第6話 愛おしいこと
「そういえば、ラカから面白い話を聞いたぞ」
ベッドに入ろうとしていた俺は、エオジさんの言葉に首を傾げた。
「ラカーシャルさんから?」
エオジさんの奥さんから、シーラコークで俺が諜報部隊と勝手に公宮脱出計画を立てていたことがバレた。
どうやらエオジさんはあの時、何かコソコソやってたことは気付いていたようだ。
「何にもなかったから良かったけど、実際に起こっていたらと思うとゾッとする」
「はあ、すみませんでした」
としか言えない。
今さら怒られても、あの時はそうするしかなかったんだから仕方ないじゃん。
ラカーシャルさんもさ、いくら好きになった相手だからって、諜報部隊なのに口が軽いよ。
ブツブツ。
「やるなら、ちゃんと俺も混ぜろ」
あー、ハイハイ。
楽しそうって顔はやめてね、エオジさん。
俺、これからは気を付けるからさ。
オヤスミー。
さて、翌日は出国の最終確認。
砦の中で、俺は東の部族長と面会した。
「その節はコリルバート殿下には大変なご迷惑をお掛けした」
筋肉マッチョな若い部族長は、俺の前で身体を縮めて礼を取る。
「謝罪はすでに受け取っています。 お気になさらず」
首謀者も、もうすでに亡くなっているのだから。
今は責任者執務室を借りて、今後の話し合いが行われている。
表向きは
裏はヤーガスア領に送り込んでいる密偵からの報告だ。
ブガタリア国軍はどうしても容姿が独特なため他国では目立つ。
そのため、東の部族からイロエストに近い容姿の若者を使って情報を集めてもらっていた。
一度やらかしてる部族だから王族の信頼を回復するためにもちゃんと仕事はしてくれる。
「イロエストは周りの小国を次々に取り込んでおります」
平原の中にある大国は多くの国と接している。
力の無い小さな国が多く、昔はお互いに不干渉だったのだが。
「新しい貴族が立つ度に手柄を立てようとする者が現れ、周辺国に被害が及ぶのです」
関税、脅迫、賄賂、何でも有りだそうで、俺は思わず「はあ」と、ため息を吐く。
そんなに名誉や金が欲しいのか。
正直言って、俺も金は欲しい。 貧乏国だしね。
だけど他国を滅ぼしてでも得たいかというと、後始末のほうが大変だし、自国にも被害は出るから、俺はやりたくない。
「そんなに国を吸収したら統治が大変じゃない?」
「統治はしないようです。
小国に圧力を掛けて、イロエストの言いなりになる従属国にするだけですな」
そのほうが確かに手っ取り早いよね。
ヤーガスアはそれを拒否したのかな。
それとも、イロエストは最初からブガタリアしか眼中に無かったのか。
どちらにしてもヤーガスアには不運だった。
「分かった。 その辺りも見て来よう」
今回は盛大な宴だというのだから、従属国からも要人が多少は来るはずだ。
探らせてもらおうっと。
ピアは今、
彼女はシーラコークの外相の第二子で、子供の頃から兄より優秀で有名だった。
情報収集は今でも抜かりない。
俺が九歳で初めて
頭の良いお嬢さんだなあと思ったよ。
その後、一生懸命に兄の不始末を謝罪したり、俺の弟たちを褒めてくれたりする彼女を見て、本当に良い子なのにかわいそうだと思い始めた。
でもその頃の俺は精神年齢が二十歳越えで、相手はまだ十歳だ。
ロリコンじゃない俺にとっては恋愛対象ではなく、情報提供者として友達になっている。
その後、十四歳になった彼女に再会。
俺に対する彼女の気持ちを知って、つい、キスしてしまった。
俺だって本当はピアのことは可愛いと思う。
でも、前世の記憶に引っ張られる俺は、この世界では『変わり者』だ。
きっと彼女を巻き込んでしまう。
だから避けてたけど、今は事情があって二十歳になるまで待ってもらっている。
本当は、彼女に会えるのは単純にうれしいよ。
だけど、ヤーガスアではイロエストの目が近いから、下手に二人っきりになって俺たちの関係がバレるのは困る。
あの国ではブガタリアの男性は野蛮で女好きだと思われていて、警戒されていると聞いた。
俺にしたら、なんじゃそれって感じ。
大国は田舎の小国の文化など理解しようとはしない。
だから誤解されたままなんだと思う。
「イロエストか」
避けて通れない相手だ。
それなら、ヴェルバート兄がぶつかる前に俺が削っておけないかな。
「コリル様、また何か余計なこと考えてませんか?」
俺よりギディのほうが言わなくていいことを言うよね。
「楽しみだなーって」
不穏な考えを笑顔で誤魔化してみた。
「なんだ。 コリルはイロエストに興味があるのか?」
俺とギディの会話にエオジさんが口を挟んできた。
「いや、そんなわけじゃないけど」
大きな国だから興味なくはないが、危ない感じがヒシヒシとする。
「きっとあの国じゃあ、小国の第二王子なんて平民と変わらないだろうなって」
人が多いということは、それだけ色々な人がいるということだし。
「まあ、向こうにとっちゃあ、そうかもしれないが」
エオジさんは暗くなった窓の外を眺めながらため息を吐いた。
「その平民同然の王子でも、何かあれば国は動く」
大国相手でも泣き寝入りなんてしない。
それが脳筋国家ブガタリアだ。
「うん、分かってる」
武人っていうのは舐められるのが一番嫌いなんだよね。
俺たちは明日の早朝の出立になる。
「向こうに先触れは出てるの?」
「はい、魔鳥を放っています」
すでに到着予定日は知らせてあるけど、予定通りだと伝えるための伝令が走る。
東の砦ではカラスのような真っ黒な魔鳥を二羽、少し時間をずらして送り出す。
「殿下の大鷲ほどではありませんが、うちの魔鳥も優秀ですよ」
同じ魔獣好き仲間のエオジ兄と「ふふふ」と笑い合う。
バーカ、うちのテルーのほうが優秀で、しかも可愛いわ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
テルーは今回お留守番だけど、ヒッポグリフの面倒を見てくれるように頼んである。
【ダイジョブ、オトート、マモル!】
すっかりお姉さん気取りで、それがまた可愛いんだよな。
「ありがとう、テルー、頼んだよ」
ちゃんと魔獣担当のじいちゃんにもお願いしておいた。
王宮の魔獣飼育担当のじいちゃん、俺は幼い頃からの知り合いだけど、実は国内では有名な研究者だった。
「老師?」
十五歳になった頃、俺はじいちゃんの弟子の男性に呼び方を改めるように頼まれた。
「はい、ポズ老師とお呼びしてください」
権威のある大研究者なので、本当は気軽に『じいちゃん』なんて呼んじゃいけないらしい。
まあ、まだ子供だったし、第二王子だから大目に見てもらえてたみたいだ。
「分かりました」
そうか、俺もいつまでも子供じゃない。
時と場合は選んでるつもりだけど、これからはもっと気を付けよう、と思った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夜明けと同時に国境の門が開く。
これから俺たちは大国イロエストのヤーガスア領へと向かう。
「出発!」
今回の隊長はエオジさんだ。
奥さんのラカーシャルさんは子供が小さいためにお留守番。
ずいぶん文句を言われたらしいが、子供の可愛さには負けたっぽい。
移動は長い
そのほうが短時間で到着出来るからね。
縦に長いと先頭と最後尾でかなり離れてしまい、何かあった時の対処が遅れる。
ゴゴゴに騎乗しているからこそ、悪路を無視して進める利点もあるんだし。
一つ目の村で全員で昼休憩を取り、後は四、五人の班でヤーガスア領都まで各自の速度で向かう。
だいたいの到着時間は想定しているが、どうやら班ごとに競っているらしい。
はあ、これだから脳筋は!。
「グロン、思いっ切り走っていいぞ」
グルッグルッ
負けるもんかー。
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