第148話 レインズの演説

 裁判が終わっても大衆はほとんど帰らず、これから始まるレインズの政策について不安と期待で彼を見つめていた。

 多くの視線が集まる中をレインズは壇上に立ち、ルイジアナが音声拡大の魔法を彼に掛ける。

 この魔法は対象者の喉を強くして、声に張りを与える歌手なら誰でも欲しがりそうな魔法だが、魔法を掛け続ける必要があるついでに、マナの消費もそこそこ激しく、ルイジアナでは20分ほどが限界だった。


 魔法を掛けられたレインズはルイジアナに目礼すると、広場に集まっている大衆の方を向いて大声で話し始めた。


「皆、俺の兄のせいで苦労をかけた。まず最初に謝罪する!」


 そう言うなりレインズが頭を下げる。

 壇上で頭を下げたレインズを見た大衆から、ざわめきが沸き起こった。


 この時代、貴族がただの市民に向かって頭を下げるなどあり得ない。それほど貴族と市民の間には身分の差が広がっており、彼らはレインズの行為が信じられなかった。

 だが、人は悪い事をしたら謝る。例えそれが身内の悪事でも。道徳心の観念から見れば彼の行動は間違っておらず、戸惑いはあるが彼の行動を多くの人間が支援した。




 深く頭を下げていたレインズは頭を上げると、これからの政策について話し始めた。


「まず、今年の税金を免除する!」


 開口一番そう言うと、一斉に大衆から大歓声が上がった。

 レインズが領主になれば税金が下がる。その噂は既に広まっており、彼らは既に期待していたが、今年の税収が免除というサプライズに、今までの重税など吹っ飛び歓喜した。

 大歓声は5分ほど続いたが、まだ話があるらしいと次第に静まり、再びレインズが口を開いた。


「すでに話が広まっていると思うが、改めて宣言する。来年からの税金は国税に人頭税、領地税は所得の2割まで減税する」


 人頭税と所得税を合わせると、一般家庭の収入の約3割強。最初に言った税金免除の時よりも勢いは落ちたが、それでも大衆は喜びレインズに向かって拍手をした。


「それと、前領主ルドルフによって小作人になった領民を優先し、領主直営地を領民に分け与える。もちろん、その農地は与えた領民の物だ!」


 この政策も領民には信じられないと思いつつ大賛成で、拍手が沸き起こった。

 領主直営地はと言えば領地で一番収穫量の多い場所。その土地を分け与えられた元小作人たちは、これで食うに困らなくなるだろう。


 これらはレインズの考えを組み込んだソラリスの政策で、彼女は裁判で有罪になった者たちから没収した収入により、1年だけなら税収なしで領地をやりくりできると計算したからだった。


 ここまでは領民に対する緩和政策だったが、次にレインズは現実的な問題を彼らに付きつけた。


「だが、残念な事もある。前領主によって隣国ローランドに送られた奴隷たちを、できれば俺も取り返したい。だが、今回の件で我が領地はローランドに喧嘩を売った。交渉はするが、彼らを取り戻すのは半分諦めてくれ!」


 それを聞いた大衆が一斉にがっくりと肩を落とす。

 できれば奴隷となった人間を取り戻したい。その気持ちはある。だけどレインズはただの一地方の領主に過ぎず、相手は大国ローランド。それに、噂では奈落の魔女がローランド国の魔法使いと多くの兵士を殺害したらしい。

 ローランド国から見れば喧嘩を売られたに近い状況だ。そんな相手に対して奴隷を返せと言っても、素直に従うとは思えなかった。


 ちなみに、前領主ルドルフとローランド国が密かに結ぼうとした契約書は、サインはしたけどローランド国へ送られる直前に革命が起きたため、レインズが契約書を処分してなかった事にした。それも、ローランド国を怒らせた要因の1つだった。




「最後に領地の中央を流れるフロントライン川の東、草原地帯の一部を奈落の魔女へ与える!」


 そのレインズの報告に多くの人間が首を傾げた。

 ちなみに、フロントライン川とはタイラーの村の西にある南北に流れる川。

 これはルディが考えた提案で、ナオミはレインズが新領主になるのを手伝った報酬に国から金貨300枚の報酬を貰えるのだが、実は国からではなくデッドフォレスト領からの支払いらしい。

 それをソラリス経由でレインズから聞いたルディとナオミは、何だそりゃと思いつつ、それだったら報酬金の代わりに領地を貰う事にして、ルディが提案した草原の開墾案を報酬という形で形式化した。


 これでルディは冬になって草原の草が枯れた頃、ドローンを使って一気に風車と畑を開墾し、春になったら労役を課せられた元兵士たちに品種改良した小麦を育てさせる予定。

 そして、上手く小麦が育ったら農地そのものをレインズに売り渡し、ルディは種苗屋としてレインズと関わりつつ、この星の人口増加をコントロールするつもりだった。




 他にも細かい政策はあるがルイジアナの魔法がそろそろ限界だったので切り上げ、最後にレインズは大衆に向かって自分の思いを語り始めた。


「このデッドフォレスト領は新しく生まれ変わる。そのせいで色々と混乱することもあるかもしれない」


 ちなみに、口が裂けても言えないが、レインズは今後混乱が発生したら、その原因の大半はナオミとルディのせいだと思っている。


「だけど安心して欲しい。私は必ず、必ずこの地を発展させて、すべての領民を幸せにする。何故なら、私にとって、お前たちの笑顔こそが私の財産だ!」


 レインズがそう言い終わると同時に、領都の広場を揺るがすほどの大歓声が沸き起こる。

 そして、何時までも彼を称え続けた。




 後に『レインズの革命』と呼ばれたソラリスの政策は、当時の時代背景ではあり得ない政策だと当初批判されていたが、後世では市民のための素晴らしい政策だと評価された。

 そして、革命の時に現れた怪盗ルディと革命の魔女は、吟遊詩人によって語り継がれ、大人気大衆娯楽劇になるのだが、当の2人はまだその事を知らず、レインズの演説に満足していた。







※ 最後の方は駆け足気味に話を進めて、色々と後残りはあるけど、一番切りが良いのがこの話だったので、これで2章を終わらせます。


 正直に言えば、ミリーの事やレインズの改革を詳しく書きたかったけど、どれも本編とは関係なく横道に逸れて中弛みしそうだから自粛。まあ、次の章の初めにチョロっと書こうと思います。


 そして次の章ですが、本当だったらローランド国との戦争を書こうと思ったけどまだ半年も先なので、先にルディの魔法とエルフの里編って感じでルイジアナの故郷への旅を書く予定。

 この章が長かったから、次はもう少し短くまとめたい。

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