君の太陽になりたい
コルヴス
君の太陽になりたい
1
地上世界の日の昇る方向、世界の北を上にして右、西に位置する自然豊かな地。北西になるにつれて標高が上がり森が増えるが、西の大半は平地や緩やかな斜面にある大きな畑地だった。南側から吹く風は湿気を含み、その空気が山岳に当たることで雨が多い地域だ。実際に足を踏み入れるとあまりに大きな畑に圧巻され、西の広さに息をのむ。しかし地図を見ると中央の次に小さいのが見て取れる。
それは北を鉄器という門外不出の武器を持つフリースヴェルグ家、南を太古の昔から治めてきたアークトゥルス家、中央をこの世界の全ての領主を従えるグティエレス家の三強に囲まれていることが原因の一つである。
もうひとつ、本当はこれが主な理由なのだが、西の貴族である二つの名家、カンデラリア家とクレベランディ家がよく抗争を行っているのである。二つの家は言い争いに殆どの時間を使い、領地にまで気が回らぬうちに北や南に横取られてしまっている。横取られているという言い方はいささか西中心の物事の見方になる。客観的に見ると横取られているのではなく、愛想を尽かした領民が勝手に北や南に土地ごと差し出しているのである。
現在西を統治しているのはカンデラリア家である。華美な生活を好ましく思っている宝石好きな一家は、緩やかな時間が流れる豊かな地には不釣り合いな大きく装飾の多い城を領地の真ん中やや東寄りに構えている。三十年程前に領地をクレベランディ家から取り返してからカンデラリア家は目に見えて裕福になり、反比例するようにカンデラリア城周辺の領民や活気が消えていった。多くの領民はカンデラリア家から逃げ、統治を行っていないクレベランディ家周辺に移り住んでいるのだった。それでもカンデラリア家は気にすることはない。どこにいようと西の民からは多額の税金を搾取できるのだから。
「リラは赤いもの身につけちゃだめって言ったでしょ!ぜんっぜん似合わないもの」
カンデラリアの城の二階の廊下、金髪に近い茶髪の少女が一回り小さな女の子の赤茶髪についた花飾りをむしり取り、赤いカーペットにたたきつけながら、ヒステリックな声を上げた。
「ごめんなさいレナ姉様、もうしませんから、許してください」
赤茶髪のリラと明るい茶髪のレーナ、二人の姉妹は現在の西領主の娘だ。
姉のレーナはカンデラリア家にふさわしい華美でキラキラした物好きで、カンデラリア家を象徴する赤を特に気に入っていた。
妹のリラも赤は好きだが、姉が自分より妹が華美になるのを嫌っているために赤いものを持つことを禁じられている。仕方なくリラは青く装飾の少ない地味なドレスをまとっていた。
髪飾りと共にむしり取られた長い毛髪がカーペットに落ち、リラが痛みに頭を押さえる。レーナは汚いものを見るようにリラを睨みつけ、花飾りを踏み潰してしまった。
今回の虐めは、数年前リラがレーナに秘密で手に入れた小さな赤いバラのヘアピンを外し忘れて自室を出てしまったことから始まった。しかし、たいした理由がなくてもレーナは自分にはない赤っぽい髪に嫉妬し、何かとケチをつけて虐めている。
一通り叩いて満足したレーナは本来自分の仕事であるパーティーへの出席をリラに押しつけ母親のところへ駆けていった。
膝の先でぐしゃぐしゃに潰れたバラをそっとかき寄せた。それは以前ある人に買って貰った大切なものだった。
もはや慣れっこな痛みにため息をつき、リラは壁に手を突き立ち上がる。そして大切な髪飾りを奪われた悲しみと頬や頭の痛みに顔をゆがめ浴室に駆け込んだ。冷水ですぐに冷やさなければ痣が残ってしまう。そうしたらカンデラリア家の人間としてふさわしくないと言われるに決まっている。だったら叩かなければ良いのにと肩をすくめた。
(母様や侍女は赤いものを身につけないといけないと言うのに、姉様はこう言うのだから……私はどうすれば良いのです?)
冷えた水で絞ったタオルを頬に当て、眼から流れる雫を受け止めてへたり込んだ。
「これが私の運命というなら、神様なんて消えてしまえば良いのに」
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