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 次の日リラは青いドレスを身にまとい、何もせずただついてくるだけの侍女を連れて城を出た。侍女は胸に赤い花の刺繍をした赤いワンピースを着ている。豪華な彫刻のなされた馬車に乗り、城から数百メートル先の広場へ向かう。半年に一度だけ行われる庶民向けの演説会がそこで開かれるのだった。それを押しつけたレーナは「良かったわね、パーティーに行けて」と言ったが、当然行きたくなかっただけだ。その理由は会場の様子を見ればすぐに分かるだろう。

 ぼろきれのような服をまとった群衆の前で華美な馬車が止まる。ドアを自分で開き、足を馬車の外に出した瞬間に止まる談笑や浮かぶ畏怖の表情、小さく聞こえる舌打ちにリラは眉尻を下げた。決して手を出してくることはないが、領主を認めていないというのはよく分かる。リラであればまだ耐えられるのだが、これが貧乏な領民を卑下しているレーナや領主である母親であったら激怒して一通り領民を馬鹿にした後すぐに帰ってしまっただろう。

 馬車の中から侍女が出てくることはなかった。馬は仕事を終えたと満足げにいななき、リラ一人を置いて帰って行ってしまった。

 しんとしたボロボロの人だかりに向かって、地味とはいえど良い布地のなめらかなドレスを着た少女が話を始める。上半期の報告、下半期の税率など、とても領主の次女が行うものではない事務的な報告を淡々とする。カンデラリア家には金にしか興味の無い傭兵以外誰も従わない。だから王が各領主にすべきと定めた、本来下の者にやらせる事務的なことも全て自分たちで行う必要があるのだった。

「これからも……よろしくお願いいたします」

 一言話す毎に飛んでくる罵声を苦虫を噛み潰したような顔をしながら無視する。最後の言葉を終えると領民は口々に罵声を浴びせた。お前達の暮らしのために働いてるんじゃない。自分たちには何の見返りもないじゃないか。などもっともすぎる苦情にリラはカンデラリア家らしく「私たちは西の地の窓ですから、貴方たちのように醜くあってはならないのです」と弱々しく吐いて強引に会を終わらせた。ここで思った通りに「ごめんなさい」等言ってしまってはさらに怒りをぶつけられ、挙げ句の果てに後で親に誇りを汚すなと言われ酷い目にあう。自分の意見は封印しておくのが得策だということはよく知っている。

 誰もいなくなった広場の真ん中で帰るまで時間を潰す。どうあがいても避けられない仕置きから逃げるため次の日まで帰らないこともあったが、強引に連れ戻された時に待っていたのはいつもの数倍辛い拷問だった。

 壊れた髪飾りについた宝石を二束三文で売り、それで買ったジャムクッキーをちょっとかじった。美味しいな、と無理に笑いながら地面のレンガが濡れていくのを見つめていた。

「おい」

「申し訳ございません!」

 棘のある男性の声にびくりと肩をこわばらせた。邪魔だから退け、帰れ、などの罵声が飛んでくると思って反射的に立ち上がり、流れるように頭を深々と下げ、立ち去る前にちょっとだけ声の正体を見た。

「えっ」

 立っていたのはリラよりも一つか二つほど年上の短い茶髪の男子と、それより少し背の高い長い白髪の男だった。茶髪の方は動きやすい麻服に金色の高そうなブレスレットをつけており、頬には鳥模様のタトゥーがある。白髪の方は左目を包帯で覆い、薄紫色のジャケットを着崩している。そして、指や耳にこの世界で一番高価な紫の宝石のアクセサリーをつけていた。

「ヴルター様に、アクイラ様……」

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