第108話 タイラーの過去

 再会を喜んでいたレインズとタイラーは落ち着くと、全員を木陰の下に誘って腰を落とした。

 ルディはどうやら話が長くなりそうだと、荷車から七輪とやかんを取り出して、水を沸かし始めた。


「ルイちゃん、火を寄越せです」

「良いよ~」


 ライターでも火を起こせるが、初めて会うタイラーたちにライターを見せるのが嫌だったので、ルディはルイジアナに頼み魔法で炭に火をつけさせた。

 ちなみに、七輪もこの世界ではオーバーテクノロジーだけど、その事はルディの頭からすっぽり抜けていた。


「便利そうな道具だな」


 焚火と違って、やかんを乗せてお湯を沸かせる七輪に、タイラーが興味を持った。


「あげねえですよ」

「いや、別に奪うつもりはない」

「……盗賊が言うと、説得力が全くないです」

「確かにそうだ」


 ルディの言い返しに、タイラーが苦笑いを浮かべた。




 お湯が沸くまでの間、レインズとタイラーが昔話を全員に聞かせた。


 レインズは子供の頃、暴虐な兄に反発していたせいで、よく殴られていたから、家に居るよりもよく外で遊んでいた。

 本当ならば、貴族の息子として生まれると貴族としての教育を受けるのだが、レインズは兄と違って物覚えが良くあっという間に学び、次男で家を継がない事もあってか、わりと自由だったらしい。

 そして、下町育ちのガキ大将だったタイラーと出会うと、すぐに友達になり、幼少期をタイラーと一緒に遊んだ。


「お前には悪いが、お前の兄貴は最低だな!」

「酷いだろ。アレと血が繋がっているのが、俺の最大の汚点だ!」

「同情するぜ!」


 昔話に花を咲かせて冗談を言い合っていたが、ひとしきり笑った後、タイラーがため息を吐いて頭を横に振った。


「あの頃はまだ良かったよ。だけど、お前の兄貴が領主になってから税金が跳ね上がって、どこも苦しんでる」

「……ああ、分かってる」

「俺も領都で住んでたけど、2年前におふくろが死んだ」

「ライラおばさんが死んだのか……」


 ちなみに、タイラーの父親は、彼が6歳の時に事故で死んでいる。


「ああ、結構な歳だったからな。本当は楽させたかったんだけど、俺だけの稼ぎだと食っていけず、おふくろも無理して働いていたんだ。だけど、冬に風邪をこじらせて死んじまったよ」

「…………」

「だけど、それだけじゃねえ。葬式が終わって俺が落ち込んでいたら、役人が家に来たんだ。それで、そいつが俺になんて言ったと思う?」

「……何を言ったんだ?」

「相続税を払えだとよ」


 タイラーの話に、ルディが露骨に顔をしかめた。


「……ひでえです」

「全くだ。人頭税に加えて、稼いだ金の6割を税金で取られているのに、親が死んだから遺産を寄越せとかふざけた話だぜ。全部お前らが奪ったんだから、遺産なんてあるわけねえだろ。それでついカッとなっちまって、そいつをぶん殴って、おふくろの田舎に逃げたんだ」

「それからどうなったですか?」


 重税に同情したルディが話を振ると、タイラーは何でこんなに同情されているんだと思いつつ続きを話した。


「俺が村に来た時、丁度俺と年齢の近い男が死んだんだ。俺はその男と遠い親戚で葬式に参加したんだけど、相続税をどうするかってことで、死んだ男の嫁さんが払えないって泣きだしてさ、村の全員で相談した結果、俺が男に成りすまして死んだことを隠した」


「相続税払えねえ、どうなりやがるですか?」

「奴隷として売られる」

「ぐぬぬ、許せねえです!」


 ルディの質問にタイラーが答えると、それを聞いたルディが怒りを面に出した。


「お、おう……それで俺も成り行きで嫁さんを貰って、ギリギリの生活をしてたんだけど、2カ月ぐらい前に奈落の魔女の被害による税金の追加を村全体で払えって言われたんだ。当然、村にはそんな金はねえ。残された道は、村の全員が奴隷に落ちるか、飢えて死ぬか。それで仕方なく街道を通る金持そうな旅人を捕まえて、通行税をもらっているってわけさ」




 タイラーの苦労話が終わると、空気が重くなっていた。

 レインズたちは、予想以上に酷い状況に頭を抱え、タイラーの仲間は顔を伏せて、未来のない今の生活に絶望していた。

 そんな暗い空気の中、ルディはお湯が沸いたので、コーヒーを作ってタイラーに渡した。


「タイラーさん大変だったんですねぇ……これでも飲んで元気だしやがれです」

「お、おう、ありがとよ。良い匂いのする飲み物だな」

「あ、待て、そいつは飲んだら……」

「苦がっ!」


 レインズが止めようとするが僅かに間に合わず、タイラーが口からコーヒーを吹いた。




「重い空気、和まそうしただけです」


 レインズに叱られてルディが言い訳をする。


「ルディ君。空気を読むのは間違っていない。だけど、持っていく方向性が冗談になるのは良くないぞ」


 レインズの説教にルディが頷いた。


「確かにその通りです。だったら、タイラーさん。これ、僅かですが受け取りやがれです」


 結局、税金を払う金が無いのが問題なんだと、ルディは自分には必要ないガンダルギア金貨を袋から取り出した。

 その金貨を見た全員が驚き、レインズが慌ててルディの腕を抑える。


「ルディ君、何故君がガンダルギア金貨を持っているかは問わない。だけど、その金貨は駄目だ! ただの農民がそいつを持っていたら、出何処を怪しまれて捕まるぞ」

「ええー、残念です」


 またしてもレインズに叱られて、ルディは残念そうに金貨をしまった。


「なあ、レインズ。この子供は一体なんだ?」

「それを話す前に、少し待ってくれ」


 レインズはハクを呼ぶと、皆から少し離れた所で話し始めた。




「ハク、タイラーを仲間に加えたい」


 レインズの相談にハクがあご髭を弄って考える。


「ふむ……仲間に加えてどうするんじゃ?」

「今の話を聞く限り、アイツは2年前まで領都に住んでいた。だったら、彼の仲間たちから領都の情報が手に入ると思う」

「問題は信用出来るかどうかだが……」

「それは俺が保証する。もしアイツが裏切って俺の事を兄に話したら、その時は俺が馬鹿だったと諦めるさ」


 そう言ってレインズがニヤリと笑うと、ハクが呆れた様子で肩を竦めた。


「……うむ、分かった。レインズ様の思った通りやりなされ」

「ああ、そうするよ」


 レインズはタイラーの元に戻って、改めて彼に向き合う。


「待たせたな。今度はこっちの話をしよう」


 そう言うと、レインズは自分たちの事を話し始めた。

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