5

「付き添ってくださりありがとうございます」

 翌日、リラは隣の部屋をノックして出てきた二人に向かって優雅に礼をした。

『元気そうで良かった』

 二人は荷物をまとめて部屋を出た。出るときに顎が外れるのではないかと思うほど驚愕したヴルターがアクイラを凝視していた。アクイラはそんな目で見られていることに気がついていないようだった。

「どうかしましたか?」

「転けなかった……いや、なんでもない。行くか」

 何度も首をかしげ、本当に何でも無かったように通常運転に戻った。どうも、アクイラが転ばなかったことがそんなにおかしな事だったらしい。

 主にお礼と代金を支払って一行は宿を後にする。予定ではもう帰っているはずの娘を迎えに来る者はなく、珍しいもの見たさに窓から覗く顔に見送られて豪華な城門へ向かった。

「今度こそご案内しますね」

 少し仲良くなった三人は色々な話をしながら城へ向かって歩いていった。あまりの楽しさに時間があっという間に過ぎ、遠いはずの城へは一瞬で着いてしまった。

『別世界みたいだね。庭がすごい綺麗』

 門の中と外では本当に同じ西なのか疑うほどの違いがあった。得た税を全て城につぎ込んでいると言っても違和感がないほどだ。門番がリラを見て門を開けようとしてピタリと立ち止まった。後ろの二人のことを見つめている。

「友人だ。通してくれねえか」

「ご友人ですか?」

 門番はリラに友人がいたことに驚いていたが、流石に情報の伝わりにくい地方の者とはいえどアクイラの白髪やヴルターの東家を意味するフェイスペイントで身分がわかり門を開けてくれた。

『領主様にはリラの友人のヴルターとアクイラが謁見したいと言ってるって言ってもらえるかな。フルネームは言わずに、友人と言うことを強調して』

「貴族様の立場は明かさなくてよろしいのですか」

「まあまあ、言うとおりにしてくれよ。貴族なら名前知らねえわけないから」

 リラは固まったまま動かなかった。二人の客人は今すぐにでも殴り込んでいきそうな怖い顔をしていたのだ。

 報告を終え駆け戻ってくる門番が謁見を拒否したと伝えた。リラでさえ知っていた二人の名前をずっと領主をしている母親や姉が知らないはずがない。予想外な結果にリラは絶句して姉と母に直接伝えようと城へ走って行った。アクイラとヴルターは門番のばつの悪そうな「この先にはお通しできません」を無視してリラの後を追った。 

 男の足ではヒールのリラにはすぐに追いつく。アクイラはリラを制止して並んで歩き、ヴルターは両手に拳鍔を嵌めながら全速力で追い越し正門を破るように開けた。

「おいおい、俺達を追い払おうだなんて良い度胸じゃねえか婆さん、東と中央を敵に回すなんてなァ!……あれ、誰もいねえじゃん」

「ヴルター様やめてください!」

 城を乗っ取る勢いで怒鳴るヴルターの声が広い城中に響く。傭兵が戦いの予感に次々とやってきて、ヴルターの後ろにいる神を見て慌てて武器を捨て頭を垂れた。アクイラは声を出さず腹を抱えて笑っていた。

「んだよ主人の敵だろうが情けねえ」

 ヴルターは暴れる気満々でメリケンサックをつけていたのだが誰ひとりとして立ち向かってこないことに口をとがらせた。

 西の者達はカンデラリア家に仕える意味など持ち合わせていない。傭兵達も金が手に入るから雇われているだけで、忠誠心があるわけでも何でもない。この国の人間なら誰しも知っている、白髪の者は神であるアーデアの子孫で王族であるという常識に忠実であった。

 騒ぎが収まった頃に階段から真っ赤なドレスを着た中年の女性が降りていた。領主である。アクイラはそっとリラを自分の背中に隠し、ヴルターは胸に手を当てて略式の礼をし、面を上げるやいなや暴言を吐いた。

「まさか私達の名もご存じないとは。私はヴルター・オルト・フェルナンデス、東領主の次男でございます。そして此方におりますのはアクイラ・ロサリオ・グティエレス。……説明の必要はありますまい」

 パキッ、と石が割れる音がした。アクイラの指先が白く光り細い糸が現れる。糸は意思を持っているかのように形を変え、文字になった。アクイラの持っている異能のひとつ、糸操権である。先程握って割った魔石は高いのでコストはかさむが、ノートと違って話すのと同じくらいの速さで意思疎通ができる。

『王から大事な話を預かってるんだ』

 身分が分かった途端急にかしこまったカンデラリア領主が階段を駆け下りて青い顔で礼をし、それから二人を客間へと案内させた。

「私は支度をしてから向かいますわ。ゆっくりくつろいでお待ちくださいませ。リラ、あんたまたそんな悪趣味な色のドレスを着て行ったの?私が親切にも貴女にあげた赤いドレスはどうしたの」

「それは……お姉様に……」

 アクイラの後ろに隠れながら視線を落とし小さな声で口答えをするリラに母親は目もくれず、「恥さらし」と言い放った。

『おいで』

 アクイラは客室へ行こうとする二人とメイドの背中に会釈をして自室に戻ろうとするリラに、ワイヤーで作った文字を飛ばし呼び止める。しかし、リラは来る気がないというように首を振った。

「私はあの部屋に行ってはならないので……」

「あんなみすぼらしい子と関わらないでくださいませ」

 引き留めようとするアクイラの前で領主はためらうことなく自分の子を「みすぼらしい」と言い放った。頭に血が上ってつかみかかろうとするヴルターの服をつかんで止める。

『リラに話がある』

 領主はまっすぐ目を見て言うアクイラに舌打ちをして二階へ戻っていった。

「……今回だけよ。失礼なことをしたら追い出すわ」

「は、はい」

 リラは駆け足で三人を追い、三人から少し離れた場所を歩いた。ヴルターが気にするように振り向き、手招きすると会話はできる程度まで近づいた。アクイラは新しい石を割ると歩きながら手のひらの上で小鳥を作り、羽ばたかせる。小鳥は外めがけて飛んでいき、ガラスに当たって糸に戻り消えた。

『窓閉まってたんだ……』

「見えねえのか」

『うん。よく見たら閉まってた』

「ったく。魔力あんまり無駄遣いすんなよ、中央じゃねえんだ」

『はあい』

 リラはじっとその様子を見つめて目を輝かせていた。

「あの……もう一度見せてくださいませんか」

 笑ってごまかしたアクイラにおずおずと声をかける。そうしている間も糸でできた鳥が消えてしまった窓を見つめていた。

『鳥が好きなの?』

 先ほどと同じように指から出た糸を操って小鳥を作り、リラの指の上に止まらせると恥ずかしそうに、とても嬉しそうに笑った。

「かわいくて。それに、大空を自由に飛ぶのが羨ましいのです」

 その小鳥を客室に着くまで大事に持っていたが、メイドが部屋を出て母親の足音が聞こえてくると窓を開け、外に飛び立たせてしまった。大空に解き放たれた鳥はゆっくりとほぐれて糸になり消えていく。

『後でもっとすごい鳥を見せてあげるよ。ね、ヴル』

「ああ、そうだな」

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