第86話 森の結界

 ナオミとルディ、それとゴブリン一郎が森の中を歩いていた。

 目的はナオミの家の周りに張ってある、迷わせの結界の補充作業で、半年に1回はこの作業を行わないと効果を失って、厄介な魔物の侵入を許すからだった。

 今朝の朝食でその事をナオミから聞いたルディは、見学したいと頼んで彼女も許可をだす。だったら、ついでにゴブリン一郎を荷物持ちにしようと、面倒くさそうな彼を無理やり連れて行くことにした。


 ちなみに、最近のゴブリン一郎は、改良されたワクチンとマナ回復薬の影響で少しづつ体内のマナが回復しており、ナオミの莫大なマナを感じる事ができていた。

 何が言いたいのかと言うと、ナオミのマナを感じ取ったゴブリン一郎は、彼女を「コイツ、マジでヤベェ!」存在だと知り、何時殺されないかと恐れて、ルディの側を離れなかった。

 怖かったら逃げれば良いと思うが、ゴブリン一郎はすっかりルディの餌付けの虜となっており、野生を失った彼はもう森に戻ることが出来なかった。




 森の中を歩いて30分。ナオミが大きな大木の前で足を止めた。


「さて、ここだ」

「ただの木です」

「幻惑の魔法で隠してるからな」


 ナオミが解除の詠唱を唱えると、大木が消えて地面に刺さった長さ30cmぐらいの黒い杭が現れた。


「おおっ!」

「ギャギャ(木が消えた)!」


 驚いているルディとゴブリン一郎の反応が可笑しかったのか、ナオミが笑ってからしゃがんで杭に右手を乗せた。


「この杭は魔道具なんだ。こうやってマナを注ぐと結界を張れる」

「ふむふむ……ししょー、質問です。地面に刺さってるのは何のためですか?」

「ただ倒れないためだが?」


 その質問の意味が掴めず、軽く首を傾げて答える。


「てっきり、杭から大地のマナをちゅーちゅーしてろと思ったです」


 そうルディが言うと、ナオミが驚き険しい表情に変わった。


「それは禁忌とされている」

「そーなのですか?」

「ギャギャギャ(お前ら何話してるの)?」

「うむ。昔、大地からマナを吸い出して、大魔法を発動しようとした国があったらしい。だけど、魔法の発動に失敗して、大地が枯れ果て国が滅んだと聞いている。それ以降、ルーン教の教義では大地から直接マナの吸収する事は禁忌とされていて、破った者は火あぶりの刑だ」

「ふむふむ…です」


 話を真面目に聞いて頷くルディに、ナオミはニヤッと笑って肩を竦めた。


「だけどバレなければ、少しぐらいやっても構わないさ」

「良いんですか?」

「もう実際に見せてるからな」


 ナオミはそう言うと、熟成蔵を作った時の仕組みを説明する。

 その説明はルディが予想していた通りで、扇風機を回すエネルギーは地面から直接マナを吸収してエネルギーにしていた。


(やっぱり、そうだったか)


 彼女の話を聞いたルディが、予想通りだったと心の中で頷いていた。


「そう言えば、あの時のションの反応は面白かったな」


 ナオミの話に、ルディもあの時のションの驚いた様子を思い出す。


「たぶんアイツは、私が直接マナを大地から吸い取った事に気づいたんだろうな」

「破ったら火あぶりなのに、平然と使うししょーにビビったですか?」

「たぶんな」


 ナオミはそう答えると、「はははっ」と笑った。


「ギャーギャ(何で笑ってるの)?」




 迷わせの結界の杭は全部で8本あり、2人と1匹は順番に回って、杭にマナを注ぎ込んだ。

 4本目の杭にマナを注ぎ終えると、時刻は昼を少し回った時間になり、ルディたちは湧き水の流れる岩場で昼食を取る事にした。

 ゴブリン一郎から背負い袋を受け取ったルディは、固形燃料を地面に置くとライターで火を点け、湧き水を入れたポットを上に置いて、お湯を沸かし始める。

 ちなみに、固形燃料の器は自然分解するプラスチック製だけど、きちんと持ち帰る予定。森の中にゴミを捨ててはいけない。


「前も見たけど、それは便利だな」

「ギャギャギャー(なんかすげー)」


 ナオミが固形燃料とライターを見て話し掛けてきた。


「構造知れば、この星でも作れるですよ」

「その知るという発見が難しい」

「人間の創造は無限です。学ぶ環境と心の余裕あれば、発見できる思うです」

「…そうだな」


 ルディの話にナオミは頷くと、お湯を沸かすポットを眺めていた。




 昼食は、出かける前にルディが作った、たまご、ハムチーズ、ツナマヨのサンドイッチ、それとコーンスープだった。

 大量に作ったそれを、3人でモグモグと食べる。


「ギャーギャ、ギャギャ(肉も良いけど、これも美味しいな)」


 美味しそうにサンドイッチを食べるゴブリン一郎を、ナオミが面白そうに観察していた。


「まさか私の人生で、ゴブリンと一緒に食事を取る機会があるとは思わなかったよ」

「ギャギャギャ(この黄色いの美味しい)」


 人間の言葉を理解できないゴブリン一郎は、彼女が自分の事を言っていると気付かず、美味しそうにたまごサンドを食べていた。


「お前、たまごばかり食うなです。そー言えば、ししょーはゴブリン嫌わないですか?」

「襲ってきたら殺すけど、何もしてこなければ好きにしろ」

「一郎、絶対にししょーに手を出すなですよ」

「ギャー(飯うめー)」


 ナオミがルディとゴブリン一郎のやり取りに微笑んでいると、結界に近づいてくる集団を魔法で検知した。

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