第99話 でっかいムカデ

 ルディが指時計で時刻を確認すると夜の12時だったので、寝ているハクとルイジアナを起した。

 まだ眠そうな2人にコーヒーをサービスした後、ルディが横になって眠る。


 眠ると言っても、テントどころかかさ張るという理由で、下に敷く毛布すらなく、皆と同じく地べたで横になった。

 今は夏だからまだ大丈夫だけど、冬だったら凍死するんじゃないかと思う。

 だけど、寝ようとすると蚊が飛んできてなかなか眠れず、この季節でも死なないだけで、野宿はどの季節でもキツイと知った。




 何とか眠りに就いて3時間もしない内に、ハルから緊急の連絡が入る。


『マスター。大型の生物が近づいています』

『眠い……』


 本当は無視して眠りたかったが、そうもいかず仕方なく返答する。


『どんなヤツ?』

『全長30m近い巨大なムカデです』

『デケエな。何を喰ったらそんなに大きくなるんだ?』

『小型から中型の生物と思われます。当然その中に人間も含まれているでしょう』

『……仕方ないな』


 ルディは心の中でため息を吐くと、上半身を起こして目を擦った。


「ルディ殿、まだ起きるのは早いぞ」

「ルー君、どうしたの?」


 どうやら2人はムカデが近づいているのに、まだ気付いていないらしい。

 ルディは2人が話し掛けてくるのを無視して、左目のインプラントをサーモグラフに切り替えて周囲を見回す。すると、ハルの言う通り300m先で大きく蠢くムカデを見つけた。

 しかもムカデは焚火に反応しており、まっすぐこちらに近づいていた。


「ハク爺、敵襲です。レインズさんをとっとと起しやがれです」

「なんじゃと⁉」


 ルディはそう言うと、おもむろに弓矢を掴んで構える。

 そして、ムカデの頭に狙いを定めて矢を放った。




 ルディの放った矢が頭を外れて胴体に突き刺さり、ムカデが暴れ回る。それで怖気付いて逃げて欲しかったが、ムカデは餌を諦めず、走る速度を上げてルディの方へと近づいてきた。


「巨大な蛇らしき生物が近づいています」


 ルディが攻撃している間に、ルイジアナは探索の魔法を唱えており、距離が150mまで近づくと、ムカデのマナを検知して報告した。


「蛇じゃなくてムカデです」

「こんな暗闇で何故、いや、それ以前に寝ていたのにどうして正体まで気付いた⁉」


 寝起きだが訓練で鍛えられたレインズは、眠気を一気に振り払ってブロードソードを抜き、ルディに尋ねる。


「僕のししょー、奈落の魔女ですよ」

「なるほど……」


 もちろんナオミは関係ない。またしても知らないところで、彼女の株が上がった。


 ルディが2発目を投射する。

 今度も頭を狙ったが、素早い動きに外れて、矢は木の幹に突き刺さった。


「むぅ…けっこう素早いです」


 矢を外したルディが顔をしかめる。


「行きは遭遇しなかったのに、帰りは敵が多いな!」


 レインズが自分を鼓舞して冗談を叫ぶが、それには理由がある。

 彼が行きに雇った案内人はそれなりに森を熟知しており、強い敵やオーク、ゴブリンの縄張りを避けて、彼らを案内していた。

 だけど、ルディは襲ってくる敵は全部ぶっ飛ばせばいいやと、まっすぐ森を進んでいたため、魔獣たちの縄張りをずかずかと入っていた。




 ムカデが暗闇から顔を出して、逃がさぬとばかりにルディたちの周りを回り始める。

 ムカデはハルの報告通り、全長は30mを超え、胴は横に広がる楕円形、太さは1m。背中部分は黒い甲羅で覆われて、腹の部分はオレンジ色。

 尻尾にはハサミの様な長い棘を持ち、胴体からは無数の足が生えていて1本1本が鋭かった。

 顔には鋭く長い牙が生えており、紫色の涎が滴り落ちていた。


「やっぱり盾を持って来るべきだったな」

「だから持っていけと言っただろうに」


 レインズが呟きにハクが顔をしかめる。


「盾を使う冒険者が少ないと聞いていたから、仕方がないだ…ろ!」


 レインズが言い返している途中で、ムカデが体を伸ばして噛んで来たのを素早く避ける。

 同時にハクが逆方向からバスタードソードを振り下ろした。

 しかし、ハクの攻撃はムカデの固い外殻に弾かれて、ダメージを与えることが出来ず顔をしかめた。


「コイツは固いぞ!」


 ハクがムカデから一旦離れると、詠唱を終わらせたルイジアナが魔法を放った。


「炎の弾よ!」


 ルイジアナが両手で杖を持って腰に構える。杖の先が赤く光ると無数の炎の球体が弾丸の様に発射されて、次々とムカデに命中した。

 この攻撃は効いたのかムカデが激しく暴れ回り、ルディたちは巻きこまれないように距離を取った結果、元々胴体で囲まれていた事から中央に集まった。


「完全に囲まれたな」

「背中側は固くて歯が立たん。下から狙うしか手段はないぞ」


 レインズにハクが応じる。彼の言っている事は間違いないが、ムカデも自分の弱点を知っており、体を低くして柔らかい部分を狙われないように身を守っていた。


「クソッ、仕方がない。ルイジアナ、防壁の魔法を頼む。それで相手が諦めるのを待つしかない」


 防壁の魔法とは、詠唱者を中心に硬度の高い土の壁を作る土系統の魔法で、物理的に身を守る手段としては最適だった。

 ただし、魔法の発動中は詠唱者のマナを消費し続けるため、ルイジアナのマナが切れる前にムカデが去らないと意味がなく、レインズの命令は賭けに近かった。


「分かりました」


 賭けだと分かっても今の状況では打開策がなく、ルイジアナは命令に従って魔法の詠唱を開始した。




 ムカデがルディたちの周りをぐるぐる回りながら、隙を見ては噛みつき、もしくは尻尾のハサミで攻撃を仕掛ける。

 その攻撃をレインズとハクが防ぎ、その間にルイジアナが魔法の詠唱を続けていた。

 そして、ルディはレインズたちに守られながら、こっそりと反撃のタイミングを伺っていた。


 レインズたちの剣はムカデの甲羅に弾かれたが、ルディの持っているショートソードは超硬度セラミック製で硬度はダイアモンドに匹敵する。ついでに、血糊が付いてもサッと拭き取るだけで奇麗になる特殊仕様だけど、これはどうでも良い話。


 ルディはこの剣ならば、いくらムカデの甲羅が固くても、刺さるだろうと考えていた。


 ムカデがルイジアナを狙って、口を開けて襲い掛かる。

 それをハクがバスタードソードではじき返すと同時に、ルディが電子頭脳を高速で回転させてゾーンに入った。

 世界がスローになる中、ルディが素早く飛んでムカデの胴体に乗ると、そのまま胴体を走り出した。

 そして、一気に走ってムカデの頭に跨ると、頭にショートソードを突きさした。


 ショートソードが半分以上ムカデに突き刺さる。さらにルディはショートソードを両手で掴んで力いっぱい横に払い、頭を半分以上切り裂いた。


 深手を負ったムカデが鎌首を上げて、ルディを払いのけようとする。

 しかし、ゾーンに入っているルディはムカデより速く、ムカデを蹴って空中に跳ぶと、とどめとばかりにもう一度ムカデの脳を狙って、空中でショートソードを深く突き刺した。


 ショートソードが脳まで到達して、ムカデの動きが一瞬止まる。

 その間にルディがショートソードを抜いて、同時に頭を蹴って再び空を舞った。

 そして、空中で回転して足から着地すると同時に、ルディのゾーンが終了した。




「ルディ君、早く来るんだ!」


 レインズの呼ぶ声に、ルディが急いでみんなが居る方へ近づく。


「大地の防壁!」


 ルディが近くに来たのを確認したルイジアナが魔法を完成させて、自分たちの周りに硬度の高い土の壁を作った。


 脳を破壊されたムカデが暴れ回り、土の壁を何度も叩きつける。

 その勢いは激しく、土の壁が無ければ、少し触れただけでも跳ね飛ばされていただろう。


「ルイちゃん、ありがとう」


 ルディが礼を言うと、彼女は魔法を継続するのに集中しており、頷き返すだけだった。




 壁の外からの激しい物音は1分ほどで静かになって、ルイジアナが魔法を解除する。

 土の壁が溶ける様に地面に消えて、ムカデの様子を伺えば、ぐったりと地面に倒れて息絶えていた。

 しかし、暴れ回ったムカデのせいで、ルディたちの荷物はバラバラに弾き飛ばされ、焚火の火も消えていた。


「こいつはひでえです……」


 これから片付けなきゃいけないと考えて、ルディはため息を吐いた。




※ 近状ノートでメンバー限定のSF小説を公開しました。こちらは不定期更新です。

  メンバー限定の理由は、戦場がウクライナで敵のに中国が混じっているので、あまり公にしたくないのです。

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