突かれた一郎が被されたヘルメットを取ろうとするが、その前にルディが素早くヘルメットの固定ヒモを閉めて固定され、取ろうとしても取れなくなった。


「お前の武器はこれです」


 次にルディが用意したのは、柄の長さが彼の身長とほぼ同じで大きな刃が付いた両刃の戦斧。


「さすがにそれは重くて戦えないだろう」


 戦斧を見たナオミが話し掛けると、ルディは自分の手にある戦斧を軽々と持ち上げた。


「これ、繊維強化セラミックで作ってるから、実はそんなに重くねーです」


 そう言ってルディがナオミに戦斧を渡すと、彼女は手に持った瞬間、目を大きく見開いた。


「本当だ。予想していたよりもずっと軽い」

「軽すぎても駄目だからある程度は重てーけど、一郎にぴったしの武器です」


 ナオミから戦斧を返してもらって、ゴブリン一郎に渡す。


「準備も出来たし、一郎、ドローンについて行きやがれです」

「ぐぎゃぎゃ……?(もしかして俺、戦うの……?)」


 今頃になって、これから何をやらされるのか気づいたゴブリン一郎。

 だけど、もう手遅れ。


「何だお前、もう戦う気満々だったですか。慌てなくても敵は逃げねーですよ」

「ぐぎゃぎゃぎゃ、ぎゃーぎゃ!(やだやだやだ、戦いたくない!)」

「はははっ。やっぱりゴブリンは好戦的じゃねーと駄目ですね」


 すっかりナオミの家に馴染んで野生を失ったゴブリン一郎が嫌だと叫ぶが、それを好戦的だと受け取ったルディに引っ張られて、彼はヴァーチャルトレーニングルームへと連れて行かれた。




「それじゃ一郎、始まるですよ」

『ぎゃぎゃ、ぎゃぎゃ、ぎゃぎゃ!(帰りたい、助けて、お願い!)』


 ルディがマイク越しにヴァーチャルルームのゴブリン一郎へ話し掛けると、彼は泣いて助けを求めるが、残念言葉が通じない。


「もう、一郎ったら。始まる前から暴れやがってるです」

「あれは、やりたくないと思っているぞ」


 ゴブリン一郎の様子を見ていたナオミが正解を言う。


「そんなの知ってるですよ」

「……へ?」


 ルディの返答にナオミが目を大きくする。


「じゃあ今までのは?」

「もちろん全部冗談です」

「…マジかぁ」

「だって最近の一郎、野生を失って弱くなってるです。だから、一度気合を入れ直すです! ついでに、からかうの面白れーです!」


 ルディはそう言うと、ナオミに向かってイイ笑顔を見せた。

 その笑顔を見た彼女は「アチャー」と手を額に当てつつ天井を仰ぎ、ゴブリン一郎に同情した。




『それじゃー設定開始です』


 スピーカーから聞こえるルディの声に、ゴブリン一郎は先ほど見たナオミの戦闘から、とうとう自分も戦うしかないと諦めた。

 そして、ゴブリン一郎の目の前で、何もなかった部屋が一瞬で古びた洋館に変わる。


『ところでさっきは聞きそびれたが、一郎は何と戦うんだ?』

『ゾンビです』

『……は?』


 スピーカーから聞こえる2人の声にゴブリン一郎が首を傾げる。

 人間の言葉が分からないゴブリン一郎は、何の敵が来るかも分からず戦斧を身構えた。

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