第152話 マナニューロン

「おっかしーです。本当にないですか?」


 本当だったら体内にマナがあるはずなのに、ナオミから無いと言われてルディが再度尋ねると、彼女はもう一度目を凝らしてルディを観察した。


「うーん。無いな…いや、待てよ……」


 ナオミはそう言うと、今度はルディの体を上から下まで観察して、面白い物を見た様な目で笑った。


「これは、ホンの僅か…超薄っすらと体全体にマナがあるのか? ネズミ以下だけど。まあ、とりあえず、おめでとう」

「ネズミ以下ですが……ありがとです」


 マナを手に入れたのは良いけど、ネズミ以下と言われてルディが落ち込む。


「だけど問題はそこじゃない」


 ナオミが自分のこめかみを指先で突いて続きを話す。


「ルディ、お前の脳にマナがない」

「それはまだ僕のマナが足りねーからですか?」


 その質問にナオミが頭を横に振った。


「違う。マナは優先的に脳から蓄積される。それは人間だけじゃなく全ての生物共通だ。だけどお前の頭は、そこだけスポッと抜けたようにマナが全く見当たらない。だから、私も最初見た時にマナが無いと思ったんだ」

「なるほどです。電子頭脳が邪魔したですか……」


 ナオミの話にルディが頷く。


「私は電子頭脳を知らないが、おそらくそうだろう」


 どうやらルディの電子頭脳はマナを受け入れる機能がないか、ウィルスと認識して防衛したらしい。

 とここまで考えて、ふとルディが思い付く。


「マナ手に入れたらししょーのマナにビビる思ったですけど、以前と変わらねーんですが、それももしかして?」

「ふむ。試してみよう」


 ナオミはそう言うなり、ルディに向かってマナを飛ばしてみた。


「どうだ?」

「なーんも感じねーです」


 ルディはナオミのマナに気絶しなかったのは良かったけど、マナを感じる事が出来ないのは残念で、何とも言えない表情を浮かべた。


「それで結局、僕、魔法使えねーですか?」

「実例がないから分からんが、私の感覚だと魔法の詠唱は脳内のマナを使っている感じがする。だから、多分使えないんじゃないかな」


 ナオミが答えて肩を竦めると、ルディはがっくりと肩を落とした。




「一郎はマナが使えて良いですねー」

「ぎゃうぎゃ(お前も手伝え)」


 ルディはナオミの話を聞き終えた後、気晴らしにと外に出て農作業中のゴブリン一郎を眺めていた。

 ゴブリン一郎はルディをうぜぇと思いつつも、手を休めず畑に植えられた、この星では毒草と呼ばれている植物の手入れを続ける。

 ちなみに、ゴブリン一郎はソラリスから「食べると死ぬ」と言われていたが、好奇心に負けた彼は毒草を一度だけ食べて死にかけた。まあ、言葉が通じないから仕方がない。


 しばらくして農作業を終えたゴブリン一郎は、いつも元気なルディが今日は両膝を抱えてぼーっとしている様子に、コイツでも落ち込む時があるのかと目をしばたたかせた。

 そして、ゴブリン一郎がルディに近寄って肩をポンッと叩き、ルディが顔を上げると、ゴブリン一郎が同情の眼差しを自分に向けている気がした。


「ぐぎゃぎゃ(元気だせよ)」

「不思議です。ゴブリンに同情されると、優しさよりもムカつく方が勝るです」


 さすがにそれはゴブリン一郎に失礼だと思うが、ルディの思考では実験動物の猿に同情された研究者の気分と同じ。


「ぎゃぐ、ぐぐぎゃぎゃ?(ところで、今日の飯はなんだ?)」

「……励ましてくれて、ありがとうです」


 ルディはそう言うと立ち上って、首を傾げるゴブリン一郎を置きざりに、家の中へ戻った。




 ゴブリン一郎に慰められたルディは地下の研究室に戻って、自分の体をスキャニングした結果に唸り声をあげていた。


「ぐぬぬです。確かにししょーが言っていた通り、僕の頭の中にだけマナがねーですよ。まさか電子頭脳が邪魔してきやがるとは想定外です」


 普段は便利な電子頭脳が魔法の障害になるとは思ってもおらず、どうすれば魔法が使える様になるか、ルディはハルと模索していた。


「ししょーの話を聞いて考えたです。人間が魔法を使う時は大脳皮質の上位運動ニューロンが働いている気がするですよ」


 上位運動ニューロンを簡単に言うと、脳が体に運動指令を送る経路のこと。


『人間が体を動かすのと同じですか?』


 ハルの質問にルディが頭を横に振る。


「いや、上位運動ニューロンは指令を送るだけで、実際に動かすのは下位運動ニューロンですが、魔法は脊髄経由で体内のあちこっちにあるマナを集めて魔法に変換させるから、体を動かすよりも複雑です」

『つまり、人間が魔法を詠唱するのは、大脳皮質の精神活動を活性化させて、そのまま上位運動ニューロン経由で体内のマナへ伝達、下位運動ニューロンで魔法を発動させるという事ですね』

「運動ニューロンだとごちゃまぜになるから、マナニューロンとでも命名するです」

『イエス、マスター。次からそう言います』

「話を戻すです。上位マナニューロンだけだと脳の負担が大きいです。だから、下位マナニューロンに匹敵する似たような何かがあるはずです」

『その可能性は存分にあると思われます』


 ルディの考えにハルが同意する。


「とりあえず、下位ニューロンは脊髄にあるからほっときやがれです。で、もう一度魔法の発動を詳しく調査して、電子頭脳に上位マナニューロンの機能を追加できるようにしようと思いやがれです」

『電子頭脳を改造するのですか?』

「もちろんバックアップはするですよ。だけど、それだけの価値はあるはずです」


 ルディはそう言いながら、マナの流れを調べる方法について色々と考えていた。

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