第134話 革命の炎

 再び話を戻して、ウィートが連行されるキッカを眺めていると、見ず知らずの女性が彼の袖を引っ張ってきた。


「アンタ誰だ。俺に何か用でも……」

「しっ! 黙って私について来て」


 最後まで言わせず女性はウィートを引っ張ると、『微睡み亭』から少し離れた場所まで連れて行き、そこではキッカの仲間の主婦たちが彼を待ち構えていた。

 何となく場の空気が熱い。彼女たちから醸し出る危険な雰囲気に逃げたかったが、袖をがっしり掴まれて逃げる事が出来なかった。


「アンタがキッカが言ってたウィートだね」


 集まった主婦の代表である恰幅の良い女性から脅しに近い質問に、ウィートが頭をガクガクとして頷き返す。

 ウィートはどうやって彼女たちが自分の顔を知りえたのか分からなかったが、主婦の情報網を甘く見てはいけない。

 彼女たちはキッカから宿にレインズの仲間が居ると聞いただけで、騒動の野次馬の中から見知らぬ男のウィートを探して、ここまで連れてきたのだった。


「別に取って食うわけじゃないから、そんなにビビるんじゃないわよ。ただアンタに聞きたい事があるだけさ。レインズ様はどんな人柄だい?」


 どんな質問が来るかと思ったら、レインズの性格についての問い合わせでウィートが拍子が抜ける。しかし、彼女たちの顔を見れば誰もが真剣でウィートの一言一句を聞き逃さぬと、彼の話を待っていた。

 だけど、実はウィートもレインズについてはあまり詳しく知らない。何故なら、彼はルディと会ってからこの方ずっと領都と村の間を行き来しており、ほとんど村に居なかったから。

 そこで、レインズの性格については身分の差を気にしない性格だと留めるだけで、彼が領主になったら税金は人頭税と所得税の2割だけ、相続税は取らないらしいと、彼女たちに説明した。


「たったの2割⁉」

「しかも、相続税がない!」

「他に、税金は取らないのかい?」


 主婦たちにぐいぐい迫られて、ウィートが何度も頷く。

 それで主婦たちは納得したのか彼を解放した。


(嫁さん貰うのやめようかな……)


 解放されたウィートは、彼から少し離れた場所で円陣を組んで相談をしている主婦たちの様子に、一生独身の方が気楽かもと考えていた。


「よし決定。革命を起こしましょう!」

「おーー!」


 ちょっとお買い物に行ってくるみたいなノリで、1人の主婦が言うと、彼女に合わせて他の主婦が拳を突きあげる。

 だけど、彼女たちの心の中には子供の未来の為という強い決心があった。


(……はい? 今、革命とか言ってなかったか?)


 理解できてないウィートの前で、主婦たちが解散して自宅へと帰っていく。

 それから主婦たちは、近所の人たちにレインズが領主になったら税金が安くなる話を流した。すると、その話を聞いた主婦がさらにご近所に話をする。その流れが広まると、主婦たちは旦那を唆した。


 その結果、領都の中央広場に領都の人口の半分以上、3000人を超える民衆が集まって、シュプレヒコールを叫び始めた。


「税金を下げろ!」

「奴隷を解放しろ!」

「領主は今すぐやめろ‼」


 ウィートは広場から少し離れた場所で、群衆を見て頭を抱えていた。


「どうしてこうなった……」




「大変です。領民が広場に集まって暴徒と化しています!」

「何だと……」


 執務中のガーバレスト子爵に、領民が暴徒化した一報が入ってきた。


「兵士は何をしていた!」


 ガーバレスト子爵も領地の重税は領民の反発が激しいだろうと、兵士たちの数を増やして彼らを取り締まっていた。


「はっ! それが盗賊の捜索で手一杯だったらしく、民衆の動きに気づかなかった様子で……」


 兵士がしどろもどろに答えると、それが癇に障ったのかガーバレスト子爵が怒鳴り声を上げた。


「今すぐ、取り締まれ! 多少の死者は構わん!」

「それが、暴徒の数が多くて今の兵士の数では抑えきれません」

「クソが! こうなったら、ローガンを連れていけ。大金を叩いて雇ったんだ、ヤツだったらどれだけの数が居ようが何とかなる」


 ローガンとは、ガーバレスト子爵がローランド国から呼び寄せて雇った魔法使いだった。


「はっ! 分かりました」


 兵士はガーバレスト子爵の命令に敬礼すると、慌てて部屋を飛び出した。


「後、少しだ。もう少しでローランドから兵が送られるはず……レインズ、お前の思うどうりになど行かんぞ」


 ガーバレスト子爵は顔を歪めると、椅子に寄りかかって歯ぎしりをしていた。




「やれやれだぜ。のんびり田舎ぐらしを満喫していたら、雑魚が暴れてるときたもんだ」


 領都の広場の近くで、ローガンがため息を吐く。

 彼から50mほど離れた場所では、領主を倒そうと多くの領民が集まっており、兵士たちは声を荒らげ彼らに向かって「解散しろ」と叫び、暴れるようなら直ぐにでも取り押さえようと彼らを囲んでいた。


「それで本当に殺っても良いんだな」

「はっ! 領主様からの了承は得ています」

「ふーん」


 ローガンは近くの兵士に確認を取ってから、ニヤリと笑った。


(ちょうど暇だったんだ。気持ちを切り替えて楽しむか)


 ローガンは魔法使いという特別な才能に己惚れており、魔法は人を殺す道具であると同時に、楽しむ物という認識だった。

 そして、彼にとって民衆などただの獣と同じで、歯向かえば殺せば良いと考える。

 それでも先に攻撃するのは不味かろうと、ローガンが状況を見守っていると、爆発寸前だった領民から兵士に向かって投石が始まった。

 そして、石の1つが放物線を描きローガンの足元に転がると、彼の足に当たって止まる。


「向こうが先に攻撃したって事で、こちらもお返ししないとな」


 別に怪我などしてないが先に攻撃したのは向こうだと、ローガンが両手で杖を握り魔法の詠唱を始めた。


「業火の球よ!」


 詠唱が終わると同時に彼の頭上に火の玉が現れて、集まっていた群衆の中に放たれるや、群衆の中で爆発して何人かが炎に包まれた。


「助けてくれー‼」

「水だ! 誰か水を!」


 近くに居た人々の間で悲鳴が上がり、慌てて炎を叩いて消火しようとするが、火は消えずに焼死体が地面に転がった。

 死者が出て兵士の中に強力な魔法使いが居ると知った領民が怖気付く、だがそれ以上に彼らは怒りに満ちて暴動寸前だった。


「さて、もう1発撃って黙らせるか」


 まだまだこれからだとローガンがもう一度、魔法を詠唱しようとする。

 反対に集まった領民たちは、革命を率先した主婦を中心に兵士たちに襲い掛かろうと身構えた。


(もう一度、喰らえ……)


 ローガンが魔法を発動しようとしたその時、上空から猛烈なマナの波動が広場に降り注いで、全員が動けずに膝を付いた。

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