第156話 ヴァーチャル戦闘
朝食を食べた後、ルディはナオミのマナを調査するために、バーチャルトレーニングルームへ彼女とゴブリン一郎を連れて行き、これからやる事を説明し始めた。
「ししょーはこれから、このスキャン内蔵ヘルメットを被って、窓の外の部屋で敵と戦ってもらうです」
そう言ってルディが強化ガラスの向こう側、窓から見下ろせる何もない部屋に視線を向けた。
ちなみに、ヘルメットは体内のマナが分かるように改造してある。
「何もない部屋みたいだが、一体誰と戦うんだ?」
「一度動かしてみるです。そーですねぇ……とりあえずデフォルト設定で、デスグローとの白兵戦を見せてやるです」
ルディが強化ガラス前にあるコンソールを操作すると、何もなかった部屋が一瞬で幾つかの遮蔽物が置かれた宇宙船内の通路に変わった。
「おー!」
「ぎゃー(おー)!」
「そのヘルメットを被ってると、防弾壁や壁を実際に触ってる感じになるです」
驚く2人にルディが説明を加える。
「それじゃー。ポチッとスタートです」
ルディがスタートボタンを押下すると、強化ガラス窓に数字が映ってカウントダンが始まり、ゼロになると同時に仮想で作られた扉が開いて敵が現れた。
「一郎に似ているな」
「ぎゃ? ぎっぎゃぎー(やだ? 格好良い)!」
見た目はゴブリン一郎に似ているが体つきは彼よりも倍近くあり、強化セラミックアーマーで武装している。
「アレが他の銀河系から来たデスグローという侵略者です」
「確かに見た目だけで見れば、一郎にそっくりだ」
バーチャルトレーニングルームの敵は索敵しながら前へ進み、誰も居ないと判断すると、来た方とは反対側の扉を抜けて、同時に強化ガラス窓にゲームオーバーの文字が表示された。
「なるほど、理解した。あの扉を抜けられたら負けなんだな」
ナオミが目をランランと輝かせて質問する。
「そーです。勝利条件は敵のせん滅です。それとヴァーチャルでも敵の攻撃が当たるとチクッと痛いですよ」
「痛みまで感じるのか⁉ 科学ってすごいな!」
ナオミは痛いと聞いても怖がるところか益々目を輝かせる。どうやら彼女はこれから思う存分戦える事が楽しみで仕方がないらしい。
「ぐぎゃぎゃ?(一体何だったんだ?)」
ゴブリン一郎は今の出来事が理解できず、首を傾げていた。
『ししょー準備良いですか?』
「ああ、何時でも良いぞ」
スキャンヘルメットを被ったナオミが、マイクを通じて話し掛けるルディに返答する。
『了解です』
ルディが先程と同じく宇宙船内の設定を起動させると、ナオミの周りの光景が一瞬で変わった。
そこでナオミは試しに、彼女の近くで設置された防弾盾に触れてみる。
「本当に触れるんだな。しかも冷たいって事は熱も感じるのか。本当に凄い……」
ナオミが科学の力に感動していると、再びルディの声が聞こえていた。
『ではポッチとな。カウントダウン、10、9、8……』
ルディのカウントと同時に、ヘルメットの顔を覆うシールドに数字が現れて数を減らし、ナオミは遮蔽物に身を隠して魔法の詠唱を始めた。
『3、2、1…0、開始です』
カウントがゼロになると、先程と同じくデスグローのゴブリンが現れて索敵を開始する。
その直後、ナオミの魔法が完成した。
「『高熱の水』よ」
ナオミの両手からバスケットボールサイズの沸騰した水の玉が現れるや、ゴブリンの集まっている場所へ放たれた。
ただ沸騰した水だったら、ゴブリンはアーマーで身を守れる。だけど、この水の玉はナオミの魔法で85Atmの気圧が加えられており、温度が300度を超えていた。
油の高温が200度。彼女はそれよりも高温の水の玉を作り、その温度は防弾防熱アーマーでも対応できない温度だった。
超高温の水球がゴブリンたちに襲い掛かる。
1体目のゴブリンの顔を水の玉が包んで、一瞬で頭が火傷する。
攻撃を受けたゴブリンが武器を落として顔を手で覆うが、悲鳴は上げない。何故なら彼の口と鼻は火傷で呼吸が出来ず、叫ぶ事が出来なかった。
そして、そのまま床に倒れて暴れ回った後、頭の痛みと呼吸困難に苦しみながら息絶えた。
ナオミの作った水の玉は指向性を持っており、次の獲物を狙って動く。
2体目は先にやられた仲間が暴れている様子を見ている内に、同じ目に遭わされて死亡。
3体目は慌てて水の玉に手持ちのレーザー銃で攻撃するが、水の玉は既に蒸発を維持している状態なので全く無意味。
逃げようとするが、その前にナオミが気圧を解放すると、水の玉が高温を維持したまま爆発して全身火傷を被い死亡した。
『あははっ。どうした? 何もできやしないじゃないか!』
マイクを通じて入って来るナオミの笑い声に、ルディの顔が引き攣り、ゴブリン一郎が怯えてルディにしがみ付く。
「……相変わらず、えげつねえです」
「ぐぎゃぎゃぎゃ(何アレ、おっかない)」
こんな機会はめったにないと、彼女は『高熱の水』の魔法以外の危険極まりない魔法を連発し、次々と襲い掛かるデスグローのゴブリンたちを虐殺しまくった。
そして、50体のゴブリンを倒しきって、オールクリアー100点満点の表示が投射スクリーンに現れて、ヴァーチャル戦闘が終了した。
「ししょーお疲れ様です」
「なんだ、もう終わりか? しかしこれは良いな、楽しかったぞ」
戻ってきたナオミにルディが話し掛けると、彼女は笑みを浮かべて答えるが、その顔はどこか名残惜しそうな表情をしていた。
その様子にルディは目をしばたたかせて肩を竦める。
「ここだとマナが回復しねーですから、自重しやがれです」
「その時はホラ、お前の作ったマナ回復薬を飲めば良い」
「ああ、そうだったです」
ナオミの魔法が頭にこびりつき、すっぽりと忘れていたマナ回復薬の存在を思い出してルディが頭を抱えた。
「それで、マナニューロン? それの経路は分かったのか?」
「そっちも忘れてたです。ハル、どうだった?」
『問題ありません。すでにデータの数値化を開始しています。完了まで4時間掛かります』
「だそうです」
ルディの質問にハルが答えて、ナオミが満足げに頷いた。
『マスター。提案ですが、ゴブリン一郎にもバーチャル戦闘をやらせてマナニューロンの経路を調べてみてはいかがでしょうか?』
「……ほう」
ハルの提案にナオミが興味を示し、その本人であるゴブリン一郎は言葉が通じず、近くのナオミを恐れてルディの後ろで震えていた。
ルディはハルの提案に、ゴブリン一郎の頭を撫でながら顔をしかめた。
「同族殺しは不味いですよ」
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