第153話 宇宙旅行
「やっばい。ワクワクで心臓が止まりそう」
揚陸艇の副操縦席に座ったナオミが、心臓を抑えて隣に座るルディに話し掛ける。
その彼女の目はキラキラと輝き、口元はニコニコと自然に溢れそうになる笑みを堪えている様子だった。
「そんなに宇宙へ行きたかったら、もっと早く言えば連れてったですよ?」
「だって、強引に連れてけと言ったら、嫌がりそうだったし……」
そう言ってナオミが上目遣いでチラッとルディを見る。彼女は強引なところもあるが、結構奥手なところもある面倒な性格だった。
そして、2人の後ろでは補助席のシートベルトの外し方が分からず、逃げられないゴブリン一郎が騒いでいた。
「ぐぎゃぎゃー(どこへ連れて行くんだ)! ぎゃんぎゃ(縄を解け)!」
何故、ゴブリン一郎が一緒かというと、現在ソラリスはレインズのサポートで領都に常駐し、ルディとナオミが居なくなったら家にはゴブリン一郎しか残らず、さすがにそれはまずかろうとルディは彼も宇宙へ連れて行くことにした。
「一郎も楽しみか? そうか、そうか。いやーまさか、宇宙へ行けるとは思ってもいなかったぞ」
「ゴブリンも宇宙への願望があるですね。不思議です」
「んぎゃぎゃぎゃ(笑ってねえで、解け)!」
騒ぐゴブリン一郎に2人が後ろを向いて話し掛けると、彼はより一層騒いだ。
何故、ルディとナオミ、おまけのゴブリン一郎が宇宙へ行くのか。それは、マナニューロンを調べるためだった。
ルディは自分の理論を確証したかったが、この星へ降ろした施設では詳細を調べる事が出来ず、ナイキでしか調べられなかった。
だったらナオミをナイキに連れて行って、そこで調べればいいじゃん。と、ルディがナオミを誘えば、彼女はその場で大はしゃぎして思わずルディに抱きついた。
普段の2人は頻繁に会話はするけど、触れ合うような事はせずに自分の時間を大切にする間柄だったが、どうやらナオミはそんな事をすっかり忘れて、抱きつくほど嬉しかったらしい。
「それじゃ、宇宙へレッツゴーです」
「レッツゴー!」
「ぎゃぎゃ、ぎゃー(解け、帰せ)!」
ルディの後にナオミとゴブリンが続く。
1人だけ違う事を言っているけど、言葉が通じないから問題ない。
拠点の滑走路を飛び出た揚陸艇が上昇して高度を上げる。
ナオミは揚陸艇や輸送機で何度か空を飛んだ事があるけど、空を飛ぶのと宇宙へ行くのでは乗る前から気持ちが異なる。目を輝かせて宇宙への思いを募らせていた。
一方、初めて空を飛んだゴブリン一郎は、どこへ連れて行かれるのか分からず、いきなり揺れたと思ったら空を飛んでいた。
彼は何が起こっているのか理解出来ず、常識の範囲を超えた出来事に、叫ぶことすら忘れて目をぐるぐる回していた。
成層圏に入り揚陸艇がイオンエンジンの出力を上げて、機体の速度を上げ始める。
空はスカイブルーからダークブルーに変わり、ナオミは押し付けられる重力に耐えながらも、じっと前を見つめてシートベルトをぎゅっと掴んだ。
さらに揚陸艇が中間圏 を超え熱圏に入り、高度200kmを超える。
ここまで来ると既に重力はなくなり、揚陸艇は宇宙の暗闇に包まれた。
「ルディ、ルディ! 体がふわふわするし、服の裾が宙に浮かんでるぞ。これが無重力か?」
シートベルトに縛られているが、ナオミが初めての無重力を体験してキャッキャと騒ぐ。
「まだシートベルト外したら駄目ですよ。後でたっぷり無重力味わせてやるから、今は我慢しやがれです」
「分かった‼」
はしゃぐナオミとは裏腹に、後ろのゴブリン一郎は顔を青ざめていた。
「ぎゃぎゃ(気分悪い)……」
ルディが揚陸艇の進路をナイキに向ける。そこで初めて揚陸艇の窓の向こうに自分たちが住んでいる星の姿が見えた。
「あれが私が住んでいる星なのか…綺麗だな……」
ナオミが星を見ながら呟く。
今までモニターやスマートフォンの写真で見た事はある。だけど、写真と実際に見るのでは全く違った。
青と緑、それを囲む白い雲。
地球に似た宝石の様な星にナオミは、それ以上言葉が出ず自然と涙をこぼした。
「ぎゃぎゃ(なにあれ)? ぎゃーぎゃん(美味そうだな)」
彼女が感動する後ろでは、ゴブリン一郎が星を見ても自分が住んでいる場所だと分からず、何故か食い物と勘違いしていた。
「後は慣性で飛ぶです。シートベルト外して無重力を体験しやがれです」
「やった!」
ルディの許可が下りて、ナオミが笑みを浮かべてシートベルトを外した途端、彼女の体がふわりと宙に浮かんだ。
「わわわっ!」
慌てて席を掴んで体を制御しようとする彼女だが、体が宙に浮いてスリットのあるスカートが捲れ、彼女の下着がルディの目に入った。
(黒か……だけど生地の面積が少ないな。春子さんも思い切ったデザインをするんだな)
おそらくナオミの肌着はソラリスの筐体「なんでもお任せ春子さん」のデザインだろう。
服の色に合わせたセクシーな下着を見ても、遺伝子操作で異性に興味の無いルディが冷静に分析していると、彼女が移動しようと足を伸ばした。
そして、シートベルトで体を固定して避ける事が出来ず、ナオミの足がルディの頬に見事命中。
「あうっ!」
「あっ! ごめん」
「これがラッキースケベによる因果応報というヤツですか……」
痛む頬を押さえて、ナオミに聞こえぬようルディが呟く。
「何か言ったか?」
「何でもねーです」
一方、ゴブリン一郎は……。
「一郎もよく我慢したです。無重力を体験する機会なんてめったにないでから、お前も楽しみやがれです」
ルディは操縦を自動走行に設定してから、ゴブリン一郎のシートベルトを外す。
「ぎぎぎゃぎゃ(トイレどこだ)? ぎゃんぎゃぎゃぎー(今すぐ案内しないとこの場で吐くぞ)!」
「そんなに楽しいですか? 連れてきた甲斐があったです」
シートベルトを外したゴブリン一郎はナオミを追い抜いてトイレへと駆け込んだ。
ちなみに、揚陸艇のトイレの案内看板がナオミの地下の構造と違っていたら、おそらくトイレの場所が分からずに、どこかで吐いていた。
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