第150話 苦悩するタイラー

 ルディが去ってからミリーは毎日ルディが泊っていた家に行き、彼の帰りを待っていた。


「きょうもいない……」


 家には誰も居らず、ぬいぐるみのラミーを抱きしめて、しょぼんと落ち込むミリー。

 もし友達が居なかった頃の彼女だったら泣いていただろう。だけど、今の彼女にはルディが作った絆のおかげで友達が居た。


「ミリーちゃん、あそぼー!」

「ケイトちゃんだ、あそぼー!」


 ミリーと同い年のケイトはルディがギターを弾いてた時に、ミリーのぬいぐるみを羨ましそうに見ていた女の子だった。そして、ミリーがぬいぐるみを彼女に貸した縁から、ミリーの一番の友達になった。


「シリーちゃんとヨルンちゃんも誘って、おままごとしよう」

「うん!」


 ミリーとケイトが仲良く手を繋ぎ、他の友達を誘いに行く。

 こうして、ミリーの心に居るルディの面影は少しずつ消えていった。




 行政執行室では、ソラリスの作った作業指示書の内容に不満のあるタイラーが、彼女に反論して睨んでいた。

 ちなみに、タイラー以外にもソラリスの作業指示書に不満があり怒鳴り込んで来た人間は大勢居たが、彼女は相手が怒鳴っても常に冷静に理論で反論するため、現在ソラリスの全勝。


「確かに、お前の言っている通りフロントラインの東は農作物を育てる水がない。だけど、今までそこで住んでいた村民を移動させるのは無理だ!」

「その無理を何とかするのが、タイラー様の仕事でございます」


 今2人が話し合っている内容は、今までフロントライン川の東で暮らしていた村民を、レインズが解放した土壌が豊かな領主直営地へ引っ越しさせる計画についてだった。

 ソラリスは少ない農地を耕して僅かな農作物を得るよりかは、領主直営地に引っ越して作物を育てる方が良いと効率を重視し、タイラーは彼らには今まで暮らしていた土着心から説得は無理だと訴えた。


「彼らには今まで苦労して土地を耕した誇りがある分だけ、住んでいる土地に愛着がある。それをこっちの土地の方が収穫量が多いと言って、はい、引っ越します。なんて誰も言わねえよ」


 2人の話を聞いていたレインズはソラリスの案を支持していたが、タイラーの言い分も正しいと思った。


「しかし、今後フロントライン川東と領主直営地では収穫量に差が開きます。彼らはそれに対して不満を抱いて陳情に来るでしょう。しかし、後から陳情に来られても、こちらは既に案を提示して拒否したのだから対処しません。そうなると、彼らは不満を感じてレインズ様への支持率が低下します」

「だったら、どうすれば良いんだ。強制的に引っ越させるわけにもいかねえし……」


 ソラリスが冷静に説明してタイラーの反論を抑えると、彼が頭を抱えた。


「タイラー様でも難しいですか?」

「村を捨てろなんて言っても誰も従わねえよ!」


 頭を抱えるタイラーの様子に、ソラリスは人間とは面倒な生物だと思いつつ、彼女なりの妥協案を提案した。


「収穫量が3倍以上になると言ってもですか?」

「……は?」


 ソラリスの話にタイラーがガバッと顔を上げて、彼女をマジマジと見つめた。




「今、何と?」

「収穫量が3倍以上になると言いました」

「いや、土地が豊かになっても、さすがにそれは無理だろう」


 タイラーだけでなくレインズも同意見なのか、驚いた様子で目をしばたたく。


「確かに土地だけ変えても収穫量はそれほど変わらないでしょう。だけどこちらをご覧ください」


 ソラリスはそう言うと、『デッドフォレスト領経営設計書』の農業に関するページを開いて彼らに見せた。


「再来年に品種改良した小麦を育てる事で収穫量を増やす。と書いてます」

「ああ、確かに書いてあるが……そもそも品種改良とは何だ?」

「なるほど……そこからですか」


 タイラーの質問に、ソラリスは何故彼が不満を訴えてきたのかを理解した。


「現在、デッドフォレスト領では原生種の小麦を育てていますが、その小麦は成長すると、3粒しか実りません」

「それが普通では?」


 ソラリスの話にタイラーが首を傾げる。


「現在、品種改良した1小穂に9粒実る小麦の種を用意しています」

「9粒だって!?」

「まず、レインズ様がルディに明け渡した土地で実験し、無事に育つ事が出来れば、その種もみをレインズ様に販売する予定でございます」

「……信じられん」


 タイラーとレインズは彼女の言っている事が本当だったら、自分たちが食べる分だけでなく、余剰分を売ってかなりの収入になるだろうと考えた。


「だけど、レインズ様に販売しますが、条件としてこちらの指示に従った農民のみに限定させてもらいます」

「つまり現地に留まる農民には、その品種改良とやらをした種もみを提供しない言う事か?」

「いくら収穫量が3倍に増えると言っても、狭い土地で育てては効率が悪いですので。ちなみに、この種もみは1世代限定の種なので、育てた種を植えても同じ成長はしません」

「……つまり、奈落の魔女をレインズ様が裏切ったら、種もみを提供しないつもりか?」


 タイラーが睨んで質問すると、ソラリスは口角の片方だけを釣り上げて無表情に笑った。


「仕様でございます」


 その返答にレインズは、なんてえげつない餌を仕掛けてきたと頭を抱えた。




 タイラーは収穫量が3倍なら何とか説得できると言って、部屋を出ていった。ちなみに、タイラーが部屋を出る際、彼はレインズに同情の眼差しを送っていたが、レインズは頭を抱えていて気づかなかった。


「とんでもないな」


 タイラーが去ってからしばらくしてレインズが呟く。


「そうでございますか?」


 ソラリスが書類を片付けながら聞き返すと、レインズはため息を吐いてから姿勢を正した。


「ただの辺境が下手したら一大農村地になるぞ」

「それはよろしゅうございますね」

「……それで奈落様は一体何が目的なんだ?」


 そうレインズが質問すると、彼女は一言。


「人類の存続でございます」


 その返答の意味が分からずレインズは顔をしかめるが、彼女はそれ以上は秘密だと何も言わなかった。

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