第18話 ナオミの治療
ルディが火傷で痛む右足を引き摺って、ナオミをコックピットまで運ぶ。
コックピットに到着すると、治療用ドローンを乗せた台車が空を飛び、壊れた窓ガラスから入ってきた。
『マスター、彼女を台車の上に乗せて下さい』
『言われるまでもない』
ハルの指示でナオミを台車に乗せる。台車に乗っていた治療用ドローンから止血剤の注射器を受け取ると、デーモンの爪で穴の開いたローブの間から投与した。
ルディも台車に乗って、治療用ドローンから鎮痛剤を受け取り右足に投与する。
台車は空を飛んでベースキャンプの治療室まで移動すると、2人を素っ裸にして治療タンクへ投げ入れた。
ルディが治療培養液の中で、隣の治療タンクに浸かるナオミを見る。
治療タンクの培養液で、傷の再生が始まっていた。
『ナオミは4時間で完治します。ちなみに、マスターの完治は2時間です』
『俺はおまけか?』
『無茶をした報いです。あの服は衝撃を吸収しますが、酸に対しては何も対策されていません。それなのに自ら足を入れるなど、理解不能です』
『涎に酸が含まれてるとは思わなかったから、仕方がない』
『私は無茶をするなと言いたいのです』
ハルの説教にルディが顔をしかめる。
右足が完治するまでの間、ルディはずっとハルの説教と作業報告を聞いていた。
ナオミが目を覚ます。ぼんやりした意識の中で、自分の体が軽い事に気づいた。
ここは……水の中なのか? 青い色をした治療培養液の中に浮かびながら、水中で息が出来るのを不思議だと思う。
そのまま微睡んでいると治療培養液が排水溝に流れて、容器の蓋が開いた。
ナオミは起き上がっても暫くの間ぼんやりしていたが、デーモンの爪で刺された事を思い出した。
「傷が消えている……」
慌てて自分の腹部を見てみれば、刺されたはずの傷が跡形もなく消えていた。
それだけじゃない。ナオミの体には左肩から右わき腹にかけて、大きく裂けた切り傷があった。だが、その傷跡も綺麗さっぱり消えていた。
これは一体……いや、待て。まずここは何処だ? いや……見覚えがある。ルディのベースキャンプだな。用途は分からなかったけど、この部屋には一度だけ入った。
ナオミは混濁した意識を戻すと、裸なのに気づいて自分の服を探す。
探しても服は見つからなかったが、治療タンクのサイドテーブルに、畳んである青い貫頭衣を見つけた。
おそらく自分のために用意されたのだろう。貫頭衣に着替えてから、ふと、壁に掛けられた鏡を何気なく見た。
そこには顔半分を覆う火傷の消えた、自分の顔が映っていた。
「なっ⁉」
一瞬誰だか分からなかった。鏡に映っているのが自分だと気づいて、慌てて鏡の前に近づく。
火傷の消えた左頬をそっと撫でる。自然と目から一筋の涙が流れた。
若いころのナオミは、美しい貴族の令嬢だった。
彼女が14歳の時、隣国が突然攻め込んで来て国が落ちる。その時、フィアンセだった王子と両親が殺され、彼女は亡命中に敵兵士に襲われた。
彼女は兵士に捕まって犯されそうになるが、組み伏せられた時に魔法が暴発。その場に居た十数人の兵士を殺した。
だが、兵士の一人に体を切られて深手を負い、魔法で顔の半分を火傷する。何とか追っ手を振り切って逃げたけど、その代償に彼女の心と体には一生残る傷が残った。
「わ、若い……」
消えた火傷後に気を取られて気づかなかったが、怪我をする前と比べて今の肌は瑞々しく張りがあった。
次に手を見る。森の中の生活で荒れた指先が綺麗になっていた。思わずジーッと見つめる。
「ハッ! それどころじゃなかった!!」
鏡に映る若返った自分をずっと見ていたかったが、今はルディに話を聞く方が先決だ。彼女は慌ただしく部屋を出た。
「ルディ!」
ナオミがリビングルームでルディを見つけた時、彼は針と糸でナオミの服をちくちく縫っていた。
「おはようです。もう夕方よ」
「夕方? どれだけ私は眠っていた?」
「4時間ぐらいです」
「たった4時間で……」
てっきり丸一日寝ていたと思ったら、僅か4時間で傷が治った事に驚く。
「ハッ! それよりも聞きたいことがある」
ナオミはルディの前に座り、彼も裁縫をとめて向き合った。
「まずデーモンはどうした?」
「ぼっこぼこにしてぶっ殺したです」
ルディはそう言うと、悲し気な表情を浮かべた。
「アレそのまま放置…再生しろ可能性あるから、放置してた斑と一緒に焼却処分したですよ。だから、ナオミにくれてやる素材消えたです」
「そんな物はどうでも良い。それに、元々ルディが倒した敵だ、私は別に構わない」
「そうですか、よかったです」
ナオミの返答にルディがほっとする。
「それで、私の傷はルディが治したのか?」
「治療結果、聞けですか?」
「是非!」
身を乗り出して迫るナオミを、ルディが仰け反りながらなだめる。
ドローンが淹れたコーヒーをナオミに渡して、彼女が落ち着いたところで話し始めた。
「まず、デーモンが刺したお腹の傷が…を治したです。ついでに寄生虫…駆除しろです」
「寄生虫?」
消した傷の話だと思ったら、体に寄生虫が居たと聞かされて、ナオミの顔が引き攣った。
「お腹にでっかく成長したサナダムシ暮らしてろです」
そう言ってルディが横を向く。視線の先には、壁に掛けられたモニターがあり、サナダムシの画像が映っていた。
「ヒッ!」
いきなり気持ち悪いサナダムシの画像を見せられて、ナオミが悲鳴を上げる。
「別に害はないけど駆除しろです。衛生管理は大事よ」
「そ、そう…ね……」
「それと、乳がんだったから、それも治したです」
「乳がん?」
「右のおっぱいと脇の間、しこりなかったです?」
「そう言えば、半年ぐらい前から……」
ナオミが指摘された場所を押してみると、しこりがなくなっていた。
「ステージⅠ期だったから良かったです。がんが転移していたら、森の中、医者居ない。苦しんで死んでたですよ」
「私は病気だったのか⁉」
「もう治したです」
「そうか、ありがとう」
「報告は以上です」
「待て!」
肝心な傷の話が出てこなくて、ナオミが慌てる。
「なーに?」
「顔の火傷と体の切り傷についての報告がないぞ!」
「それですか? おまけが…が? おまけで治したです。治さない方…良かったですか?」
「おまけ……いや、感謝する。本当にありがとう」
ナオミはそう言うと、テーブルに両手をついて頭を下げた。
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