第29話―堕天使ルシファー

 ―ヘルダーリン皇国南側氷結の森


 キンッ 


 バシュッ


 そこでは既に勇者としての才覚に目覚めたセーヤが皇国で新たに編成された勇者部隊総勢10名と共に氷結の森に住まう魔物達を討伐している最中だった。


 この森は低レベル帯の魔物はあまりおらず中から高レベルの魔物が跋扈し、レベリングにはもってこいなのだがレベルの高さ故のリスクが常に伴い、気を抜けば常に死と隣りあわせであり勇者部隊の面々はそのほとんどが高レベルの騎士、または一般の公募で来た高レベル冒険者立ちなのである。


 部隊のロールは剣と盾で戦う勇者を筆頭に剣士2名遠距離の弓術士が3名デバフ兼範囲攻撃の魔法職2名、索敵役の隠密が1名治癒とバフ専門のヒーラーが2名と言った構成で、その全員がレベル400~800のベテラン達である。


 部隊の隊長は索敵役の隠密で、職業はレベル800のシノビ ラルフ・ジーベル。


 シノビという職は刀のような剣と鎖鎌、刃渡り5センチ程のクナイを投擲し、装備は全身黒いライトアーマーのような物に黒いバラクラバを被っている。


「勇者様。そろそろ討伐数も300を超えますが、この辺で一度休息を入れましょう。部隊の奴らも疲弊しているようですし」


「ああ、ラルフさん。そうですね」


 ラルフは森に入る前に全員に配った通信の間道具で


「これより一旦戦線から離脱する。此処より北側500メートル辺りに防御結界を展開。そこに離脱した者から集合」


 すると、既に離脱の準備を終えた隊員たちは一斉に結界の場所へ走り出したのだった。

 ラルフはヒーラーから離脱させて最後の勇者までそこに留まった後、全員離脱を確認して勇者を護衛しながら退避した。


 退避場所では既に防御結界が張られ、隊員夫々が鎧の補修や次の戦闘に備えてHP,MPポーションを呑んでいたりと様々だ。

 勇者セーヤも国王より賜った国宝の鎧と剣を同行している付与の出来る魔術士に修繕してもらっていた。


「勇者セーヤ殿。結構な数の魔物を討伐しましたが、現在のレベルはいかほどになりましたかな?」


 ラルフがこの討伐に同行している任務の1つに勇者の成長を見届けて国王にその過程を伝えるというものがあり、此処でのレベリングは魔物の強さから通常500前後が限界なのでレベル500を目処に狩場を変える必要がある。


「えっと……。自分のステータス情報では現在680ですね」


「は……?680?そんな馬鹿な。レベル1から初めてまだ2日目ですぞ!いくらなんでも……」


 そこに同行中のヒーラーで他人のステータスを読み取る事の出来るカタリーナが


「いえ、ラルフ様。勇者様のお言葉は事実です。現在レベル680で間違いありません」


「なんと……」


 通常レベル600に達するには経験値ブーストの加護を持った人間でも最低1年は掛かるのだが、それでもかなり厳しい修行の後に達成できるか出来ないかであり、これだけの大部隊で討伐すればやはりパーティーメンバーと経験値を分け合う事になるので、ラルフの考えでは半年以上掛かるだろうと踏んでいたのだ。


「ラルフ様。多分ですが、勇者様の称号欄にある《勇者の紋章》が影響しているのかと」


 初めて効いた《勇者の紋章》という称号に戸惑いを隠しきれなくなったラルフは


「カタリーナ……。それはどういった影響をもたらしているのか?」


「はい、説明にはこう書いてありました」



《勇者の紋章》


 勇者の称号を持つ者に成長促進を図る

 魔物及び敵対する者の討伐時経験値がランダムで1千~1万倍になる。

 レベル1000以上は2倍に固定。


 ラルフはその説明を聞き驚愕の眼差しで勇者セーヤを見ていた。

 なぜなら、ラルフも経験値ブーストを授かっているがそれは3倍程度のもので、此処までのレベリングでもかなり危険な目に遭って来たのだが、勇者とはこんなにも簡単にレベリングができるという事に少し嫉妬する自分がいる。その嫉妬心から下唇を少し噛んだ後


「は……ははは。では、狩場は変えずに此処で1000まで達成できましょうぞ。その成長速度であれば後3日くらいですな」


 セーヤはラルフの物言いに少し引っかかる所があったが、今はレベリングを優先し早々に国に貢献するのが先決だと考えて、そこには触れないようにしたのだった。



 一方その頃大智達は村長の館に招きいれて貰った後、少し広めの部屋に10人ほどが対面で座れるちょっと豪華な対面テーブルにベルゼブブと大智達一行が対面して座り、今後の事に付いて話し合っている最中だった。


「で、ベルゼブブ。これからも堕天した者を受け入れるとして、それをさっきの様な使役をするのであれば、これは見過ごす訳にはいかないのだけど……」


「おお……神よ。私は貴方様の浄化によって悪の要素は取り除かれました。従ってもう二度とあのような事は致しません」


 大智はいわれなれていない「おお神よ」がどうしても引っかかるので


「君の気持ちはわからんでもないんだけど、その、おお神よ、ってのはやめてくれないか……」


 するとベルゼブブはきょとんとした顔で


「我々は神に対して真名で呼ぶ事は出来ません。これは神界において絶対的な決まりなのです。私は元は大天使ですがあくまでも今は堕天使です。堕天使が上級神の真名を口にする事は絶対にありません」


「そうなのです。大ちゃんはゼウス様より神格を経て今は神の一人となっているなのです。」


 ミネルバに詳しく聞いたところ、天使は神に付き従う存在で、人間に神の存在を感じさせる為の橋渡しをするのが本来の役目であり、又、人間の信仰や祈りを神の元へ届ける事もまた天使の役割なのである。だから、今目の前に神がいるのであればそれが全てであり、今の状態のベルゼブブにとっては神の1人である大智に付き従う事は当然であり、当たり前の事なのだそうだ。


「話はわかったよ。で、他に使役した天使などはいるのかい?もしかして此処の村民も?」


「いえ、村民たちは堕天したものがほとんどで、そのほとんどは下級の天使たちです。力が弱い為保護しないと今代の魔王に見つかれば直ぐに悪魔になってしまうのです。そして、下級天使がそうなってしまうともう二度と天使に戻る事は出来なくなってしまうのです」


「なるほどな。で、今代の魔王とは?」


 その時室内に禍々しい魔力と共に一人の男が転移して来たかのように姿を現せた。


「それは、私が説明しよう。」


 その男はすらっとした出で立ちで高貴な貴族の装いをしていて、顔は眼光の鋭いワイルド系のイケメンである。

 その男を見たベルゼブブはスッと立ち上がると跪き頭を深く下げた。


「ルシファー様お早い帰還で」


「うむ……。女神アテーナー様。貴方の御前に私のような愚か者が現れてこうして声を掛けたこと心よりお詫び申し上げます。

 大智様。お目汚しになりますが私はルシファーという愚か者でございます。しかし、現状の説明は私の方からさせていただけますよう御慈悲をお願いします。」


 そう言い放つと、ルシファーはミネルバと大智、幸希に跪き深く頭を下げたのだった。

 突然のルシファー出現に驚いていた大智だったが、そこにミネルバから心話が届いた。


「「大ちゃん。この者には常に上から目線で横柄な態度で接して欲しいなのです。本当に変わったのか見極める必要があるなのです」」


「「え……。ま、まあやってみるよ。」」


 正直大智は他人に横柄な態度をとったりするのは苦手なのだが、このルシファーは元天使でも今現在はまだ堕天使なのだから、真に心を入れ替えてもう二度と神に逆らう様なことをしないかどうか見極める必要がある。そう考えた大智は意を決して


「フンっ……。お前ごときが何の説明をするんだ?堕天使の分際で俺達の前に現れやがって。くだらん話であれば即刻消滅させるからなぁ!」


 大智がそう言い放つと、釣られた幸希も


「下賤の分際で神の御前にその薄汚い姿を現しおって!下らん事を考えた瞬間に消し炭に変えてくれよう!」


 ミネルバは黙ったままだが、そこまでのことを言われても跪き更に深く頭を下げたルシファーに大智と幸希はなんだか気の毒になってきてこれ以上は罵るのをやめておいた。


「話を聞いていただけるという慈悲を賜った事、心より恐悦至極でございます。」


「いいだろう。ただ、声が聞こえにくいから対面に座って話すことを許可する」


 大智は今まで他人に対してとった事の無い態度をした事に凄く罪悪感を覚え、跪いたままの対話では悪い気がしたのでせめて椅子に座らせてあげたかったのだった。


「では、失礼します。」


 そういい終わるとルシファーは大智達の対面の椅子に腰を下ろした。








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