第109話 優しい税率

 レインズが王の命令で、自分の兄であるガーバレス子爵の脱税を内密に調査して不正が見つかれば、自分が叙爵される事をタイラーに話す。

 さらに、奈落の魔女に協力してもらって、彼女の弟子のルディが一緒に付いてきたと説明した。


「お前、奈落の魔女の弟子だったのか?」


 レインズの話に斥候がルディに確認してきた。


「あれ? 言ってねえかったですか?」

「ひとっ言も聞いてねえよ!」

「それは失礼しやがれです」

「まるで俺が失礼した言い方だな。だけど、これで納得したぜ」


 斥候は常人ではありえないルディの観察眼を、奈落の魔女から教わった魔法だと勘違いして納得した。


「えーっと、レインズ様? もしかして、そう言った方が良いのか?」


 タイラーが質問すると、レインズが露骨に顔をしかめた。


「やめてくれ。お前から様とか言われたら、ゲロを吐く」

「おい、そこまで言うか? まあ分かった。だけど、お前がそんなに出世するとはなぁ。死んだおふくろに聞かせたいぜ」


 タイラーがもじゃもじゃの髭を触りながらボソッと呟いた。


「おばさんには世話になったからな。俺もあの人が死ぬ前に一目だけでも会いたかったよ」


 母親を早くに失くしたレインズは、いつも笑顔で迎えてくれたタイラーの母親に自分の母親の影を見ていた。


「ああ、おふくろも遠くに行っちまったお前の事を気にしてたよ」


 タイラーが目を瞑って、死んだ母親を思い出していた。




「タイラー、頼みがある。俺に協力してくれ」


 突然、レインズがタイラーに向かって頭を下げると、その行動に全員が驚く。

 いくら子供の頃の友人とはいえ、ただの平民に貴族が頭を下げるのは、封建制の世界ではありえない行動だった。

 実際にハクは苦虫を嚙み潰した表情を浮かべ、ルイジアナは信じられないと大きく目を開く。

 タイラーの仲間たちはレインズを不気味な存在だと思い、頭を下げられたタイラーは驚きすぎて、口をポカーンと開けていた。


「待て、待て、待ってくれ。貴族が平民に頭を下げるんじゃねえ!」


 正気に戻ったタイラーが慌ててレインズを止めるが、それでも彼は頭を下げたまま、自分の思いを語りだした。


「本当だったら、俺は親父と一緒に何としてでも兄の性格を治すべきだった。だけど、俺は兄の暴力に怯え、親父の言う事に甘んじて、この土地から逃げた」

「…………」

「今、そのせいで多くの領民が苦しんでいる。俺は兄を止めたい。そして、兄のせいで苦しんでいる領民を何としても救いたい。だから、力を貸してくれ!」


 貴族のレインズが頭を下げる姿に誰もが尊敬の念を抱き、静かな空気が流れる。

 レインズが話し終えても誰も口を開かない。風が草原を走り草を靡かせる音だけがしていた。




「……ひとつ聞きたい」


 しばらくしてタイラーが口を開いた。


「何だ?」

「お前が領主になれば、今の生活が楽になるんだな」

「もちろんだ。人頭税は国の決まりで払う必要があるが、所得税は2割まで下げる」


 ちなみに、ハルビニア国の国税は人頭税で、領土の地方税は所得税から取っている。


「相続税は?」

「そんなものは取らん!」


 レインズが返答すると、ルディが2人に割り込んできた。


「レインズさん。酒税は? 贈与税は? 消費税は? 固定資産税は? 重量税は? 強制的に奪い取る年金は? 医療保険は収入の何割ですか?」

「……ルディ君?」

「どうなんですか⁉」


 ぐいぐい迫るルディに、レインズの顔が引き攣る。


「……そんな税金は最初から無いぞ。と言うか、そんなに税金を取る酷い国があるのか?」

「よー知らんけど、人権は金掛かるです」


 ルディはレインズの質問に答えると、今度はタイラーの方へぐるっと振り向いた。


「タイラーさん、レインズさんに協力しやがれです。人頭税がいくらか分からんですが、レインズさんの言いやがる税率は良心的です!」

「お、おう?」


 最初からタイラーはレインズに協力しようと考えていたが、何故か彼よりもルディが乗り気で、返答するタイミングをぶち壊された彼は困惑していた。




「あーその、あれだ。協力するよ」


 改めてタイラーが答えると、レインズが破顔した。


「そうか、助かる」


 そう言うと、強引にタイラーと握手を交わした。


「だけど、協力すると言っても、何をすればいいんだ?」

「お前、2年前まで領都に居たんだよな」

「今は指名手配されているけどな」


 そう言ってタイラーが肩を竦める。


「だったら、ビット、マイケル、ナッシュ、フレオ、後は勝気だった女、たしかキッカか? そいつらとは連絡を取れるか?」


 レインズが子供の頃一緒に遊んだ友達の名前を思い出して口にする。


「ビットは死んじまったけど、後はみんな領都に居るぜ」

「ビットは死んじまったか。アイツ元々体力なかったからな」

「まあな」

「今、欲しいのは領都の情報だ。俺とハクはここでは顔が知られている。それにルイジアナはエルフで目立つし、ルディ君も一目見れば忘れない顔だ。だから、俺たちは領都に入れない。彼らと連絡を取って、兵士の配置や、館の警備の情報を知りたい」

「なるほど、アイツらなら協力してくれるだろうな。分かった、俺は領都に行けないが、村の誰かを送って連絡を取ってみよう」

「ああ、助かる」


 レインズが礼を言うと、ルディが彼の袖を引っ張った。


「レインズさん、レインズさん。お金払わねえと駄目ですよ」

「お金?」

「そうです。昔の馴染みだからとタダで働かすのは、危険なのです」

「何が危険なんだ? スマンが言っている事が分からない」


 近衛騎士として生きていたレインズは、裏社会の事など知らず、友人だから裏切らないと思っていた。

 ちなみに、ルディも裏社会と直に接した事などなく、ドラマやアニメで知っているだけ。


「情報は得ると同時に、こちらの情報がバレるのです。情報戦に勝つには、相手よりこちらの方が得だと情報屋を懐柔する必要ありやがるのです」

「……なるほど。だから金か」


 ルディの話にレインズだけでなく、この場の全員が彼の話に納得した。


「そのとーりです。だから、レインズさんの支度金でタイラーさんは金を払って情報を買ってきやがれです」


 レインズはルディの話に納得すると、用意していた金の入った袋に、金貨を足した。


「だそうだ。今の話は俺も納得したが、お前はどうだ?」

「アイツらなら裏切らねえと思うが、金を渡せば確実だ。それに、アイツらも今は税金で大変だからな」


 タイラーはレインズから金を受け取ると、それを大事に懐にしまった。


「とりあえず、うちの村に来いよ。何もないけど歓迎するぜ」


 こうしてルディたちはタイラーという仲間を得て、彼の村へと向かうことになった。

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