第117話 領主の仕事

 ルディが着替えて体を綺麗にしてから台所に入る。

 まずは鳥を捌こうとするが、鳥は暇だったハクが解体しており、すぐに調理できる状態になっていた。


「ハク爺、ありがとうです」

「何時も美味い料理を食わしてもらってるから、せめてもの礼じゃ」


 手間が省けたと礼を言うと、ハクが笑い返した。


「さて、腕を振るうです」


 まず、鳥もも肉を切って、白ワインと塩こしょうで下味をつけてから、人参と玉ねぎを刻む。

 次にかまどの火を点けると、鍋に水を入れて大麦を煮込んだ。

 大麦が煮えるまでの間、七輪で温めたフライパンにオリーブオイルを入れて鳥肉を皮の方から焼き、焼き目が付いたらひっくり返して、野菜とシメジ、カットしたほうれん草を入れて、弱火で蒸し焼きにした。

 本当はバターを使いたかったが、夏の季節に冷蔵庫がないとバターの保存が出来ないので、残念だけどハルが持ってこなかった。


「バターがないのは残念ですが、ハルは良い物を持ってきたです」


 そう言ってルディは、市販品のホワイトソースが入った缶詰を取り出した。

 台所で「ふふふ」と不気味に笑うルディの背中に、レインズとハクはドン引きしているが、本人は気づいていない。


 大麦が煮えた鍋に鳥肉と野菜を加えてから、市販品のホワイトソースを加えて3分ぐらい煮込む。

 これで、大麦の入った鳥肉としめじとほうれん草のクリーム煮が完成した。




「出来たです」


 ルディがテーブルに料理の入った鍋を置くと、ミリーをあやしていたルイジアナが居間に戻ってきた。


「お、綺麗になったじゃないか」


 体を洗って服を着替えたミリーの姿にレインズが笑い掛けると、彼女は照れているのかルイジアナにしがみついて顔を隠した。

 ちなみに、着替えはルディの予備の肌着で黒いTシャツ。だけど、自動で体温を調整する機能が付いて、おまけに抗菌仕様。ルイジアナはルディから肌着を受け取った時、肌触りと精巧な裁縫技術に驚いていた。


「あら、テレてるのかしら?」


 ルイジアナは笑ってミリーの背中をさすり、膝の上に乗せて椅子に座った。


 ルディが皿に料理をよそうと、ルイジアナに抱きついていたミリーが匂いに誘われて振り向き、じゅるりと涎を垂らしていた。

 ルイジアナがミリーに食べさせようと、料理をスプーンで掬ってから少し冷まして、彼女の口元に持っていく。


「はい、あーん」

「あーん」


 ミリーが口を大きく広げてホワイトソースを口に入れると、大きく目を開いて体を固めるが、口だけはモグモグと動かしてゴクンと飲み込んだ。


「おいしー!」


 ミリーがそう言って目をきらきらと輝かせ、もっと食べたいとルイジアナを催促した。


「どうやら気に入ったみたいです」

「この料理を不味いと言うヤツが居たら、そいつは罰当たりだぜ」


 料理を食べたレインズがルディに応じながらも、お替わりをする勢いで口を動かす。ちなみに、ハクも同様。


「美味しいです」


 ミリーに食べさせながらルイジアナも料理を食べて呟く。相変わらず彼女は、料理に対する語彙力が欠片もなかった。


 ルディも自分で作った料理を食べると、ホワイトソースでドロドロになった大麦は美味しく食べられて、鳥肉は柔らかく塩加減が丁度良い。ほうれん草としめじもホワイトソースが絡んで、鳥肉との相性がばっちりだった。




 ミリーがお腹いっぱい食べて家の奥でお昼寝をしている間に、ルイジアナが食器を洗い、ルディはレインズから午前中の話を聞いていた。


「戻ってくるの5日後ですか?」

「ああ、そうなる」


 レインズがタイラーから聞いた話によると、この村は領都から1日歩いた距離にあり、往復の移動に2日領都での活動に3日の予定だった。

 それと、領都に行く途中で街道に置いて行った荷車を回収して、購入する予定の食料と薪を荷車で運ぶらしい。

 ルディはハルの作った荷車が予定外の場所で活躍しているなぁと思った。


「と言う事は、その間はずっとこの村に留まるんですか?」

「まあ、そうなるな」


 レインズの返答に、ルディが難し気な表情を浮かべた。


「ルディ君、何か問題があるのか?」

「大した問題じゃねーです」

「ルディ君からしてみれば大した事じゃないけど、もしかしたらそれが重要な事かもしれない。だから話してほしい」


 レインズから催促されて、渋々とルディが口を開いた。


「僕、皆の食事作ってろです。ルイちゃんはミリーの面倒をみたり、後片付けをしてろですけど、レインズさんとハク爺は家に籠ってるだけのただ飯喰らいです。だから、少しは働けと思ったのです」

「…………」

「…………」


 そうルディが言うと、部屋の空気が気まずくなった。

 ルディの話が本当に大した事ではなく、しかも事実だから2人は反論も出来ず、離れた場所では洗い物をしながらルイジアナが笑いを堪えていた。


「よし! だったら俺も働こう。何か仕事はあるかな?」


 しばらく顎を摩って考えていたレインズが、ルディに尋ねる。


「レインズさんは領主になりやがるんだから、領主の仕事をしやがれと思うのです」

「ふむ……確かにその通りだな。だったら、視察でもするか」

「それが良いと思えです。この村貧乏、それ税金だけじゃねえです」

「どういう事だ?」


 ルディの返答に、興味が湧いてレインズが質問する。


「この村、農業で収入得てるですが、畑が川の周りにしかねーです。この地域、多分降水量が少ねーから周りの草原を開墾しても、収穫量ちょびっとです」


 ルディはナイキの上空写真から、この周辺の地図を見て話を続ける。


「川から草原に水を引けば、畑に出来る面積広がるです。税金を集めてそれを何とかするのが、領主の仕事と思いやがれです」

「確かにその通りだ。よし、見に行くか!」


 ルディの話にレインズは納得すると席を立ち、ハクとルイジアナを誘って視察に出かけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る