第149話 ルイジアナの旅立ち
「今までご苦労だったな」
「いえ、大してお役に立てず申し訳ございませんでした」
あの裁判から1週間後、裁判で死刑が確定した者たちはつつがなく執行され、領都も少し落ち着いてきた頃、領主館の執務室ではレインズに向かってルイジアナが頭を下げていた。
彼女は元々レインズの部下ではなく王宮魔法使いだった。そして、王太子から直々の命令で、レインズが領主になるまでの間は魔法による支援。領主になった後は彼女の知識を生かして、領地の経営を支援する予定だった。
しかし、彼女よりも先にソラリスが領地の支援策をぐぅの根も言えないぐらい見事な物を作り上げてしまった。
という事で、ルイジアナが居なくてもソラリスが居れば領地経営は問題なく、ルディをエルフの里へ連れて行くために今まで仕えていたハルビニア国を退職するつもりだった彼女は、一度王都に戻って王太子に直接報告と退職願いを出したのち、最後の仕事に今も王都に居るレインズの妻と子供たちをデッドフォレスト領まで連れて帰る予定だった。
「しかし、退職すると聞いたが、やはり理由を話せないのか?」
「残念ですがエルフの事情としか話せません」
エルフの真名を知っているルディならいざ知らず、何も知らないレインズにエルフの秘密は話せられない。彼女は微笑んで胡麻化すだけだった。
「そうか……まあ、深く追求はしないよ。旅の無事を祈る」
「ありがとうございます」
レインズは魔法使いでも1人での旅は危険だと、念のために馬と数人の護衛を用意してくれた。そして、ソラリスからはルディが持っていたテントを譲ってもらったので、道中で野営をしても快適に過ごせるだろう。
執務室を出たルイジアナは、ソラリスの居る行政執行室に入った。
ソラリスが執務している部屋の中は、領都に関する多くの書類が丁寧に整理されていた。
ソラリスは1人机に向かってレインズの側近たちへの作業手順書を作成していたが、その執筆速度は目に見える速さではなく、ルイジアナは彼女の未知なる才能を尊敬していた。
「ソラリス様。今、よろしいですか?」
「問題ございません。ご用件は何でございましょう」
彼女はそう応えると執筆を止めて顔を上げる。
ちなみに、彼女の能力であれば執筆しながら会話を出来るのだが、そこは『なんでもお任せ春子さん』、礼儀作法にはうるさい。有能自慢なんて失礼な事はしなかった。
「明日、旅立つのでご挨拶を」
「そうですか。では少々お待ちください」
そう言うとソラリスはルイジアナを待たせて瞳を閉じ、電子頭脳でルディに連絡を入れた。
『ルディ、今良いですか?』
『あっ……』
『どうかしましたか?』
『いや、何でもない。それで要件は?』
ちなみに、ルディはゴブリン一郎とサッカーボールでリフティング勝負をしていた最中で、突然のソラリスからの連絡でボールを落としただけ。
『明日からルイジアナ様は王都に旅立つそうです』
『あ、そうなの?』
『確か彼女が戻ってきたら一緒に旅へ出る予定と伺っていますが、連絡はどうしますか?』
『もうルイちゃんはナイキの監視対象者リストに入れてる。彼女が戻って来たらハルが連絡を入れるから心配無用』
ルディはルイジアナにスマートフォンを持たせるかも考えたが、それほど信頼している仲でもないと思い返し、監視対象リストに入れるだけにした。
『分かりました』
『よろしくと言っといてくれ』
『はい』
ルディとの通信を終えたソラリスは目を開けると、目の前のルイジアナに話し掛けた。
「ルディがよろしくだそうです。それと、戻ってきたら彼の方から会いに行くと言ってました」
それを聞いてルイジアナが驚くが、表には出さずに頷くだけに留まった。
ちなみに、彼女が驚いた理由は初めて遠距離通話を見たから。ルディと旅をした時に、彼が何度か離れた場所からナオミの魔法で物資を転送したのは知っている。だけど、物資を転送するには現在地と必要な物資を連絡する必要があると彼女は考えていた。
やはりそれもナオミの魔法なのかと思いきや、まさかマナを感じないソラリスが魔法の一片も見せず、いとも簡単にルディと連絡した様子に驚いた。
「……分かりました。それと1つお願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「何でございましょう」
「王太子への報告にソラリス様の資料を見せて説明したいのですが、複製したのを持って行っても良いですか?」
ルイジアナがそれを希望したのは、ソラリスの作成した設計書があまりにも奇抜で、口だけでは説明できなかったから。
彼女の願いにソラリスは暫し考え、特に問題ないだろうと頷く。
「構いません。こちらがコピーですので、どうぞお持ちください」
そう言って、引き出しから書類を取り出すとルイジアナに渡した。
「助かります」
ちなみに、ソラリスは設計書の内容を星の文明レベルに合わせて作成したので、他人に見せても問題ないと判断したが、それは大きな間違い。
まず設計書が植物性の紙で作られており、まだ羊皮紙が主流の世界では異質の存在なのを彼女は知らなかった。
ソラリスがそれに気付かなかったのは、彼女が来るまでの間にルディが色々やらかした結果、誰もがルディの仲間だったらこのぐらいならやるだろうと誰もツッコまなかったから。
それと、設計書の内容にも一部問題があった。例えば、ハルビニア国は封建制なので領主は社交のために身なりを整えたり、来客が来ても恥をかかないようにと贅沢な家財を購入するのが当然であり、これは全て税金から直接賄っていた。
だが、ソラリスの作成した設計書では、領主のレインズも他の者と同じく給料制で、社交費はその給料から自分で購入するとなっている。また、レインズの家族の食事も給料からの支払いなので、毎日贅沢な食事をしたら一気に破産してしまう。
レインズからしてみれば、今までそんなに贅沢をしておらず別に構わなかったが、他の貴族からしてみればあり得ない制度だった。
後日談だが、王太子がこの設計書を読んだ時、素晴らしいと絶賛すると同時に頭を抱える事になるのだが、それはまた別の話。
「ではお気をつけて、無事の帰還をお祈りします」
「はい。ありがとうございます」
ソラリスの言葉にルイジアナは頭を下げてから、部屋を出ていく。
こうして、ルイジアナは一旦王都に向けて旅立った。
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