第5話 旅すること


 後日、大国イロエストのヤーガスア領から、誕生会の正式な招待状が来た。


どうして俺宛なんだ。


国王陛下か、せめて領主の姪であるヴェズリア様宛にしろよ、と言いたい。


「諦めろ。 ほら、同行者名簿だ。 本人たちにはすでに交付してある」


王太子用の執務室で、俺はヴェルバート兄に愚痴を溢していた。


「ありがとうございます」


俺はブツブツ言いながらも書類を受け取る。


 ヴェルバート兄は、もう仕事もバッチリだ。


俺は相変わらず厩舎と離れでウロウロしてるけどな。


「成長した小赤を持って行くんだろう?」


「はい、義大叔父おおおじ様の希望ですから」


今回の出産祝いにシーラコークから仕入れた観賞用小魚を頼まれている。


まあ、奥さんの生まれた国の名産品だしね。


それを改良したものを贈って気を惹こうってことだろう。


ベタ惚れだからな、あの義大叔父おおおじは。




 赤子は男子だったそうで、イロエストの習慣なのか、かなり盛大な宴になるらしい。


「これは、精鋭揃いですね」


俺は名簿を見ながら、ブガタリアの警戒度合いを感じた。


「それは仕方ないだろう。


あの大叔父おおおじはイロエストの現国王の弟だからな」


王弟殿下の実子となれば国王にとっては甥になる。


イロエストの本都からも主要な人物が参加するだろう。


下手したら国王陛下自身が来たりして。


コワイナー。




 ブガタリアへの足掛かりとしてヤーガスアを滅ぼした大国。


俺もヴェルバート兄もイロエストの国王陛下には直接会ったことはないが、良い印象は欠片かけらも無い。


ただ、秋には兄様は二十歳になり、修行で国外に出ることになる。


そうなると、どこかで接触する機会があるかもしれないのだ。


事前に最新の情報を手に入れる絶好の機会でもある。


「気を付けろよ、コリルバート」


「はい、ヴェルバート殿下も」


俺が精鋭を連れて行くということは、国内が手薄になるということだ。


兄様とお互いにニヤリとした笑みを浮かべる。


俺の十七歳の夏も終わりに近づいていた。




 王都を出て二日目、俺たち一行は東の国境を守っている砦に着いたところだ。


ヤーガスア領都はブガタリアの東の国境門を出て、さらに森を抜けた先にある。


悪路のため普通の馬車ならばニ、三日は掛かるだろうが、ブガタリアの騎獣は大きなトカゲ型魔獣。


岩山だろうが、下草の生い茂った森の中だろうが全く関係なく進むため、丸一日もあれば着く距離だと聞いている。


「殿下、よくいらっしゃいました」


「お世話になります」


砦の責任者と挨拶を交わす。


この人は俺の護衛であるエオジさんの兄で、奥さんもここで事務官として働いている。


今日はここで泊まり、明日は出国のための最後の準備をして、明後日早朝出発の予定だ。




 今回ブガタリア側は、俺と専属の護衛と従者、兵士で三十名。


他に魔獣の世話係りや、見習い等の雑用係を含めて総計五十名の大所帯である。


しかも、俺の従者の中にはシーラコーク公主国の公子であるクオ兄、護衛の中にはズキ兄がいる。


この二人が何でブガタリアに居たのかというと、表向きは留学、裏は父親である公主から逃げて来たという事情があった。


 そして俺にとって、クオ兄は今では無くてはならない専属の料理人だ。


こう、ググッと胃袋を鷲掴みにされているというか、もう彼なしではいられないといっても過言ではない。


俺が長期で王都を離れる時は必ず同行してもらっている。


 食限定だが、相手が何を欲しているのかを読み取る能力を持つクオ兄に出会えて約三年。


俺の前世の記憶を元にした料理のレパートリーも結構増えてきた。


王宮だけでなく、出し汁や簡単な調味料、料理本などは国民に公開している。


そのため最近では一般向けの食堂でも食べられるようになった。


お蔭で俺の身体も順調に成長している。


ふっふっふ、まだ成長期だから絶対エオジさんを追い越してやるんだ。




 夕食後に打ち合わせを終わらせ、後は寝るだけ。


今は砦の責任者の部屋でエオジさん兄弟やギディなど、側近数名のみでお茶を飲んでいる。


「殿下はこの砦では大変、人気がありましてな」


「はあ」


エオジさんを少し丸くした感じのお兄さんがそんなことを言い出す。


 前回、訪れた時に小赤を配ったことや、ゴゴゴに遊ばれていた姿が可愛いかったと、女性兵士たちの間で好感度が爆上がりしたらしい。


まだ小柄な少年だった十三歳の頃の話だ。


「でも、アレは四年も前で」


俺は確かに母親似の童顔ではあるけど、十七歳でカワイイはないわー。


前世の男性アイドルじゃあるまいし。


「あはは、そうでした。 もうすっかり成長された殿下には失礼でしたな」


砦の責任者は、そう言って笑いながら頭を掻いた。




 ふむ。 俺はオトナだからな。


こんなことぐらいで機嫌を損なったりしないぞ。


なんせ、十七歳プラス十四……あ、三十歳越えたのか、俺。


うーむ、すごく違和感がある。


前世でも十四歳までしか生きていないし、今の自分の姿は十七歳だ。


大人になった自分を想像できない。


 元々、俺はあんまり鏡を見ないからなあ。


最近は小太り印象操作のため、確認したいから少しは見るけどさ。


前世では自分のことが嫌いだったから、今でもあんまり見たいと思わない。


だいたい、母さんやギディが身なりを整えてくれるから見る必要もないしね。


「コリル、お前はまだ自覚がないのか」


エオジさんが苦笑いで俺を見る。


「そうですね。


コリル様は身体はそこそこ成長したのに、なんていうか、威厳というものがありませんから」


まるでどこにでもいる平民の若者みたいだと言う。


は?、ギディ、そんなの当たり前じゃん。


俺は、子供っぽくて愚鈍な、どこにでもいる男でいいんだよ。




 二度目の死から俺は学んだ。


あの時、俺を狙ったのはヤーガスアの後継として望まれたのを知って反発した者たちらしい。


しかも俺は王様にしてやるって言われたのを蹴ったしな。


傲慢な子供に見えたんだろう。


 やっぱり優秀な第二王子なんて、いらない。


顔も体型も嫌われない程度で良い。


俺はヴェルバート兄が国王になったら、ブガタリアの平民の一人として生きるんだから。


そのためにも目立たないことが一番さ。




 割り振られた特別室に移動して、俺は寝る準備をする。


服を着替えるために脱ぐ。


「ふう」


どさりと重い音がした。


「コリル様、本当にこんなものが必要なんですか?」


着替えを差し出しながらギディが俺が脱いだ服を重そうに持ち上げる。


「もちろん必要だね」


何度目かの呆れた声に、俺は毎度同じような答えを繰り返す。


 俺の服の内側にはおもりというか、細かい砂を入れた袋が縫い付けられていた。


服の上から触るとムニュッという肉厚の肌の感触がするものを作ってもらったんだ。


これは変装のためでもある。


普段はその姿で印象付けておいて、平民として行動したいときはそれを脱ぐだけで良い。




 チビで子供にしか見えなかった以前の俺。


今度は小太りな若造って感じだ。


「またあなどられるんじゃないですか?」


「それは、まあ考えたさ」


だけど俺は義大叔父おおおじのせいで、すでにある程度は優秀なヤツだと知られているそうだ。


これで容姿がブガタリアの一般的な筋肉マッチョだったら絶対に危険視される。


同じ脳筋国だったヤーガスアをイロエストは警戒して弱体化したんだから。


「ヤーガスアと同じだと思われるのは嫌なんだ」


俺の言葉にエオジさんとギディが顔を見合わせる。


「それに、三十体以上の魔獣付きでの移動だ。


イロエストに脅しを掛けてるのと変わらない」


ヤーガスアの元国民からも怖がられると思う。


 じゃあ、警戒されないとなると、これかなと思って選んだ。


嫌いだったはずの、前世の俺に近い姿。


威厳なんてなくて当然だ。


前世の俺にはそんなもの微塵も無かったんだから。


でも何ていうか、自分でもよく分からないけど、何故か落ち着くんだよな。


うん、これでいいや。


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