第100話 ぺっしゃんこ
レインズは戦闘が終わっても、未だにムカデに勝てたのが信じられずに、先ほどの戦いを思い出していた。
見張りを交代して眠っていたら突然起こされて、目の間に巨大なムカデが現れた。
この森は斑やドラゴン、他にも多種多様な魔獣がひしめき、子供の頃から決して森に近づくなと、口を酸っぱく言われて育った。
だからある程度は覚悟していたが、まさか森の外まであと1日の距離で、こんな大きい魔物が現れるとは思ってもいなかった。
そして、少し戦って分かったが、今の俺たちでは、この魔物を倒せるだけの戦力が足りない。俺の見立てでは、最低でも20人の兵士が必要だろう。しかも、俺が近衛騎士だった頃に鍛えた精鋭の部下を基準に考えてだ。普通の兵士なら、その倍は必要だと思う。
だから、ルイジアナに負担を掛けるが、防御の魔法を頼んだのは間違っていないはずだった。
だけど、状況が一変する。
オークとの戦闘で、ルディ君が普通の少年でないことは気付いていた。
魔法よりも離れた場所から敵を見つける検知力、相手が見えない距離から精度の高い射撃力、そして、森を迷わず歩き食料を手に入れる斥候力。どれもが常人とは思えない才能に舌を巻く。
その少年が本気を出した。
突然、ルディ君がムカデの頭に現れたと思ったら高速で剣を振るいとどめを刺す。本当にあっという間の出来事だった。
俺もハクも信じられず、ただ成り行きを見守る事しか出来なかったが、ムカデが暴れ始めて正気に戻り、慌ててルディ君を呼び寄せる。そして、ルイジアナの作った壁の中でムカデが息絶えるの待ちながら、ルディ君について考えていた。
奈落の魔女は、ルディ君が黒剣のカールの弟子だと言っていた。
黒剣のカールの名前は俺でも知っている。若いうちから冒険者として名を馳せて、今では現役の剣士では5本の指に入るとまで言われている剣豪。
だけど、黒剣のカールの剣術は、魔法で筋力を強化して戦うパワーファイターだと聞いている。先ほどのルディ君とは真逆の戦い方だ。
いや、あれは剣術とは関係ない。だとしたら、ルディ君は黒剣のカールから剣術ではなく、筋力強化の魔法を習って、スピード重視の戦い方を教わったのか?
いや、いや、それならハクの力でも切れなかった、ムカデの甲羅を切った威力が分からない。
いや、いや、いや、それ以前に奈落の魔女は、今のルディは魔法を封印していると言っていたよな?
……だめだ、俺では理解できない。ルディ君は謎が多すぎる!
ルディがムカデの死体の下から、自分のリュックサックを引っ張って中身を確認する。
「ぺっちゃんこです」
着替えと食料は無事だったけど、鍋などの固い物は全て潰れて、使い物にならなかった。
「ルー君、荷物を回収したら移動するみたいよ」
ルイジアナが作った明かりの魔法の中、ルディが荷物をぽいぽい捨てていると、レインズから行動予定を聞いたルイジアナが話し掛けてきた。
「そーなんですか?」
「ええ、ここに居たら血の匂いで新たな敵が来るかもしれないから、少し離れた場所へ移動するの」
「夜だから危険ですよ」
「そうだけど、ここに居続けるよりかはましという事で、少し離れた場所に移動するみたい。問題は、夜の森でもルー君が道案内出来るかなんだけど……」
ルイジアナが不安げな表情でルディに質問する。
「それは問題ねーです。夜でもばっちこいです」
「良かった。じゃあ、あと10分したら移動だからよろしくね」
ルイジアナはそう言うと、自分の荷物を回収するために離れていった。
ルディたちは荷物を回収した後、明かりの魔法を頼りに夜の森を移動していた。
ちなみに、ルディは左目のインプラントをナイトビジョンに切り替えているため、暗い所もすいすい移動できるのだが、夜目が利かないレインズたちに合わせていた。
無事に襲われることなく1時間ぐらい歩き、水場はないけど岩陰で身を潜められる場所を見つけると、そこで休憩を入れる事にした。
「ルディ君、出発を少し遅くするから、ゆっくり寝てくれ」
「分かったです。レインズさんもとっとと寝やがれです」
ルディの返答が可笑しくてレインズが苦笑いをする。
「もちろんだ」
今は夏の季節だから、後1時間もしない内に朝を迎えるが、2人はムカデの襲撃があったせいでまだ寝足りず、ルディはごろんと横になると、しばらくして小さい寝息を立てて眠った。
「俺も眠る。3時間後に起こしてくれ」
「分かりました」
レインズの命令にハクとルイジアナが頷き、彼も横になって眠りに就いた。
ルディとレインズが3時間ほど眠って、ルイジアナに起こされる。
ルディが指時計で時間を確認すると、朝の8時を向かえていた。
ルディはお湯を沸かして目覚めのコーヒーを飲みたかったが、やかんはムカデに潰されて捨ててきたのでお湯が沸かせず諦める。
そして、朝食はぺっちゃんこになってボロボロの、レーズン入りヨーグルト味のスティックバーで済ませた。
ちなみに、ルディの持っていた水は、象が踏んでも潰れない水筒に入れていたから無事だったけど、レインズたちは皮の水袋に入れていたので、全員ムカデに水袋を潰されて飲み物がなく、ルディの水を全員で飲み分けた。
やかんがないとコーヒーが飲めない。
コーヒー中毒のルディは、緊急事態だとハルに連絡を入れることにした。
『ハル、頼みがある』
『何でしょう?』
『ドローンを使って、水と調理器具を持って来てくれ』
『壊れた調理器具が直っていたら、怪しまれるのでは?』
ハルの指摘に、ルディが顔をしかめた。
『……ぐぬぬ。言われて見ればその通りだな。だけど、俺の水筒だけだと水の確保が難しいと思う』
『では、ドローンが発見されないように、夜になったら運びます』
『分かった。そうしてくれ』
ルディは1日の我慢だとコーヒーを諦めて、ハルとの通信を切った。
※ 祝100話目
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