第110話 飢えた村

 タイラーは草原で待機していた仲間を呼んで、レインズを紹介した。

 タイラーの仲間たちは、レインズが領主の弟という事で最初のうちは睨んでいたが、話を最後まで聞いて今の暮らしが良くなるならばと、しぶしぶながら納得した。


 その様子を離れた場所で見ていたルディは、村では新参者のタイラーが何で村の中心人物になっているんだろうと、斥候に理由を尋ねてみた。


「おっさん、おっさん」

「お前から見たらおっさんかも知れねえけど、傷付くからおっさん言うな」


 ルディは斥候の返答に、この人はツッコまずにはいられない性格なんだと理解する。


「でも僕、おっさんの名前、知らねえです」

「俺はウィートだ。それで何の用だ?」


 ちなみに、ウィートは32歳。現在独身、結婚を前提とした彼女募集中。


「何でタイラーさん、偉そうですか?」

「偉そう? もしかして、新参者のタイラーがリーダーなのが不思議なのか?」

「ウィートのおっさん、凄げえです。よく分かったです!」


 自分でも今のでよく通じたなと感心する。


「俺も今のが正解で驚いたよ。それと、名前の後におっさん付けるな。それでタイラーがリーダーなのは、腕っぷしが良いのと面倒見が良いからだよ。村に来て早々、相続税が払えねえ寡婦を救っただけじゃねえ。自分は新参者だからって、村の雑用を自ら買って出るし、襲撃してきた魔獣やゴブリンも率先して退治していたら、いつの間にかリーダーになってたのさ」

「行動力がスンゲーですね」

「確かに尊敬はするぜ。俺はなりたいは思わないけどな」


 ルディは一言多いウィートに半分呆れるが、自分もタイラーの性格は少しだけ面倒だなぁと思っており、何も言い返さなかった。




 タイラーの案内でルディたちは草原を歩いて村へと向かった。

 草原はルディの腰ぐらいまで草が生えており、非常に歩き辛く、ルディはウィートが歩いた後ろを付いて行って楽をする。

 その事にウィートは気付いていたが、子供だから仕方がないと黙認していた。

 ちなみに、荷車は草原の中に入れず、荷物を背負って置いてきた。


 1時間ほど歩いて、タイラーたちの村に到着する。

 村に入って様子を見れば村は寂れており、ざっと見た感じだと80人ぐらいが暮らしているが、村人は栄養不足なのかやせ細っていた。

 村人たちはタイラーが帰ってきて歓迎するが、ルディたちを見るや慌てて家の中へと隠れた。


「活気がないですね」

「それだけ税金がキツイんじゃろう」


 ルイジアナの呟きに、ハクがため息をこぼす。

 ルディはニーナを救出した時に別の村へ入ったが、あの時は切羽詰まっていたから村の様子に意識を向けなかった。だけど、何となくこの村と同じ雰囲気だったかもと思い出していた。


「歓迎したいのは山々なんだが、自分たちの飯もない有様だ。寝床は用意してやるが飯は出せん」


 そうタイラーが言うと、レインズは迷惑を掛けると謝った。


「寝床を用意してくれるだけでも十分だ」

「あの空き家を使ってくれ。今は誰も住んでない」


 タイラーが指をさす方を見れば、村から少し外れた場所にオンボロの木造の家が建っていた。


「じゃあ、俺は村の皆に説明してくる。夜になったらそっちに行く」

「分かった」


 ルディたちはタイラーと別れて木造の家に向かった。




 家は平地住居で土間の床だった。

 しばらく誰も住んでいなかったのか埃まみれで、天井を見れば蜘蛛が巣を張っていた。

 台所には薪のないかまどと水瓶が、居間にはガタガタのキッチンテーブルが置いてあった。

 家の奥には板だけの簡単な敷居があって、その奥にはマットレスのないベッドが4台並んでいた。


「埃まみれです」

「屋根があるだけましじゃい」


 家に入ったルディが家の感想を言うと、それを聞いたハクが肩を竦める。


「とりあえず、掃除かな」

「そうですね。このままだとルー君のテントの方がましです」


 レインズの提案にルイジアナが同意する。

 4人は荷物を入口に置くと、家の掃除を始めた。




 ルディはルイジアナに頼まれて、水を汲みに村の中央にある井戸に向かった。

 井戸は水汲みポンプどころか、つるべ落としもなく、すぐ近くに縄の付いた水桶が置いてあるだけの簡素な井戸だった。

 井戸を初めて見たルディは、どうやらこれで水を汲むのだと理解する。


「そーい」


 桶を井戸に落として水を汲むと、桶には水が少ししか入っておらず、効率が悪いなと思った。

 たらいに水が満たすまで井戸から水を汲んでいると、外から来た旅人が珍しかったのか、いつの間にか村の子供が近くに居て、ルディをじーっと見ていた。

 子供はまだ3歳ぐらい。汚いワンピースを着て髪が伸びているから、おそらく女の子。髪はぼさぼさで顔も泥で汚れ、足を見れば靴など履いておらず裸足だった。

 その姿を見たルディの第一印象は、「一郎より汚ねえ」だった。


「…………」

「……何ですか?」

「おにーちゃんだれ?」


 ルディが話し掛けると、女の子は首を傾げて質問してきた。


「最近は自分でもよく分からんです。一応、登録しているのは運送屋です」


 魔法使いの弟子? 冒険者の弟子? 薬の開発者? この星に来てから色々やっていて自分の職業が何か分からない。とりあえず宇宙に居た頃の職業を名乗った。


「うんそうや?」

「荷物運びのお仕事です」

「ふーん」


 女の子はルディの職業にたいして興味がなかったのか、それっきり反応せず、だけど立ち去ろうともしないで、ルディの様子を眺めていた。


 ルディが何かリアクションしろと思いながら、水を入れたたらいを持ち上げようとすると、女の子から腹の虫が鳴った。


「…………」

「……腹減ってろですか?」

「……うん」


 ルディの質問に女の子が小声で答えた。


「仕方がねえです。みんなには内緒にしやがれです」


 ルディはたらいを地面に置いて、ポケットから後で食べようとしていた、レーズン入りヨーグルト味のスティックバーを取り出すと、包みを取り出して女の子に渡した。


 スティックバーを受け取った女の子は、匂いを嗅いで食べ物だと分かるとパクッと齧りつく。そして、もぐもぐ食べると、幸せそうな表情を浮かべた。


「あまくておいちー」

「良かったですね」


 ルディは女の子の嬉しそうな顔を見て、この村の飢えを何とかしたいと思った。

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