第155話 地獄の方がましな飯
「ハル。この節は私を助けてくれてありがとう」
ナオミとハルの自己紹介が終わると、ナオミが礼を言って頭を下げた。
彼女はデーモンとの闘いで死にかけた時に、ルディだけでなくハルも助けてくれた事に恩義を感じており、ずっと礼を言いたかった。
『マスターの命令で助けただけなので、礼は不要です』
「それでも私の命を助けてくれた事は変わらない。だから礼を言ったんだ」
『そうですか……』
普段はルディと理性的な会話ばかりしているハルは、ナオミから感情的な言葉を投げかけられて若干戸惑った。
そして、ルディは2人の会話を聞きながら、デーモンと戦った後の事を思い出していた。
(あの時のハルって、確か最初は見殺しにしようとしたよな……)
ルディの言う通り、あの時のハルはルディの秘密を優先と考えて、ナオミを見殺しにするべきと進言していたのだが、せっかく知り合ったばかりなのに、わざわざ2人の仲を悪くするのはただの意地悪だろうと、ルディはあの時の事を口に出さず心の底に封印した。
ルディの案内でナイキの中を歩くナオミとゴブリン一郎はキョロキョロと頭を動かすのに忙しかった。ナオミは好奇心から、ゴブリン一郎は恐怖心から。同じ行動でも心が違う。
「これに乗りやがれです」
ルディが壁のボタンを押すと、正面の扉が開いて先に入る。
「ずいぶんと小さい部屋だな」
「部屋違げえ、ただのエレベータです」
2人が入ると同時に扉が閉まりエレベーターが上昇すると、浮遊感を感じて、怯えたゴブリン一郎がルディの体に抱きついた。
「これはエレベーターと言うヤツが昇っているのか?」
「いつも思うですが、ししょーの柔軟な思想はどうやって育ちやがったですか?」
「私を育てた天国の乳母に聞いてくれ」
一発で正解を言い当てたナオミに質問すると、彼女はそう言って肩を竦めた。
ルディが暮らしている部屋は3LDKで、ナイキの大きさに比べると小さいスペースだった。
内装もシンプルで案内されたリビングは、クリーム色をした人工革のソファーとガラスのテーブル。オープン式キッチンの前にはカウンター式テーブルがあるだけの部屋だった。
「思っていたよりも狭い所で住んでいるんだな」
ナオミの感想にルディがくすりと笑う。
「王宮のイメージだったですか?」
「あれだけ大きいとそんな感じ」
「ほとんど倉庫です。ここでは僕、1人暮らしの生活ですよ。このぐらいの広さで十分です」
豪華客船の宇宙船だと内装にも金を掛けるが、ナイキはただの輸送船なのでそこまで豪華にしていない。ついでに言うと、ナイキ購入時のローンが残っていたため倹約していた。
「それに、宇宙移動中はずっとコールドスリープで僕、寝てやがるです。ここを使うのは、到着した先で次の仕事を契約するまでの間ぐらいです」
「私が思っていた宇宙の生活と全然違うな」
ナオミの話にルディが肩を竦めた。
「宇宙でも仕事は色々ありやがるです。宇宙ステーションで働いてる連中は地上と同じ生活してるです」
ルディの説明にナオミが「なるほど」と頷く。
ちなみに、2人が会話している間、ゴブリン一郎は自分の部屋の様にソファーで寛いでおり、会話をぼけーっと聞いていた。
「ところでルディ。宇宙食はどんなのがあるんだ?」
3人がソファーで寛ぎドローンの入れたコーヒーを飲んでいると、ナオミから宇宙の食事について尋ねられて、ルディが首を傾げる。
「宇宙食ですか? ナイキだと重力があるからいつも食べてるやつですよ」
その返答に、ナオミは少しだけがっかりした様子だった。
「そうなんだ。てっきり見た事のない料理があると思ってた」
「一応、非常食? ナイキが全損して、脱出ポットで宇宙に放り出された時に食べるレーション、あるにはありやがるですけど……聞いた話によると賞味期限優先にして味は最悪らしいです」
「ルディは食べた事がないのか?」
その質問にルディが露骨に顔を歪めた。
「地獄の様な味だと思って食べたら死にかけて、意識が戻った最初の一言が、地獄の方がましだったという感想を聞いて、食べたいとは思えねえです」
「そいつは秀逸だな。何となく興味本位で食べたくなったぞ」
「劣悪と言った方が適格です。ししょー、その好奇心は身の破滅ですよ」
2人が冗談を言い合った後、ルディは宇宙食を出さずに普通の料理を作り、3人と会話にハルを交えて夕食を食べると、ナオミは普段使わない客室で、ルディとゴブリン一郎は2人仲良く同じベッドで眠った。
「ししょー、昨日は眠れたですか?」
ナオミが眠ったベッドはハルが急拵えで作った簡易ベッドだったので、心配したルディが翌朝になって彼女に尋ねた。
「うむ問題ない。と言いたいところだが、やっぱり星に居る時と違ってマナが回復した感じがしないな」
「ああ、それがあったですね」
やはりあの星に居ないとマナは回復しないらしい。
「だったら、マナ回復薬を飲みやがるですか? もしかしたら副作用で頭痛するかもです」
ルディはマナ回復薬が出来てから毎日飲んで、無理やり体内のマナを増やしており、その度にむず痒くなる頭を掻いて、そろそろ頭皮が傷付きそうだと悩んでいた。
「そう言えば出来たと聞いてからまだ飲んでなかったな。どれ、私も試しに飲んでみよう。ちなみに、死にはしないんだろ」
「それだけは何度も調べて、ぜってーないです」
2人はいっせーのでマナ回復薬を飲む。
すると、すぐにルディの頭が痒くなって、爪で掻くと頭皮がヤバイと拳で押さえつけるようにゴリゴリと頭を掻き始めた。
「うー、頭が痒いですー」
「私は何ともない……いや、これは?」
ナオミがそう言って腕を組んで目を瞑る。
「おー、じわじわとマナが回復しているぞ。これは凄いな」
「頭痛くねーですか?」
「おそらくだが頭が痛くなるのはマナ中毒症状だと思う。今の私はこの前から大分体内のマナが枯渇していたから平気だけど、もし私のマナが充満していたら、頭痛で倒れていたかもな」
「なるほど……それでどれだけ回復したですか?」
「今もマナが回復している。しばらく様子見だ」
それから30分後、薬の効果が切れてナオミが驚愕していた。
「信じられん。私のマナが三分の一回復したぞ……この回復量は過剰だ。ルディ、もしワクチンを打ってなかったら、電子頭脳とやらに守られているお前は分からんが、一郎は確実に死んでたぞ」
「マジですか⁉」
ナオミの話にルディは驚き、それを知らずに毎日薬を飲まされていたゴブリン一郎は言葉が分からず首を傾げていた。
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