第87話 森の中の美女と美少年、おまけで綺麗なゴブリン

「ルディ、誰かが来るぞ」


 ナオミの警告に、ルディがゴブリン一郎を見る。


「お前の仲間ですか?」

「ギャギャーギャ(この肉みたいのが入ったやつ、うまうま)」

「いや、ゴブリンではなく人間らしい。結界が弱ったタイミングを見計らったのか、あるいは偶然か……」

「人間、殺っちまうですか?」

「いや、待て。そう慌てるな」


 ルディが冗談で、ゴブリン一郎の代わりにゴブリンの心境を演じて動こうとするのを、ナオミが苦笑して制する。


「もしかしたら、ただ迷い込んだだけかもしれないし、私に何か用があるのかもしれん。向こうも私たちに気づいた様子だから、ここで待とう」

「だったら、飯食ってろです」

「そうだな」


 2人は来客が来るまでの間、のんびりと残りのサンドイッチを食べる事にした。




「レインズ様。どうやら、この先に人間が居ます」


 レインズたちが森の中を歩いていると、彼の仲間でフードを深く被った女性が、ナオミのマナに気付いてレインズに報告した。


「人数は?」


 その質問に女性は足を止めて小声で詠唱を始め、その様子をレインズたちが見守る。

 女性が魔法を発動させると、平凡な魔術師レベルのマナを検知した。


「……どうやら1人だけみたいです」


 ちなみに1人だけなのは、ルディは体内にマナがないから発見されず、ゴブリン一郎のマナも一度失くした状態から僅かに回復している状況なので、野生の動物と勘違いされていた。


「こんな深い森に人が1人だけ居るのはあり得ない。ハク、お前はどう思う」


 女性の報告にレインズが険しい表情を浮かべて、元は騎士であろう体格の良い白髪の老人に話を振ると、彼も同意見だと頷き返した。


「儂も同意ですな。おそらく奈落の魔女だと」


 ハクの返答に、話を聞いていた2人の案内人が大きく息を飲む。

 そして、互いに顔を見合わせて頷くと、じりじりと後ろ脚で彼らから離れて、2人同時に背を向けて逃げだした。


「おい、お前ら、どこへ行く!」

「もう、無理だ!」

「死にたくねえ‼」


 追いかけようとするハクの肩を、レインズが掴んで彼を止めた。


「放っておけ。一応、奈落の魔女の居場所までは案内したんだ」

「しかし、彼らの口からレインズ様がデッドフォレスト領に戻っている事が明るみになるかもしれませんぞ」


 ハクが言い返すと、レインズがおどけて肩を竦めた。


「俺は、あの2人が森から抜けれるとは思えん」


 森を抜けるまで2日間、その間は魔獣に襲われる危険が高く、戦闘経験の少ない案内人の2人だけでは、生きて帰れるのは難しい。


「……確かにそうですな。2人が魔獣に遭遇する事を祈りましょう」


 今のはおそらくハクの冗談だったのだろう。まったくウケず、空気が静まり返った。

 レインズはツッコむかどうか迷ったが、彼の冗談を放置する事にした。


「ルイジアナ。探知したマナの場所まで道案内してくれ」

「分かりました」


 ルイジアナと呼ばれた女性が頷いて歩き始め、レインズが後に続く。

 残されたハクは全くウケなかった自分の冗談に赤面して、手で顔を覆っていた。




 レインズたちがナオミのマナを検知してから5分後。彼らは木の幹に腰掛けて食事をしている、女性と少年を見つけた。


 その2人を見たレインズたちが息を飲む。

 女性は真っ赤なくせ毛を背中の半分まで伸ばしており、ノースリーブの上着に深いスリットのロングスカートという、奇抜ながらも高貴な雰囲気のある見た事のないデザインの服を着ていた。

 年齢は20台後半だろう。女性の顔は息を飲むほど美しく、少年に微笑む表情は、まるで神話に登場する女神の様だった。


 そして、もう1人の少年もこの世の者とは思えぬ美少年だった。

 肌は雪の様に色白く、銀糸の様な髪を首元まで伸ばし、黒い異国の服を着て腰にはショートソードを刺している。

 年齢は15歳ぐらいだと思う。芸術的な美しい顔立ちをした少年の瞳は青と緑色のオッドアイ。

 もし少年が貴族の子供だったら、年齢を問わず多くの貴婦人を虜にしただろう。


 2人に見惚れていたレインズだったが、彼らの近くで一緒にパンを食べるゴブリンに気が付いて首を傾げた。

 そのゴブリンは人間を襲わず、他のゴブリンと違ってエメラルドグリーンの色をした綺麗なゴブリンだった。

 ときおり少年がゴブリンの頭を撫でて、それを嫌がる様子もなく大きな口でパンを頬張り、その1人と1匹の様子を女性が面白そうに微笑んでいた。



「レインズ様。もう気づかれてます」

「分かってる」


 ルイジアナの報告にレインズが頷く。

 目の前の2人は無防備に見えているが全く隙を感じられず、おそらく、こちらの振舞いを待っているのだろう。ちなみに、ゴブリンの方は全くの無警戒。

 レインズが聞いた奈落の魔女の容姿は、顔の半分が火傷で爛れた醜い醜女だが、彼の勘では彼女こそが奈落の魔女だと確信していた。


「ハク、ルイジアナ。ここで待ってろ」

「いや、危険過ぎます。まず儂が行こう」


 命令に逆らうハクに、レインズが頭を横に振り返す。


「駄目だ。誠実な態度を見せなければ、向こうの警戒は解けない」

「……分かりました。気をつけなされよ」


 しばらく2人は睨み合っていたが、止めても無駄だと分かったハクが渋々命令に従った。


「大丈夫だ。いきなり殺しに来る事はないだろう」


 レインズは2人をこの場に残すと、隠れていた茂みから姿を現した。




「食事中、お邪魔しても良いかな?」


 レインズが近づいて話し掛けると、ナオミが警戒する事なく彼を迎えた。


「別に構わない。奥の2人も隠れてないで来るとよい」


 ナオミの了承に、レインズはやはりバレていたかと思いつつ、ハクとルイジアナを手招きして呼び寄せた。


「武器は預けた方が良いか?」


 レインズの質問にナオミが頭を横に振る。


「近くに魔物は居ないが、この森で武器を持たないのは自殺行為だ。そのままで構わないさ」


 そうナオミが答える。

 逆に言えば、「お前たちが武器を持って襲ってきても返り討ちに出来る」という意味でもあった。

 ハクが視線をゴブリン一郎に向ける。


「お心遣いに感謝するが、そこのゴブリンも一応魔物だと思うが?」

「一郎の事は、気にするなです」


 ハクの質問にルディが返答すると、客人のために用意していたコーヒーを紙コップに注いだ。


「どうぞです」

「ああ、すまない」


 コーヒーを受け取ったレインズたちが、各々に礼を言う。

 しかし、コーヒーを飲むどころか見るのも初めての彼らは、紙コップの黒い液体に動揺していた。

 これはこの森で取れる何かの果実の汁なのか? はたまた奈落の魔女が調合した薬なのか?

 レインズが見た事のない容器に注がれた、黒い飲み物に顔に近づけると良い香がする。そして、彼はその香を気に入った。

 先に毒見なのか、ルディとナオミがコーヒーを飲む様子に、毒はないと判断して3人同時にコーヒーを飲む。


「苦っが!」

「苦っが!」

「苦っが!」


 初めて飲むコーヒーの苦さに、3人同時に咳き込んだ。

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