第28話―堕天使ベルゼブブ

 ―ヘルダーリン皇国 皇室謁見の間

「なにっ! それは誠か!」


「はい。勇者様は先程の訓練中に勇者の力に目覚められたようで……。近衛騎士団長のアルベルトと手合わせをしましたが一瞬の内にアルベルトを負かしてしまわれました。」


 皇室謁見の間では国王ハルトヴィヒが勇者付けの執事兼教育係のラルスより訓練中の出来事の詳細を聞かされていたのであった。

 あまりにも早くに勇者としての頭角を現したセーヤに国王をはじめ長官や各士長たちも驚いた様子で、その後の対応について早急に話し合う必要性があるのだが何分勇者セーヤをこの国に縛り付けているのはラルスのスキル『洗脳』のみであり、これが何らかの拍子に解けてしまえば全ての記憶が蘇ってしまい、折角召還した勇者が皇国の策略に意を唱えかねない事態に陥ってしまうのだ。


 そのためにも皇国の上級魔道士達に洗脳が解けないよう何重にも魔術でロックをかける必要がある。

 国王ハルドヴィヒは


「早急に魔術士達を招集し、速やかに洗脳のロックを重ねがけさせるのじゃ!その後皇国軍勇者部隊を編成し騎士団と共に南側の氷結の森にてレベルアップを図れ」


「は!」


 こうして勇者セーヤを取り巻く環境が大きく動いていったのであった。



 一方その頃大智一行は着いたときに出会った女性を探して村の中を歩いていたのだが、先程とは打って変わって人を見かけなくなり大智は少し困惑している所だった。


「誰も居ないね……」


 村人の住居のような小さめの木造家屋は所々あるのだが、明らかに誰も中に居ないような……人の気配が全く無く、一行は何やら狐につままれた気分になっていた。

 大智のとなりを歩いていた幸希が


「ねぇ大ちゃん……何だか不気味だね……。さっきまで畑とか道端にも人いたよね?」


「ん?んー……。何か変だね」


 そんな会話をしているとニズが大智に


「ふむ。これはアレじゃな。大智殿の神力を察知したのぅ」


「神力?」


「そうじゃ。して、ここの村は既に魔族に支配された土地なのかもしれん。大智殿の神力があまりにも強大じゃて、魔族も怯えてしもうたのぅ。こうなってはもう姿は現してくれんじゃろうから困ったものよのぅ」


 正直困った。

 魔族の存在がちらほら出て来ているが、それを調べようにも此処まで隠れて誰も出てこないのであればどうする事もできない。

 手荒な真似はあまりしたくは無いのだけれどやはりさっきの村長の屋敷に戻って話をさせてもらうしかないのだろうか?

 さっきの態度から言うとまず何度行っても門前払いだろうし何か言い方法はない物かと頭を悩ませていたらリッキーが変なことを言い出した。


「主様。オイラこの辺でよく暇なとき魔物を玩具にして遊んでたんだけど、こんな村初めて見たんだよね。結構広範囲で索敵して遊んでたから村があれば気づくと思うんだけど……」


「ん?リッキーが気づかない事は無いだろうから急に出来た村って事なのか?」


「たぶんね。あの頃は3日くらいぶっ続けで遊んだりしてて街に帰るの面倒臭くて野宿したりしてたんだけど、こんなとこに村があれば此処に泊まってたと思う」


 そうなれば急に出来た村で間違いないんだけどやはりさっきの村長さんの館で聞いてみるしかないな。


「とりあえずこのまま歩き回っても収穫は無さそうだからもう一回さっきの村長の館に行って見ようとおもう。なるべく穏便に済ませたいんだけど向こうの出方次第では……助さん格さんちょっと懲らしめてやりなさい」


 大智は真面目に言っていたのだが途中から何だか恥ずかしくなって最後のセリフが少し小声になってしまった。

 それを見ていた幸希は


「アハハハハハっ大ちゃんのそんな表情久しぶりに見た!」


「恥ずかしいからそこはそっとしておいて……」


 他の一行はその様子を微笑ましい様子で見届けていたのだった。


 その後一行は再び尊重の館に到着すると先程とは打って変わって両開きの門は全開になっていて、何やら門から入って直ぐの玄関付近にメイドが6人ほど並んで此方を見ているようだった。

 その様子を見てミネルバが


「大ちゃん少し気をつけるなのです。この者達は魔族だけど元々は神界の者なのです」


 それを聴いた瞬間、ずらりと並んだメイド達は一斉に天使の姿に替わったのだがそれは純白の天使とは言いがたい黒に近いグレーの羽

 、黒いフリルドレスの様な衣装に金属鎧が混ざっており表情は悪魔のそれに変化してとても元であっても神界に居た者の表情ではなかった。

 その天使たちは体制を整えた後一斉にこちらに向かって攻撃を仕掛けてきたのだが、元々好戦的だったリッキーは瞬間的に一番先頭の剣と盾を持った天使の前まで行くとそのままの勢いで顔面に右ストレートのパンチをお見舞いした。


 その光景は正にゲームとかでよくあるスローモーションで天使がボクシングの試合でパンチを受けて後ろに仰け反った状態で飛ばされている様な光景だった。大智は思わず「KO!」と叫んでしまった。


 殴り飛ばされた天使は大の字で仰向けになっていて呼吸はしているようだがピクリとも動かなくなった。

 それを見た他の天使たちは一斉に此方に飛び掛ってきたがリッキーが動く前にいつの間にかニズが最前線のリッキーと同じ位置に移動していて夥しいほどの殺気を一瞬で発生させその威圧を受けた天使たちはその場から動かなくなった。


 幸希は戦神の顔でその様子を見て剣を手に取り一歩前に出ようとしたのだけどミネルバが幸希の手を引っ張って


「殺してはだめなのです!この子たちは呪術によって使役されてるだけなのです!大ちゃん!『浄化』なのです!」


 ミネルバがそう叫ぶと幸希は戦神の顔から普段の表情に戻り、大智は『浄化』を創造してそれを天使たちに行使した。


 すると浄化の光に包まれた天使たちは先程とは打って変わって本来の純白の天使へと変貌したのであった。


「うまく言ったのかな?そこのKOされた子は後でヒールでいいかな?」


 ミネルバはその天使たちに駆け寄っていくと天使たちもミネルバに駆け寄っていきその場でミネルバも天使達も皆泣き崩れてしまった。


「怖かったなのですか?もう大丈夫なのです……もう自由なのです」


 その様子を見ていると元々天使ではなく天使だが邪悪な存在の呪術によって強制的に闇落ちさせられていただけなのだろうと安易に想像がつく。


 この邪悪な存在は多分この館の中に居るのだろうと大智が近づこうすると、館のドアが バンッ と開かれ先程の横柄な執事が現れた。


「これはこれは……。よくもまあ私のペット達を随分と可愛がって頂いたようですね。脆弱な人間風情が……死を覚悟しなさい!」


 そう言い放つとこちらに向けて魔力弓のような物で弓を射ってきたのだが、幸希がその弓を剣で縦に真っ二つに切り伏せてしまった。


「ふんっ!そのような子供の玩具が我々に効くとでも思ったか下賤!もっと本気で参れ!」


 幸希は既に大戦神に変貌しており、その殺気は先程のニズを遥かに上回るものだった。天使たちは再び殺気を浴びた事によって完全に萎縮してしまい、ミネルバの後ろに隠れるように避難していた。


「いやはや。何かと思えば貴方様からは何故か懐かしい力を感じますね。ではこれならどうでしょう。出でよ我が眷属!」


 その執事が両腕を天に向かって突き出すと背中から透明な羽が現れて、上空に夥しい数の魔力の羽虫が出現した。


 その夥しいほどの羽虫はリッキーとニズを包み込むと何か攻撃を仕掛けているようだが、リッキーは「このハエめんどくせぇ」と言いながら手で払いのけていてあまり個々の攻撃は強くないようだった。


 大智は魔力で出来ているのであればどうにかなるかなと思い徐にその羽虫の大群に聖剣ジュピターを向けて『吸収』と唱えた。


 すると見る見るうちにその羽虫を吸収していきあっという間に羽虫の大群は全て吸収されたのだった。

 その膨大な魔力を吸収した聖剣ジュピターは青白い炎を纏っていて

 この状態なら何故かこの男も浄化出来そうに思った大智はその男目掛けて一気に剣を振り下ろした。


「グオオオ……貴様!」


 大智の聖剣によって浄化された執事は青白い炎に身を焼かれていたがだんだんと黒い執事の服から純白の服に変貌して行き炎がなくなる頃には神界の者の様な風貌になっていて、正気を取り戻すとそこにミネルバが寄ってきてその執事にこう言い放った。


「正気に戻ったなのですか?バアル・ゼブル。何故このような所に居るなのですか?何か企んでいるなのですか?」


 するとその男はミネルバの下に駆け寄ると跪いて


「申し訳ありませんアテーナー様。私は主の命によりこの地で堕天してきたものを受け入れており、決してこの世界をどうこうしようなどとは思っておりません。そして今の名はベルゼブブと申します。」


 大智は良く分からない事が多かったのでミネルバに聞いてみると、

 元々このバアル・ゼブルという天使は神界の者で大天使ルシファーと共に神界で謀反を起こし主神ゼウスの手により堕天させられたのだ。その堕天した時に名前をバアル・ゼブルからベルゼブブに変えられたのだとか。


「主は今もあのルシフェルなのです?」


「はい。しかし、ルシファー様は変わられました。堕天した時のあの戦いから一時はこの世界の魔王に君臨しましたが、今から約1000年前に当時の勇者に破れ眠っておりましたが、300年ほど前に急に復活されまして……その時に私も配下と共に魔王軍から縁を切りまして、ルシファー様と共に堕天したものを此処で受け入れて居るのです」


 なんとなく事情がわかったので、一応人物鑑定をしてみると


 名:ベルゼブブ(旧名バアル・ゼブル)

 LV:5000

 属性:天使族(元堕天使)

 称号:元大天使

 元魔王軍元帥

 ハエの王(気高き王)

   神力によって浄化されし者

 ステータス:神罰により封印中

 スキル:神罰により封印中

 絶対防御(神力を除く)

 神力による懲罰継続中


 となっていた。


「ミネちゃん。ベルゼブブのステータス読み取ってみたら悪そうな要素が無いみたいだけど……」


「それは大ちゃんの浄化のお陰なのです。『アカシックレコード』ってスキルで見てみると浄化前のステータスが見れるなのです」


 大智は早速スキル『アカシックレコード』を創造してもう一度見て見る事にした。

 これで以前のステータスを見るには少しコツがいるようで、「何時頃のステータス」という様に時間を指定すればその時のステータス以外にも記憶や思想、行動まで読み取れるようだ。


 そこで以前ルシファーと共に魔王軍を率いていた頃を覗いて見ると


 名:ベルゼブブ(旧名バアル・ゼブル)

 LV:5000

 属性:堕天使

 称号:魔王軍元帥

   ハエの王(気高き王)

   大量殺戮者・全ての生物の敵

   10万の配下を率いる者

   神を殺そうとした者


 となっていて、そのほかのステータスやスキル等は見るのも嫌になるくらい極悪なものだった。


「すげーなこれ……。浄化されて何か変わった事ある?」


 すると、スッと立ち上がって大智の元に歩み寄ると、跪き両手で大智の手を取り手の甲を額に当てて


「おお神よ……。貴方様の浄化で何の不具合がありましょう。一度ならず二度までも神に背いた懲罰、喜んでお受けいたします。死ねと言われれば即この場で自らの命を差し出しましょう」


「いやいや……そこまでしなくていいけど。これからの事はきちんとしておかないとな」


 いくら魔王軍と縁を切ったと言えどこれからの事やルシファーへの対応、この村の事等じっくりと話し合う必要がある。

 玄関前で話し合うことではないしそろそろ日も暮れて来る頃なので今日はこの館に泊めて貰う事にして大智一行は館に案内された。

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