第111話 ミリー
「ただいまです」
水の入ったたらいを持ってルディが家に戻ると、掃除をしていたルイジアナが出迎えた。
「ルー君、ごくろうさま……あら? 後ろの女の子は誰?」
ルイジアナが言う通り、ルディの後ろには先ほど食べ物を与えた女の子が付いて来ており、人差し指を咥えながら初めて見るエルフのルイジアナの耳をジッーと観察していた。
「知らねーです。食い物恵んでやったら、後を付いてきやがったです」
ルディの返答を聞いて、ルイジアナが顔をしかめた。
「ルー君、貧しい子に食べ物を与えるのは駄目よ」
「何でですか? 腹を空かせて可哀そうです」
宇宙で生活していたルディは難民についての知識が乏しく、1人の物乞いに施しをすると後を絶たないという常識を知らなかった。
「それはただの自己満足よ。この村にはお腹を空かせた子供だけじゃなくて、大人もお腹を空かせているの。その人たちを全員お腹いっぱい食べさせて満足させられるの?」
「それはレインズさんの仕事です。僕、関係ねーです」
ルディが言い返すと、話が聞こえたレインズの心臓にぐさっと突き刺さった。
「それを言われると痛い」
「ふぉふぉふぉ。責任重大ですのう」
胸を抑えるレインズの様子にハクが笑っていた。
ルイジアナから叱られたルディが、女の子と向き合う。
「ただ飯は駄目らしいから、お前も働けです」
ルイジアナはそうじゃないと言いたかったが、彼女もみすぼらしい女の子の姿に同情して黙ることにした。
「なにするの?」
「このこっ汚ねえ家の掃除です。その前にお前の名前、何言うですか?」
「ミリー」
「じゃあ、ミリーは雑巾がけして、テーブル綺麗にしやがれです」
「わかったー」
ルディに雑巾替わりの布切れを渡されたミリーが、椅子によじ登ってテーブルを拭く。だけど、今度は彼女の汚れた足で乗っかった椅子が汚れた。
その椅子を見てルディが肩を竦める。だけど、一生懸命働くミリーを叱らず、たらいの水を水瓶に入れて、また水を汲みに出かけた。
一時間ぐらい掃除をして家の汚れだけを落とす。
まだ壁と屋根に穴が空いているが、直す道具も材料もないから諦めた。
「ミリーはさっき食ったから、これでも舐めてろです」
全員がテーブルに座って落ち着き、ルディがみんなにコーヒーを渡した後、いちごみるくの飴玉を、ミリーの口の中に放り込んだ。
「あまーい」
飴玉を食べたミリーが頬を抑えて幸せそうな表情を浮かべると、ルイジアナが挙手。
「ルー君、私にも頂戴」
「お口あーんです」
「あーん」
ノリと勢いで恥ずかしさを捨てたルイジアナの口に、ルディが飴玉を放り込む。
「あまーい」
ルイジアナもミリーと同じく、飴の甘さに顔を綻ばせた。
「レインズさんとハク爺も食べるですか?」
ルディが飴玉を見せて尋ねると、2人が同時に頭を横に振った。
「……貰うけど、さすがに今のは無理だ」
「うむ。こっ恥ずかしさで死ぬ」
ルディもおっさんと爺の口に飴玉を放り込む罰ゲームをやりたくなかったので、飴玉を2人の前に置くだけにした。
「ところでお前、ちゃっかり居ついてやがるけど、帰らなくていいのですか?」
ルディが話し掛けるとミリーがぐずりだした。
「ミリーのぱぱとまま、ずっとかえってこないの」
その返答に全員がお互いの顔を見合わせていると、タイラーが家に入ってきた。
「待たせたな。ってミリー、こんなところに居たのか」
家に入ってきたタイラーがミリーを見つけて、驚いた表情を浮かべた。
「何だタイラー、お前の子供か?」
レインズの質問にタイラーが頭を横に振って、空いている椅子に座った。
「いや違う。ミリー、家に帰れ。マリナが心配していたぞ」
「……わかった。ルーくん、ばいばい」
ミリーは目を擦って涙を拭くと、ルディに向かって手を振った。
「ばいばーい」
ルディは家に帰るミリーに手を振り返し、そう言えば一度も名前を教えなかった事に気付いた。
ミリーが帰った後、タイラーが彼女について話し始めた。
「ミリーは捨て子だ。二カ月前に奈落の魔女に滅ぼされた村があっただろう」
「ああ」
実際は違うのだが、訂正するよりも話の続きを優先する。
「事件があったその日、たまたま村から離れていた家族が居てな。帰る途中で村の異常に気付いて、この村に逃げて来たんだ。そして、アイツの両親はミリーを捨ててどこかに消えた」
「子供を捨ててか?」
顔をしかめるレインズに、タイラーがため息を吐いた。
「幼い子供が居たら遠くに逃げられないと思ったんだろう」
「…………」
「それで、今は誰が面倒見てろですか?」
何も言えなくなったレインズの代わりにルディが質問すると、タイラーが自分を指さした。
「俺だよ。マリナは俺と一緒になる前に前の旦那との間に子供が居たけど、すぐに死んだから、代わりに面倒を見てる」
ちなみに、マリナはタイラーが身代わりになった男の妻で、今はタイラーのお嫁さん。
「お前、昔から面倒見が良かったけど、変わってないな」
「笑いたきゃ笑え」
レインズのツッコミにタイラーが困った様子で顎髭を撫でると、その様子が可笑しくて全員が笑いを堪えていた。
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