第27話―助さん格さん

 その頃召還された勇者セーヤは勇者としての振る舞いから戦闘に到るまで教育係のラルスに徹底した指導を受けている最中だった。

 セーヤが勇者として召還されてから既に何日か経っているが、称号に勇者とあるだけで各ステータス面は常人よりは遥かに高いのだがこれと言って突出した何かは未だ見出せていなかった。

 それを聞いたヘルダーリン国王ハルトヴィヒは王座に座り頭を抱えていた。


「あの勇者なる者の力はまだわからんのか!」


「はっ!今現在近衛騎士団と共に研鑽に励んでおりますが、まだ何も報告は上がってきておりません。」


「ううむ……。まあ良い。このまま何も無しというわけには行くまい。いざとなれば最前線に立たせて捨て駒のように扱え!」


「御意!」


 勝手に召還しておいていざとなれば捨て駒にするというと聞こえが悪いが、勇者召還とはこの世に存在する魔物を召還するのとは違い、異世界からの勇者召還ともなれば国家予算から莫大な資金を投入し1年以上の準備期間を経てようやく出来る。

 その召還も必ず成功するわけではなく、ガチャやくじのように何が出てくるかは召還しないとわからない所謂ギャンブルの様な物なので今まで何度か行なってきたのだが、これと言った突出した勇者は現れなかった。

 今回は必ず成功させる為、国家予算のほぼ半分に相当する資金と2年半という準備期間を費やしているのでその期待度は計り知れない。


 その頃皇室専用の訓練所では勇者セーヤが近衛騎士団と合同練習をしていて、朝から休憩も無しに稽古に励んでいて何度も手合わせをして体中痣だらけになっていた。


「セーヤ様そろそろご休憩をなさった方がよろしいかと思われます」


 勇者セーヤは座学においてこの国の希望であり救世主である事をラルスのスキル『洗脳』により深く刷り込まれており、自分の命と引き換えてもこの国を守るのが使命であり運命なのだと心の底から思うようになっていて、その姿勢は勇者そのものであるが未だ自分のスキルや能力に気づいていない様子であった。


「いや!休憩は取らなくていい!もっと……もっとだ!」


 そう叫びながら額に汗を流し剣を振るその姿に近衛騎士団達とラルスはあっけに取られてしまっていた。


“なぜだ!なぜ俺がこんな事……!でも……俺が頑張らないとこの国は終わってしまう!早く能力を開花させないとっ!”


 その時であった。

 勇者セーヤの振り下ろした剣が訓練所の大理石で出来た床を見事なほどに左右にパカっと割った。

 その様子を見ていた近衛騎士団とラルスは一瞬何が起きたのかと惑っていたがセーヤのたっていた地面は割れていて国王より授かったセーヤの剣は青白い炎のようなものを纏っており、ミスリル特有の青白い剣身はクリスタルの中に稲妻が常に走っているような剣身へと様変わりしていた。

 剣を振り下ろした状態で止まっているセーヤの体は強大な魔力の純白の炎を纏い、その目からは聖属性の攻撃的な殺気が放出されていて明らかに何かが開花した様子だった。

 セーヤは体制を戻すとフーっと不快ため息をついた後


「やっとだ……。誰か手合わせをしよう。」


 その様子を見て危険と判断した近衛騎士団団長のアルベルトが名乗り出た。


「良かろう、団長の私自らが手合わせをしてやろう」


 アルベルトは近衛騎士団団長という事もあってヘルダーリン皇国では屈指の剣士でありその剣技はこの国で最強とも言われるほど。

 そのアルベルトがセーヤの放つ殺気に逸早く気づき咄嗟に団員を守るため名乗り出たのだ。


「そうか……。では」


 セーヤが剣をゆっくりと団長に向け、正眼の構えになると目から放出されている殺気が夥しい量になった。

 それに対峙したアルベルトはこれまでに感じたことの無い威圧感に思わず後ずさりをしそうになってしまった。


「くっ……!何だこの威圧感はっ!さっきとはまるで別人じゃないかっ!」


 アルベルトは正直恐ろしかった。

 この世に生まれ剣に生き、幾多の戦いに出向いて数え切れないほどの強敵を打ち負かしてきたが、そのどれとも違うこの殺気はまさに死の宣告を受け指先から足のつま先までを震え上がらせるほどであったが、その恐ろしさの中にも少しだけ未知の恐怖と戦えるという事に胸を高鳴らせる自分がいる事に気づいたアルベルトは剣を構えた。


「では、参る」


 その掛け声と共に自身のスキル『縮地』にてセーヤとの間合いを一気に詰めセーヤの喉元目掛けて一気に剣を振り下ろした。



 アルベルトが気づいて目を開けるといつの間にか空を見上げており、立ったまま自分を見下ろすセーヤの剣が喉元に突きつけられている光景で自分が手に持っていた剣は鍔の辺りから折れてなくなっていた。


「……参りました……。」


 その様子を目の当たりにした近衛騎士団とラルスはあまりの速さに何が起きたのか理解できていない様子だったが、アルベルトが大の字になって倒れていてその喉元にセーヤが剣を突きつけている事実が目の前で繰り広げられているのでこれを受け入れるのに少し時間が掛かったが、我に帰ったラルスは直ぐにセーヤに駆け寄り


「セーヤ様!とうとう勇者としての才に目覚められたのですね!」


 するとセーヤはアルベルトに手を差し出し、その手を取ったアルベルトを起こした後、纏っていた殺気を消すと


「どうやらそのようだな。皆ありがとう!」


 と言って深いお辞儀をし、ラルスは早速国王に報告の為に急いで謁見の準備に取り掛かった。




 その頃大智はエクムントを離れ、少し高級な馬車に乗って幸希とミネルバ、リッキーとニズを連れて北側の国ヘルダーリン皇国を目指していた。

 大智の転移魔法は一度その場に行く事が条件なので今回は皆で道中の小さな村や町に寄り道をしながら進む少しだけ旅行気分の旅となった。

 エクムントから出て北に進んだ一行はヴァーレリーに一度立ち寄り一泊してその後ヴァーレリーとランヴァルドの中間地点にある小さな村に到着した。

 その村はのどかな田舎の村で村人の多くは農業を営んでおり、村のあちこちで農作物を栽培しているようだった。

 大智は農作業中の村人の女性に話しかけてみた。


「すいません!この村に宿泊出来るような施設ってありませんか?」


 すると、振り向いた女性は大智達一行を見てパァっと笑顔になり


「此処は小さな村だからね、宿屋みたいなもんはないんだけどね。

 あ、そうそう、村長さんなら泊めてくれるかもしれないねぇ……村長さんの所まで案内してあげようね」


 女性は終始笑顔で答えてくれたのだが、ニズだけがその女性を訝しげな目で見ていて大智は少し気になったが、折角案内してもらえるという事なので甘えさせてもらった。

 村長の家はそこから歩いて10分位のところなのだが、小さな村の村長宅にしてはとても大きな領主館のような作りで、周りに点在する小さな木造の住居と比べると違和感しかなかった。

 女性はその邸宅の前で足を止めるとしっかりと閉ざされた門扉越しにメイドさんに話しかけていた。


「ちょっと!村長居るのかい?お客さんだから呼んで頂戴!」


 するとメイドさんはこちらを見て少し困った顔をしながら会釈をすると、何も言わずに邸宅に入って行った。


「これで、村長が来ると思うから泊まれるか聞いて見たらいいよ。

 私はこれで行くからね」


 女性はそう言うとそそくさと立ち去ってしまった。

 大智達は夫々顔を見合わせるとなんだかすっきりしない感じであったが、ニズだけは立ち去った女性の後ろ姿をいつまでも目で追っていた。


「ねね、大ちゃん。ちょっと変だね。なんだか目から入ってくる情報量が多すぎて違和感しかないんだけど。」


「まあ、取り敢えずはさっきのメイドさんが村長を呼びに行ってくれてるんだろうから会ってみようよ」


 そうこう話していると邸宅から背の高い凛とした顔立ちの初老の男性がこちらに歩いてきたのだが、スラリとした体型でシルバーの頭髪にモノクルを装着し、燕尾服を着ていて何処から見ても執事であった。

 その執事は門扉越しに大智達をジッと見た後


「何か御用でしょうか?生憎主様は不在でして。」


 愛想とは程遠い表情と態度で高圧的に接してくるその執事の様な男に少し憤りを感じたが大智はグッと堪えて


「いえいえ、旅の者ですが今夜はこの村で一泊しようかなと思いまして……。先程のご婦人が宿の事なら村長に相談してはいかがかと此処に案内された次第なんですよ。」


 その言葉を聞いた執事は「ハァー」と深いため息をつきながら大智達一行を見ると


「此処は村長の邸宅で宿屋ではありません。主様の不在中に勝手に他人を屋敷に入れる事も出来ませんので、どうぞお引取り下さい」


 そう言いながら執事は村の出口のほうを指さして早くどこかに行けと言わんばかりの態度であしらうように手をひらひらさせた後、さっさと屋敷の中に戻っていってしまったのだった。


「何か変な感じだったねあの執事……。」


 大智の後ろでずっと黙り込んでいたニズはミネルバと目を合わせて何かを確信したかのように大智に話しかけてきた。


「大智殿。先程の執事じゃが、アレは人間ではない。纏っている魔力の質からして魔族じゃろうて。このような所に魔族など何か企みが有るのではなかろうか?」


 それを聞いたミネルバは大智に


「大ちゃん、さっきの執事の魔力はなんだか見覚えがあるなのです。どこで見たのか思い出せないのです。」


 大智は、ミネルバが見覚えのある魔族とは何なのか疑問に思ったが2500年も生きているのだから色々な事が今まであったのだろう。だが、魔族が何故このような所に拠点を構えているのか?もしかして村長も魔族ではないのだろうか?グルグルと色んなことを考えてるうちに辿り着いたのは少し調べる必要があるという事だった。


「わかった。さっきの御夫人を探してもう少し詳しく聞いてみるべきだと思うのだけど……。」


 幸希は待ってましたと言わんばかりに


「そう来なくっちゃ!目的地に向かいながら各地で問題を解決していくとかご老公みたいだね!その場合助さんと格さんは誰がやるんだろう?」


 なんとも天然気味な幸希の発言を久々に聞いて大智は思わず噴出してしまったのだが、この話に妙に乗り気な二人が早速名乗りを上げた。


「おお!知っておるぞその物語は!ならば童は素手で戦うので格さんじゃな!」


 それを聞いた幸希が


「私は剣を使うから助さんかな?」


「では私は風車の弥七なのです!」


 一人取り残されたリッキーは物語を知らないからか皆が何の話をしているのかわからないらしく焦ったように


「え!オイラは?それどんな物語なのかな?オイラ全然わかんないや。」


 すると、少し悪い顔になった幸希がミネルバ、ニズと顔を合わせた後リッキーに配役した。


「もちろんリッキーにはピッタリの役があるよ!その名も八兵衛!」


 すると、悪乗りを始めた幸希とミネルバ、ニズが


「なんと!そのような大役をわが夫に授けて下さるとは!」


「凄い大役なのです!」


 3人共悪乗りが過ぎるなと思った大智は、せめて拓殖の飛猿ぐらいに訂正しようと思いリッキーの顔を見ると大役と言われた事に高揚感を得たのか物凄い笑顔で目が合うと何も言えなくなってしまった。


「う……うん。本人がいいなら……。」


 この村での調査も何か波乱が起きそうだけど何とかなるかな?と思った大智だった。


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