第141話 新領主

「あれ? レインズさん、どーやってここまで来たですか?」


 部屋に雪崩れ込んで来たレインズに、部屋の中に居た全員が驚いた。


「ここに向かう途中で偶然馬商人に会ったから、馬を買って急いで来た」


 レインズの言う事は本当で、彼は村を出て急ぎ足で街道を歩いていると、30分ほどで領都に向かう馬商人を偶然見つけて、大金を払い馬を購入すると、馬に乗って一気に領都までやって来た。

 ちなみに馬は2頭しか購入できず、ルイジアナはタイラーと一緒にゆっくり移動中。


「どうやらギリギリ間に合ったらしいな」


 ここまで強行軍で来たレインズは本当に疲れているのか、全身から汗を流し、安堵のため息を吐くと、ゆっくり歩いて兄であるガーバレスト子爵の前に立った。


「まさか気でも変わって、お前も助命をするつもりか?」


 ナオミの問いにレインズが頭を横に振って否定した。


「いや、奈落様の手を煩わせず、この手で始末をつけたかっただけだ」

「……それで良いのか?」


 自ら兄殺しの汚名を被ると言うレインズにナオミが尋ねると、彼は頷き、兄であるガーバレスト子爵に向かって話し掛けた。


「久しぶりだな、兄貴」

「…………」


 レインズが話し掛けてもガーバレスト子爵は何も答えずそっぽを向く。


「……何とか言え、このガーバレスト家の面汚しが!」


 レインズはその態度にムカついたのか大声で叫ぶと、ガーバレスト子爵の顔面を殴り、さらに馬乗りになって彼の顔を何度も殴った。

 だが、レインズは殴っている間ずっと泣きそうな顔を浮かべ、ガーバレスト子爵は腕で抵抗するものの、泣き言は一切口にせず、ずっと殴られるのを耐えていた。




「……ずっとお前が怖かった」


 殴って事で気が少し収まったレインズが拳をとめると、ガーバレスト子爵がポツリと呟いた。


「子供の頃からお前が怖かった」

「…………」

「儂よりも剣の腕も頭も良いお前が、いつか儂を殺して何もかもを奪っていくと思うと怖くて堪らなかった」

「……馬鹿野郎、そんな事誰がするか」

「お前がしなくても、周りの人間がそう動いていた。そうだろハク」


 ガーバレスト子爵はずっと控えていたハクに向かって話し掛けると、彼は若干驚くが、すぐに冷静になって頭を横に振った。


「……いえ、儂はそんなこと想っておりませんでした」

「嘘を吐くな。知っているんだ、子供の頃に親父とお前が、もしレインズが長男だったらと口にしていたのをな」

「…………」


 それを聞いたハクが驚いて目が大きく開く。そして、今の話が真実だったのか、ガーバレスト子爵の顔を正面から見る事が出来ずに顔を背けた。


「人間なんて誰も信じられん。だけど儂を馬鹿にしていた連中も、金さえあれば言う事を聞いた」

「だから領民を奴隷にしたとでも言うのか?」


 話を聞いていたレインズが立ち上がって質問すると、ガーバレスト子爵が自虐的な笑みを浮かべた。


「金がすべてだ。金があれば兵士を雇って、領民を押さえつける事ができる。逆らう連中は金を渡すか、殺し屋を雇って殺せばいい。残念だったのは、親父がお前を逃がしたせいで殺せなかった事ぐらいだな」


 ガーバレスト子爵の話が終わって、レインズがため息を吐く。


(最後まで救いようのない男だ……すべてを他人のせいにして、自分だけが正しいと思いやがる)


 同じ血が繋がっているのにどうしてこうも性格が歪んでいるのか、レインズは最後まで自分の兄の性格を理解できなかった。




 レインズはハクに命令して、ガーバレスト子爵が脱税した証拠の品を彼の前に見せた。


「ガーバレスト子爵。お前は故意に領民を奴隷に落として国に納める税を減らし、奴隷を売った金で私腹を肥やした。証拠の品はそろっている」


 レインズは一旦間を開けると、再びハクから丸められた一枚の羊用紙を受け取って、厳重な封を外し広げてガーバレストに見せる。

 この用紙はレインズがガーバレスト子爵の不正を暴き、彼を倒した時だけ使えと、国王から渡された命令書だった。


「ルドルフ・ガーバレスト子爵、国王からの命令だ。貴様をハルビニア国の貴族から廃爵し、ガーバレスト子爵はレインズ・ガーバレストがたった今から継ぐ。そして、貴様の処分はレインズに一任するが、領民が納得する処分にする事、以上」


 レインズが言い終わっても、ガーバレスト子爵改めルドルフは、暴れる事なくがっくりと項垂れたままだった。




「それで、コイツはどうするんだ?」


 ずっと話を聞いていたナオミの質問に、レインズが少しだけ考えて口を開いた。


「3日後、領民の前で裁判をする。その時に絞首刑にするつもりだ」

「毒殺すら許さないか」

「そんな簡単には殺すには、お前の罪は重すぎる」


 そうレインズが答えると、ナオミは少しだけ考えてから頷いた。


「私に殺害を依頼しといて、直前でキャンセルされるのは腑に落ちないが、まあ今回は許してやろう」

「本当に申し訳ない」


 レインズが頭を下げると、ナオミがニヤリと笑って彼の肩を叩いた。


「まあ、いいさ。それよりもこの男がローランドの兵を呼び寄せているのは知っているか?」

「……はっ?」


 領都に来たばかりで、革命が起こっている事すら驚いていたレインズは、今のも当然初耳で驚き、ナオミの顔を見つめ返した。


「明日にも3千の兵士がデッドフォレストの領内に侵入する。目的はコイツの身の確保…は廃爵されたからどうだろうな。だけど、もう1つ目的があって、どうやら私を捕まえるつもりらしい」

「はぁ? ……それで奈落様はどうするつもりですか?」


 レインズは奈落の魔女を捕まえるとか冗談でも無理だと思いつつ、出来れば自分と領地を巻き込まないで欲しいと祈るが、きっと駄目だろうなと半分覚悟した。


「安心しろ、ローランドと戦うのは私だ。お前は何もせず、何を言われようが知らぬ素振りをしてればいい」


 そう言ってナオミが笑うと、レインズとハクがあっけに取られていた。

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