第74話 イチロー

 ゴブリンを生け捕りにしたルディとフランツだったが、気絶しているゴブリンを前にして悩んでいた。


「ゴブリン、どうやって連れて帰ろうです」


 フランツが居なければドローンに運ばせていたが、人前でドローンは見せられない。


「起こしたら逃げちゃうよね」

「とりあえず、身ぐるみを剥ぐですよ」


 ルディはそう言うと、ゴブリンが持っていたボロボロで錆びたダガーをポイッと捨てて、腰布一枚にした。


「コイツ、臭せえし汚ねえです。風呂入ってろですか?」

「きれい好きなゴブリンは聞いた事ないなぁ」

「生物、体きれいしないと病気なるですよ」


 ルディは辺りを見回して、近くの木に絡んでいたツタを切る。そのツタでゴブリンを後ろ手に縛lった。


「ゴブリン一郎、起きろです」


 ルディが脇腹を蹴ってゴブリンを起こす。

 ゴブリンが意識を取り戻すと、仲間の死体とルディたちを見て暴れだした。


「ギーギャー(お前たち、よくもやってくれたな)!」

「うるせえです」

「ギャー(痛ったい)!」


 ルディがもう一度蹴っ飛ばして、ゴブリンを大人しくさせた。


「ルディ君。ゴブリン一郎って何?」

「コイツの名前、今名付けたです」

「ユニークな名前だね」


 優しいフランツはそう言ったけど、心の中ではネーミングセンスが酷いと思った。


「ほら、起き上がれです」


 ルディが起き上がらせようと、ゴブリン一郎の腕を掴む。

 すると、ゴブリン一郎は不意を突いて体当たりをしてきた。


「アポ!」


 ゴブリン一郎の行動を予想していたルディは、焦る事なくゴブリン一郎の体当たりを躱して、お返しに脳天にチョップを当てた。

 さらに連続で、チョップをペシペシと頭に放つ。


「アポ! アポ! アポ! アポ!」

「ギャー(やめろ)! ギャー(痛てぇ)! ギャー(だから痛いって)! ギャー(もう許して)!」


 ルディのチョップが脳天に当たる度に、ゴブリン一郎が叫ぶ。

 残念ながら、ルディとフランツはゴブリンの言葉を理解できず、ただ叫んでいるようにしか聞こえなかった。


 ルディのチョップは別に死ぬような攻撃ではないし、そんなに痛くもないのだが、何度も叩かれてゴブリン一郎が大人しくなった。

 そんなゴブリン一郎の目は、ルディを恨めしく睨んでいた。


「やっと大人しくなったです」

「ルディ君、えげつないよ」

「それはししょーが悪いです!」


 自分の行動が悪いのを、ナオミのせいにする。

 フランツは敵ながらも、ゴブリン一郎に同情した。




 ゴブリン一郎は何度か逃走を企てようとするが、その都度ルディに掴まって、頭にチョップを喰らっていた。

 痛そうにしているゴブリン一郎を憐れんだフランツが、回復の魔法を唱えて頭の痛みを取り払う。すると、ゴブリン一郎は目でフランツに助けてと訴えていた。


 ルディたちがナオミの家に戻ると、ゴブリン一郎は見た事のない丸太小屋をぽかんとした表情で見上げていた。

 だけど、そのまま引っ張られて、ガーデニング畑の水撒き用の水場に座らされてた。


「逃げようとしたら、またチョップですよ」

「ギー(何するの)?」


 ゴブリン一郎が首を傾げていると、ルディが蛇口につけたゴムホースから水を出して洗い始めた。

 なお、ゴムホースもこの星ではオーバーテクノロジーの部類に入るが、カールたちは何度も見た事のない便利な品を目撃しており、「またか」と思うぐらいで気にしなくなっていた。


「ギー(何で)? ギャギー、ギャギ(何で洗ってるの、やめて)!」

「大人しくしろです」


 逃げようとするゴブリン一郎をルディが地面に転がす。

 自分自身もびしょ濡れになりながらゴブリン一郎の体を洗うが、何年も洗っていない彼の体は垢まみれで、擦っても擦っても垢が出てきた。


「コイツ、マジで汚ねえです。フランツ、風呂場から垢すりタオルと石鹸持ってこいです!」

「う、うん」


 ルディの行動にドン引きしていたフランツが、慌てて風呂場からタオルと石鹸を持ってきてルディに渡した。


「これできれいにしてやろうです!」


 ルディが垢すりでゴブリン一郎の体を力いっぱい擦る。


「ギャー(痛い)! ギャー(もっと優しく)! ギャー(だから強いって)!」


 石鹸が泡立つまで何度も洗ってゴブリン一郎が綺麗になると、ルディは一仕事した気分になって額の汗を拭った。


「やっときれいになったです」


 ゴブリン一郎を見れば、確かに汚れが落ちて、ダークグリーンだった体がエメラルドグリーンに変わっていた。

 ただし、所々肌が赤くなって、ヒリヒリと痛そうでもあった。


「ギュー(もうゆるして) ギーギー(俺が一体何をしたんだ)?」


 体が綺麗になったのに、ゴブリン一郎はか細い声で泣いていた。




「フランツ、一郎は何を食べるですか?」

「詳しくは知らないけど、家畜を襲うから肉は食べると思うよ」


 ルディの質問にフランツが首を傾げながら答える。


「生肉与えてみるです」


 ルディはそう言うと、ゴムホースでゴブリン一郎の体を木に括り付けてから家に入り、今日の夕食用に用意していた生の鹿肉を持ってきた。


「ほら、食べろです」


 目の前に差し出された生肉を見て、ゴブリン一郎がプイッと顔を背けた。


「ギャー(生の肉なんか食べるか)」

「むむむ。生意気なゴブリンです」

「やっぱり焼かないと駄目じゃないかな?」

「贅沢者め、特別です」


 フランツの指摘にルディが顔をしかめる。

 仕方がないと、テラスに置いてあった七輪を使って肉を焼き始めた。




 炭火焼の鹿肉から良いにおいが漂い、ゴブリン一郎だけではなく、ルディとフランツもお腹が空いてきた。


「微妙な時間だけど、腹減ったです」

「……うん」


 ルディにフランツが頷く。


「僕たちもちょびっと食うですか」

「いいの?」

「問題ねーです」

「やったー!」


 フランツが喜んでいる間に、鹿肉がこんがり焼き上がった。


「熟成した初めての鹿肉、どんな味か楽しみですよ」


 ルディは市販の焼肉のたれに、鹿肉を漬けてから食べてみる。

 赤身の肉は熟成されて柔らかく、それでも噛み応えがあった。

 噛めば噛むほど肉汁が口の中に広がって、肉自体の味も野性味があって美味しく、たれも絶品だったので、ルディは鹿肉を気に入った。


「これ、本当に鹿の肉? 今まで食べた肉と全然違うよ!」


 ルディと一緒に食べたフランツが、驚きを隠さず話し掛けた。


「それが熟成のパワーです」

「凄いね。だけど、ここから離れたらもう食べられないのが、残念だなぁ」

「フランツたちいっぱい狩ったから、肉が余るです。土産に持って帰れですよ」

「おおー。ルディ君、ありがとう!」

「だけど、腐る前に食えです」


 フランツが両手を上げて喜んでいると、離れた場所から「ぐぐーーっ」と低い音が聞こえてきた。

 その音にルディとフランツが振り向けば、ゴブリン一郎が焼けた肉をガン見して涎を垂らしていた。


「そう言えば、お前が居た、忘れてたです」


 ルディの発言を、フランツは酷いと思った。

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