第4話 言えないこと(別視点)


 ブガタリア王城内にある離れの建物。


遥か昔には高貴な罪人や病人など、使用人を含め、特別な者たちを住まわせるために使われていた。


最近では、国王の側妃であるカリマが第二王子となる息子と二人で暮らしていたが、第二子の王女を出産後、母と娘は王宮内に居を移した。


現在では、成長した第二王子だけが側近たちと住んでいる。


「なあ、ギディ」


「なんです?、エオジさん」


第二王子の従者であるギディルガにとって、側妃の従兄弟いとこの中年騎士エオジは剣術の師匠でもある。


しかし、『師匠』と呼ぶのは禁じられていた。


「あれは、どうなんだ」


「どう、と言われても、コリル様はいつも通りですよ」


エオジのぼやかせた言葉にもきちんと応えるほど、ギディルガも長い付き合いになった。




 二人のあるじであるブガタリア国第二王子コリルバートは、ハッキリ言って『変わり者』である。


子供の頃から当時の王太子、今の国王の友人として王宮に出入りしていたエオジでも行動が読めない。


現在、十七歳であるコリルバートの従者を勤めているギディルガは、王宮に来てまだ七年だ。


それでもコリルバートの一番の側近であり、理解者と思われている。


「私でも分からないことはあります。


まあ、そのうち聞き出しますよ」


高貴な相手ほど、手の内など易々と見せてはくれない。


それを「そのうち」引き出すと断言する若い従者も、相当な『変わり者』ではないか、とエオジは思う。


それとも、あの王子の側に居るとそうなってしまうのか。


エオジは自分も知らぬ間に毒されているのかもしれないと、ゾクリとした。




 現在、離れに住んでいる者はコリルバートとギディルガ、シーラコークの公子で料理人のクェーオが単身者。


後は、家族単位が二組。


シーラコークの外相の部下パルレイクと、その妻で『小赤』の飼育員ヒセリアとその息子。


そして、エオジと、妻の諜報隊所属の兵士ラカーシャルとその娘である。


それだけ住んでいても、まだ部屋数には余裕があるところは、さすが王城の離れとしか言いようがない。


 エオジにとって困ったことに、その離れから広場を挟んだ場所にある王宮から、王子の両親である国王や側妃が護衛も付けずにちょくちょくやって来る。


一番困るのは、コリルバートが「弟だ」と言う魔獣のゴゴゴたちが、たまに屋根や壁に張り付いていることがあるのだ。


あれは肝が冷えるのでやめて欲しいと思う。




 この離れの建物には表玄関と、裏口がある。


エオジたちは私用で出入りする場合は裏口を使うが、その隣には見事なガラス張りの温室があった。


東の部族の元族長が「コリルバート殿下には迷惑を掛けた」と、たいそう力を入れて作った温室である。


陰気な印象のあった離れは一気に明るくなり、わざわざ見学に訪れる者も多い。


 夕方、仕事を終えて自室に戻るため裏口から入ったエオジが足を止める。


離れの温室はコリルバートの魔道具が設置されていて、冬はもちろん暖かいが、夏も涼しく過ごし易い。


ブガタリアの産業として養殖している淡水魚をここで育てているからだ。


たまに王宮の使用人や兵士がこの温室でさぼっていたりするので注意していた。


「どうかされましたか、こんなところで」


今日は金髪の若い男性がぼんやりと立っている。


「ん?、妹たちが来てるからね」


離れに住むエオジ家とパルレイク家の子供たちは、王宮の王女たちとあまり年齢が離れていないため良き遊び相手になっている。


第一王子で王太子であるヴェルバートも妹である王女二人を連れて、よくこの温室にやって来ていた。


だが、ひとりというのは珍しい。




 妹王女たちに付き添っている王太子は、もうすぐ二十歳。


さすがにそろそろ妹離れしなければならないだろう。


「コリルは元気にしていますか?」


ヴェルバートはエオジにニコリと微笑む。


兄弟仲は決して悪くはない。


エオジも、お互いに尊敬し、何かあれば協力し合う理想的な二人だと思っている。

 

「はい、お忙しそうですが」


「そうですか」


まるで娘を嫁に出す父親のような、もちろんそんな年齢ではないのに、寂しそうな横顔をしている。


薄暗い温室は、まだ明かりも点けず、小赤の水槽だけがユラユラと夕陽を揺らしている。


 ヴェルバートの弟コリルバートは、三歳の頃からすでに我が道を行く子供だった。


それに比べれば、六歳の今まで大人である兄を連れ回してくれる妹たちには感謝すべきかもしれない、とヴェルバートは苦笑を浮かべる。


「分かっているんだ、弟や妹たちをいつまでも構っていられないことくらい」


ここでだけは一人の兄として、弟妹想いの青年として立っていたい。


「ヴェルバート様」


エオジは、それ以上言葉を続けられなかった。


 


 王位を継承すべき王太子として育ち、常に弟の前では見本であろうとした青年。


母親に似た金色の髪も、白い肌も、この国では弱々しく映るらしく、特に高齢の者からはいぶかしむ目で見られた。


「あの金髪の王子で大丈夫なのか。


まだコリルバート殿下のほうが頼りになりそうではないか」


ヴェルバート自身も、弟のほうがある意味では優秀だと感じている。


しかしながら、幼い頃から「王位継承権は放棄します」とハッキリと表明していた弟に対し、自分は兄として足枷あしかせにはなりたくない。


 子供の頃は、自分より小さい弟だけを守っていれば良かった。


だけど成年王太子となれば、ヴェルバートは自分が守るべきは国であり、国民なのだと分かっている。


国王である父のように力強く、王妃である母のように賢く、国を守っていかなければならないのだ。


その努力こそが弟のためになると信じている。


それでも。


「私は国を守る以前に、母や弟妹たち、家族を大切にしたい。


……我が儘だろうか」


次代の王となる青年のつぶやきを、エオジは黙って聞いていた。


これは誰かに掛けた言葉ではなく、彼自身への問い掛けだと感じたからだった。




 しばらくしてヴェルバートの護衛騎士が姿を見せ、エオジはその場を離れた。


ガヤガヤと賑やかな声が聞こえて来たので王女たちと王宮へ戻るのだろう。


その中の一人がエオジに気付く。


「ちちうえさまー」


浅黒い肌をした、もうすぐ三歳というわりには大柄な娘が駆けて来る。


「おうっ。 アヴェ様やセマ様に遊んでもらったのか」


パルレイク家の五歳になる息子も一緒にやって来て、ウンウンと首を縦に振った。


エオジは二人の頭を撫でながら王女たちを見送る。


金色の髪の若者は先ほどとは打って変わり、朗らかに笑っていた。




 おそらく、これからは大国イロエストとの交流が増える。


ヤーガスアという国が失くなったために、ブガタリアはイロエストと国境を接する隣国になったからだ。


イロエストの現国王が実祖父であるヴェルバートにも少なからず影響は出るだろう。


エオジは娘を抱き上げる。


(これから先、うちの娘やその子や孫にまで、この国を残してやれるだろうか)


諸外国に比べればブガタリアはあまりにも小さい。


「あら、エオジ。 お帰りなさい」


長身で鍛えられた体格に浅黒い肌をした女性兵士、エオジの妻であるラカーシャルが娘を迎えに出て来た。


「おう」


エオジはパルレイクの息子も連れて中へと入る。




「コリル様に何かあったの?」


寝静まる離れの部屋で、考え込むエオジを妻が心配して声を掛けた。


「ああ、ヤーガスア領主の嫡男誕生祝いに参列されることになった」


「またか」と妻もため息を吐いた。


イロエストの王弟殿下に気に入られているコリルバートは、時々呼び出されてはヤーガスア領を訪れている。


しかも、次の呼び出しは近隣の国から主要な人々が集まる宴。


相手は大国イロエストだ。


昔からブガタリアを取り込みたがっている。


(嫌な予感がする)


コリルバート自身が何もしなくても、これまで同様、巻き込まれる可能性は十分にあった。


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