第146話 求めすぎる平和

 側近の裁判が始まり、最初の被告人はデッドフォレスト領の兵隊長から始まり、ナッシュが集まった大衆に聞こえる様に大声で罪状を読み上げた。


「元兵隊長、ジャクソン。お前は前領主ルドルフに協力して、税金滞納者の不当な逮捕、部下の悪事を黙認、賄賂の要求、殺人が12件、暴行は現時点の訴えだけで89件、以上により有罪とする!」


 ナッシュが罪状を読み終えると、壇上に立つジャクソンに向かって大衆から多くの野次が飛んできた。


「ふざけんな、死ね‼」

「クソ野郎!」

「私の息子を返せ‼」


 大衆の中には彼のせいで親、子供を失った者も多く、壇上横に居るジャクソンの家族にも野次が飛ぶ。


「静粛、静粛に! まだ裁判は終わってない!」


 ナッシュが何度か大衆に向かって声を荒らげて静かにさせると、被告人ジャクソンに向かって話し掛けた。


「罪状は以上だが、何か言い訳はあるか?」

「俺はただルドルフ様の命令に従っただけで、本当はやりたくなかったんだ!」


 ジャクソンの年齢は51歳。とっくの昔に自己判断が出来るお年頃で、そんな言い訳など通じない。

 当然彼の言い訳に再び大衆から野次が飛び、もう一度ナッシュが「静粛に!」と声を荒らげて静かにさせた。

 そして、大衆が大人しくなると、ずっと黙って話を聞いていたレインズがジャクソンに向かって判決を言い渡した。


「判決を言い渡す。ジャクソン、本心はどうであれ悪事に加担したのは事実だ。よって、財産没収の上、極刑に処す」


 その判決にジャクソンは首を下げて項垂れ、大衆からは歓声が上がった。


「だが、調べた限り家族が加担した証拠が出なかった。お前の家族には財産の中から金貨10枚を与える」


 それを聞いたジャクソンの家族は、自分たちも処刑されると思いきや一転無罪となって、さらに金貨10枚を貰えると聞き、嬉しさよりも驚きの方が勝った。

 だけど、ジャクソンの家族はデッドフォレスト領に居続けることは出来ない。街を歩けば今までの恨みだと領民から迫害されるのは確実で、親戚も同様に迫害させるだろう。

 彼らは誰も頼れずデッドフォレスト領から出るしかなく、それだと金貨10枚では足りない。

 今までの贅沢を全て失ったジャクソンの家族は、これから苦しい人生が待っていた。




 その後もルドルフの側近の裁判は続き、全員が財産没収の上、極刑になった。

 レインズの判決が出る度に大衆から歓声が沸き、家族が関わった証拠がなく無罪放免言い渡すと、それが不満でブーイングが沸き起こった。


 その様子を投射スクリーンで見ていたルディは、腕を組み手を顎に添えて深く考えていた。


(原始時代では市民に娯楽がなく、犯罪者の処刑が娯楽の1つと文献に載っていたが事実だったか……)


 ルディが知る限り、宇宙での極刑は密やかに行われるのが普通だが、この星では大勢の前での処刑は当然の行為で、彼は死刑を喜ぶ大衆に嫌悪感を抱いていた。


「深く考えているみたいだが、どうかしたのか?」


 ルディの様子にナオミが質問すると、彼は頭を横に振ってため息を堪えた。


「別に……ただ、命の尊さを学びやがれと思っただけです」

「命の尊さか……自分が生きるだけでも精一杯のこの星では、まだ無理だな」

「人権は豊かさがあっての代物ですか?」


 ルディがそう聞き返すと、ナオミが口をへの字に曲げた。


「チョット違うな」


 ナオミはそう言うと、少しだけ考えてから持論を話し始める。


「私もルディと会うまでずっと貧しかったから何となく思ったんだけど、人間に限らず生物は、貧しさを体験して成長するんだと思う。豊かな世界…確かに憧れるよ。だけど豊かな世界がずっと続いて、それに甘んじたままだと人類は成長せずに、例の魔物に滅ぼされるんじゃないかな。私はそう思う」

「貧しさですか。だとしたら、戦争は人類を成長させるためのシステムって事ですか?」


 ルディがそう質問すると、ナオミが笑って手を左右に振った。


「そこまでは言わないよ。だけど、戦争があるから人間は平和を求めて、平和な世界で平和を求めるのは欲張りすぎだと思っただけさ」

「確かに平和な時に平和を求めると軍事費が増えるです。だとしたら平和な時は何をすれば良いですか?」


 この質問にナオミがにっこりと微笑んだ。


「人類は平和を求める以外にもやる事がいっぱいあるだろ? 文化、科学、技術……それらを各国が競争して発展させれば良いじゃないか。ルディ、人類はそうやって宇宙へ行ったんじゃないのか?」

「ああ、うん。確かにそうでしたです」


 ナオミからそう言われて、ルディも確かにそうだったと思い出し、同時に自分と出会って僅か数カ月で、人類の発展について正しい答えを導き出したナオミを改めて凄いと思った。


 こうして2人が話している間にも、ルドルフの側近の裁判が終わり、最後にルドルフ本人の裁判が始まった。




 両脇を兵士に支えられ壇上にルドルフが現れた途端、大衆から今まで以上の野次が彼に向かって放たれた。


「この人殺し!」

「腐れ死ね!」

「泥棒領主!」


 野次を浴びせられたルドルフがビクリと体を跳ねる。

 彼は今まで金を生む道具だと思っていた領民から向けられた殺意に、恐怖を感じていた。

 そのルドルフは、ルディが最後に見た時よりも少しだけ痩せこけており、着ている豪華な服は着替えてないのか汚く乱れ、ナオミがへし折った左足に添え木を添えて松葉杖を支えに裁判席に立たされた。


「これから前領主ルドルフの裁判を行う。皆の者、静粛に!」


 ナッシュが大声で叫び大衆を落ち着かせるが、それでも今までの鬱憤を言葉にしてルドルフに浴びせたい彼らは大人しくなるどころか、さらに罵声を浴びせていた。


「静粛に、静粛に‼ 裁判が始められねえだろ、馬鹿野郎!」


 全く収まらない野次に、切れたナッシュから地が出る。

 そして、ナッシュだけでなくレインズの側近や兵士全員で落ち着かせて、ようやくルドルフの裁判が始まった。

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