第88話 別にキレてない

「砂糖とミルク忘れていたです」

「お前わざとだろ」

「小粋なジョークです。それにししょーも黙っていたから同罪ですよ」


 ナオミが叱ると、全く反省していないルディが笑って、鞄からスティックシュガーとミルクを取り出した。


「砂糖とミルクです。苦くて飲めなかったら、コイツをぶっ込めです」

「あ…ああ、ありがとう」


 レインズはこんな辺境に砂糖があるのを驚きながらも、砂糖とミルクを受け取る。

 そして、見た事のないプラスチック容器を慎重に開けて一度味見をしてから、確かに砂糖とミルクだと確認した。

 それらを入れてから、借りたスプーンで混ぜた後、改めてコーヒーを飲む。


「ふむ…これなら飲める」


 苦みはまだあるが砂糖の甘さが苦みを抑え、ミルクが味をマイルドにしている気がする。

 レインズが左右を見れば、ハクは自分と同じく砂糖とミルクを1つずつ。ルイジアナは、砂糖を3つミルクを2つ入れた甘いコーヒーを飲んでいた。




「弟子が失礼したな」

「いや、驚いたけど面白かった」


 ナオミが謝罪すると、レインズが軽く笑って返答し、彼の背後に控えているハクとルイジアナは何も言わず、だが、2人はルディたちに警戒して密かに神経を尖らせていた。

 そして、レインズの返答はジョークの通じる人柄だと分かり、ルディたちの警戒度が少しだけ下がる。


「それで、ひとつお尋ねするが、貴女が奈落の魔女ですか?」

「確かに、人は私の事をそう呼ぶ」


 ナオミの返答に、レインズだけでなくハクとルイジアナも息を飲む。だが、彼は動揺を隠して会話を続けた。


「これは失礼しました。私が聞いていた容姿と違っていたもので」

「別に気にしてない。それで、お前たちは何者だ?」

「私はデッドフォレスト領の領主、ガーバレス子爵の弟でレインズ。ハルビニア王国近衛騎士団で副団長をしています。そして、背後に控えるのは、部下のハクとルイジアナ」


 レインズは自己紹介すると、背後に控えている2人を紹介する。

 ちなみに、ハルビニア王国とは、ルディたちが住んでいる森を含めた、この地域を支配している王国の名前だった。




 ナオミとルディがレインズの正体に驚いていると、紹介されたハクが丁寧に頭を下げて、ルイジアナも深く被ったフードを払い顔を見せた。


(エルダー人か!)


 ルイジアナの長い耳を見て、ルディが大きく目を開く。

 彼女はこの星ではエルフと呼ばれている数少ない種族で、人間と比べてマナの保有量が多い反面、魔法は四大元素と呼ばれる地、水、火、風に特化していた。


 ルディが改めて、レインズたちの容姿を観察する。

 レインズの年齢は、見た目から30代後半。髪は黒くて、やや伸ばしており、目の色は茶色、顔は彫が深く整っている。

 背は180センチほどで体は鍛えられ、腰にはブロードソードを差していた。

 ルディがイメージしている貴族の華やかな感じはなく、熟練の騎士といった雰囲気があった。


 ハクは見た目から60歳を超えているだろう。

 白髪をオールバックにしており、目の色は黒、シワのある顔には長い顎ひげが貯えられていた。

 老人ながらも鍛えられた体をしており、剣としてはやや長めのバスタードソードを背負い、まだまだ現役だと思わんばかりの佇まいを見せている。


 そして、初めて見るエルダー人のルイジアナの見た目は、20歳前後だが、エルダー人は長寿の種族なので、おそらく実際の年齢は見た目よりも3倍ぐらい高いだろう。

 体形はスリムで、身長は女性にしては高めの175センチほど。

 黄金と思えるストレートの金髪を腰まで垂らし、目の色は水色、耳は人間と比べて細長く、小顔で鼻立ちがすっきりとした美女と言っても良い容姿をしていた。




「こっちの少年の名前はルディ。私の弟子だ」


 ナオミから紹介されて、ルディが会釈する。


(何故、この少年からは何もマナを感じないのかしら?)


 ルイジアナは、最初に見た時から、マナを一切感じ取ることが出来ないルディを不思議に思っていた。


(もしかして、このルディという少年は、何か不思議な力を持っていて、隠しているのかしら?)


 彼女はそう考えると、試しに少しだけ敵意のあるマナをルディに放出する。その途端、ナオミから強烈なマナの威圧が襲ってきた。


「なっ……‼」


 ルイジアナがマナの威圧に耐え切れず、両膝を折って両手を地面につく。


(この圧力は何? 相手はただの人間よ……)


 脂汗を流しながらナオミを見上げれば、彼女は冷たい目線で自分の事を見下ろしていた。

 その目線に寒気が襲う。そして、ナオミの威圧は自分だけでなく、レインズとハクにも襲い掛かっており、2人も突然の威圧に耐え切れず膝を折っていた。


「ししょー、何、キレ散らかしてるですか?」


 ルディの声にルイジアナが異変に気付く。


(何故、この少年はこれほどのマナの威圧の中を、平然としているの?)


 彼女は分からなかったが、ルディは電子頭脳で脳みそをカバーしているため、マナの威圧を感じる事が出来ないだけだった。

 ちなみに、マナを若干回復しているゴブリン一郎は、ばたんきゅ~。


「別にキレてない。お前、ルイジアナと言ったな」

「…はい」


 ナオミに呼ばれて、ルイジアナが苦しそうに答える。


「ルディは私の可愛い弟子なんだ。そう敵意を向けられると、私もつい警戒してしまう」

「も……申し訳…ございません」


 ルイジアナが謝罪すると、ナオミがマナの威圧を抑えて元に戻った。


(これが、奈落の魔女……)


 額に浮かんだ脂汗を拭って、ルイジアナが安堵する。

 彼女は王国でも1、2を争う魔法使いだった。今回、王命によりレインズの補佐となって奈落の魔女に会えと聞かされた時、魔女と言っても人間だから、エルフである自分が本気を出せば、負けるわけがないと考えていた。

 だが、ナオミと会って彼女の実力の欠片を知ったことで、己惚れていた自分に反省する。そして、同時に彼女に対して崇拝の気持ちが芽生え始めていた。


「ルイジアナが失礼した」


 改めてレインズが謝罪する。彼もナオミのマナの威嚇を恐れていたが、自分の使命を果たそうと、気力を奮い起こしていた。


「次から気を付けるように。それで、私に何か用でもあるのか?」


 ナオミの質問にレインズが頷いた。


「王の要請書を携えてきました」


 レインズはそう言うと、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。

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