第112話 マナの問題

「さて、まずは礼を言わせてくれ」


 ミリーの話が終わると、タイラーがレインズに向かって頭を下げた。


「いきなりどうした?」


 レインズが驚くと、タイラーが頭をあげて理由を説明した。


「お前から貰った金で、今年の冬は誰も死なずに越せそうだ」

「そうか、それは良かった」

「ここら辺の集落は森の入口の村から薪を購入してたんだが、奈落の魔女に村が滅ぼされて、薪を領都からでしか買う事が出来ずに値上がりしてたんだ」


 草原ばかり広がるタイラーの村や周辺の村々は、薪となる木が生えておらず、森の入口の村が伐採した木を、僅かに取れて余った食料と交換して生活していた。

 だけど、その村が滅んだため、タイラーたちの生活にも影響が及んでいた。


「お前に渡した金は別仕事のためだけに使えとは一言も言ってない。成功報酬の前払いみたいな物だから気にするな」

「かたじけない」


 レインズの話にタイラーがもう一度頭を下げると、ルディが話に割り込んできた。


「タイラーさん、ちょいと待ちやがれです」

「ん、何だ?」

「ししょーは村滅ぼしてねえですよ」

「ああ、そう言えばルディは奈落の魔女の弟子だったな」

「そうです。間違った噂広まってやがるから訂正です」


 ルディはそう言うと、薬の効果は多少の怪我と病気が治る程度と嘘を吐いて、ナオミとアルフレッドの確執について語った。


「なるほどな。そう言えば、あの事件の前に兵士が来て、薬がどうのこうの言ってたが…そうか、そういう事情があったのか」

「そのとーりです。あの村は領主のガキが滅ぼして、ししょーは売られた喧嘩を買っただけです」

「ひでえ話だ」


 ルディの話を聞いたタイラーが顔をしかめる。

 彼は村を滅ぼしたのが領主と知って怒りを覚えるのと同時に、奈落の魔女の恐ろしさに冷や汗を掻いていた。




 ルディの話が終わると、今後の予定についてタイラーが話し始めた。


「明日、村の数人が領都に行ってナッシュたちに会いに行く。だが、お互いに会った事がないから信用されるとは思えねえ」

「……確かにそうだな。本当は俺が自ら出向くべきなんだが」

「馬鹿を言え、お前が捕まったら全てが終わりだ」


 タイラーが言い返すと、ハクとルイジアナも同意だと頷く。


「そこで、アイツらの信用を得るために手紙を書いて欲しい。本当は俺が書けば良いんだけど、俺は文字を読むのは何とかなるが、書くのは苦手だから、文字で説明なんて俺には出来ねえ」


 ちなみに、ハルビニア国での識字率は20%ほど。平民の大半は文字の読み書きが出来ないが、タイラーと彼の友達はレインズと遊んだ時に、文字を使った遊びがあり、それで文字を読む事が出来た。


「手紙か…確かにその方が確実だけど、筆記用具がない」


 レインズの言う通り、この星では紙といったら、羊皮紙か魔物ゴブリンの皮で作った魔皮紙が主流で、ペンも羽ペンが主流でインク瓶が必要だった。それらの用具は旅で持ち運ぶのに不便なため、レインズは筆記用具を持って来なかった。


「そいつはしまった。貴族は何時でも紙とペンを持ってると勘違いしてたわ!」


 そう言ってタイラーが天を仰ぎ、額をぺしゃんと叩く。


「普通に旅をしてれば持ち運びするが、今回は内密だからな」


 レインズとタイラーがどうするか唸っていると、ルディが手をあげた。


「ししょーに頼んで紙とペン、持ってきてやるです」


 もちろん持ってくるのは、ハルが操作するドローン。


「なっ! もしかして、奈落の魔女が村に来るのか⁉」


 ルディの話にタイラーが驚く。彼の中では奈落の魔女は災害と等しく、近づくだけでも恐怖の対象だった。


「ししょーは来ねーですよ。魔法でぴょーんと運ぶです」

「そ、そうか……」


 魔法について無知なタイラーは魔法について驚かず、ナオミが来ない事に安堵していた。




 それからもこまごまとした話をした後、タイラーは自分の家に帰った。

 ルディが指時計を見れば、時刻は6時半を過ぎたぐらいで、外を見れば夕日が家の入口から部屋の中へ差し込んでいた。


「ふむ、今晩は何を作ろうです」


 レインズたちの飯番に定着したルディが、今晩の献立を考える。


「毎回大変だろ。簡単なのでいいぞ」

「それは、僕が許せねえ、許せねえです」


 悩んでいるルディにレインズが話し掛けると、ルディが睨み返す。

 その様子にレインズが肩を竦めて、ハクとルイジアナが苦笑していた。


「だったらルー君。1つお願いがあります」

「なーに?」


 ルイジアナから話し掛けられてルディが首を傾げる。


「ルー君の料理は美味しいんだけど、どうも私に合ってないと言うか、マナが回復しないんです。何かマナが回復するような料理を奈落様から聞いていませんか?」


 そのお願いを聞いてルディが「あっ」と口を開けた。


(そういえば、宇宙から持ち込んだ物は、マナを含んで無いから回復しないんだった)


 ナオミは莫大なマナを持っているのでそれほど影響なかったが、常人のマナ保持量だとマナの枯渇問題が発生した。

 一応、ルイジアナのマナ保持量はエルフの種族特性により一般人よりも高い。それでも少しずつ減少しており、魔法使いの彼女は密かに悩んでいた。


「んーなるほどです。それの原因は把握してろですから、何とかしてやるです」

「そうなんですか? ありがとうございます」


 ルイジアナが頭を下げる。だけど、そもそもマナについて忘れていたルディが悪い。

 ルディは心の中で彼女に謝ると、荷物から小麦粉を持ち出してタイラーの家へ向かった。

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