第26話―大聖女イザベラ

「あ、戻られていたんですね。おはようございます」


 寝起きのコーヒーを飲みに食堂に下りてきた大智に声を掛けてきたのは、エクムントにある大智邸に居候中のイザベラだった。


「ああ、おはよう。これからどこかに行くの?」


「はい、エクムントも今では5万人規模の街になってついに冒険者ギルドが出来るみたいなので、そこで治癒士として働かせていただこうかと思いまして。これから面接なのです」


 ここエクムントは急激なインフラ整備のお陰であのエルフ族だけが住んでいた村からは想像も付かないほど急成長を遂げ、今ではヴァーレリーに並ぶ地方都市となっていたのだ。

 この地域は農業、産業、商業と仕事はたくさんあるのでそれを求めて多くの移住者が来ており、これからもどんどん発展していく町の1つなのだった。

 冒険者ギルドについては大智が事前に王女ナターリエに相談していた事もあってこのたびエクムント支部として拠点を置くこととなったのだった。


「そういえば、イザベラは回復魔法が得意だったね。傷ついた冒険者達の為にその力を使うならそれほど心強い事はないね。俺たちも応援してるから頑張ってね!」


「はい!ありがとうございます。それではいってきます」


 イザベラは軽い足取りで面接会場に向かった。

 そこに寝癖で前髪が水平になったミネルバと起きたばかりの幸希がまだ眠そうな目を擦りながら食堂に下りてきたのでその様子を見た大智は厨房に行ってボウルの様な物に水を汲んで戻ってきた。


「二人ともおはよう!ミネルバこっち」


 ミネルバを大智の膝に座らせて手に水をつけては前髪を擦って寝癖を直してあげていたのだが、ミネルバが大智に


「大智様、相談があるなのです。」


「ん、その大智様はそろそろ辞めよう。大ちゃんって呼んでくれると……パパでも……」


 ミネルバは大智の方に向き直ると


「では、大ちゃんなのです」


 大智は少しガッカリとしたが様が付いた他人行儀な呼び方よりはいいかなどと思ったが、相談のほうが気になったので早速聞いて見る事にした。


「で、相談とは?」


 ミネルバは寝起きの顔から少し神妙な顔つきになりこう話し出した。


「この国には『聖女』が居ないなのです。本来、聖女とは勇者に並ぶ国民の希望なのです。勇者の必要性は今のところ無いので、聖女を任命する必要があるなのです。」


「なるほど。で、誰が任命するの?」


 すると、ミネルバは大智の膝から降りてニコッとした。

 その時ミネルバの横に眩いばかりの光と共に一人の少女が姿を現せた。

 その少女はミネルバに負けないくらいな美貌で透き通る様なターコイズブルーの瞳にブラウンレッドの髪、純白のドレスに真紅のショールのような物を身にまとい、胸元にはダイヤモンドで出来た剣の装飾のペンダントトップが輝いていた。

 その少女は 両手でスカートの裾を軽く持ち上げてカーテシーのスタイルになると


「大智様、初めまして。私はアテーナーの古くからの友人でフィデスと申します。今後とも宜しくお願いします」


 それを見た大智も慌てて立ち上がり右手を胸元にそっと当てて少し頭を下げると


「此方こそ宜しくお願いします。このような不躾な格好で申し訳ない」


 するとニコッと微笑んで、ミネルバと手を繋いだと思ったらそのまま大智の膝元に来て膝の上に座った。


「硬い挨拶はここまでですわよ。そう、私がこんな朝早くに来たんだから仕方のないことでしてよ。折角あの暇でしょうがない神界からおりてきたんですもの。当分の間大智様のこの屋敷に住んであげましてよ」


 ミネルバは少し困った顔になったが大智とメが合うと直ぐにそっぽを向いて口笛を吹く真似をしだした。


「えっと……ミネちゃん?」


 すると観念したのかミネルバから色々語りだしたのだが、このフィデスという子は正式には聖フィデス本人らしく、神界では聖女の役割を担うのだが下界である此処ではその力が制限される為、この世界の誰かを聖女に任命して、その聖女に天啓としてアドバイス等をしていきたいらしい。

 ただ、ねは真面目で素直なのだが元々が貴族令嬢である為こういう物言いになってしまう事と派手な衣装や装飾品が大好きだと言う難点もある。


「なるほど!そういうことなら大丈夫だよ。好きな部屋を使っていいからね。」


 とフィデスを見るといつの間にか幸希に抱っこされていて幸希も可愛い子供をあやしているような表情になっていた。


「所で、聖女候補だけど早速探す感じ?」


 それを聞いたミネルバはフィデスと目を合わせるとコクっと頷きあって、大智に


「それはフィデスが目星をつけているなのです」


「そっか。じゃあ早速それに取り掛かろう!フィデスその人は何処に居るの?」


 するとフィデスは幸希の手を引っ張ってきて


「二人とも準備をされてこられたら?それまで私はここで待っておりますので。準備が出来次第この街の大聖堂に向かいますわよ」


 言葉は凄くなんというか……と言った感じではあるがニコニコとした表情からは全く悪意がなく寧ろその言葉が慈愛に満ちた言葉に聞こえてくるのが不思議だったが、大智と幸希は早々に着替えていつもの支度をすませると4人で手を繋いで大聖堂に向かった。


 大聖堂に着くとジークとユーリが大聖堂の前で聖堂騎士団と朝の稽古をしている所だった。

 大智がジークと目が合うと稽古を一時中断して此方に駆け寄ってきた。


「おはようございます!本日は何かございましたでしょうか?」


 するとユーリも此方に気づいて駆け寄ってきたのだがフィデスを見るや否や驚愕の表情になった。


「あ、あの……。そちらの方はもしや……聖フィデス様では?」


「そうだよ!これからちょっと、聖堂で儀式をするからつれて来たんだ」


 ユーリはその言葉を聞くと同時に大智達に向かって跪き、それに釣られてジークや他の騎士団員も跪きユーリが頭を下げたまま


「聖フィデス様始めてお目にかかります、私共はこの聖堂にて騎士修道会の騎士団でこちらが団長のジークと申します。私は騎士団の魔術士長でユーリと申します。以後お見知りおきを!」


 フィデスは一歩前に出ると両手を広げて


「この地を守る騎士団に神の祝福を」


 と騎士団員に向けて言い放つと優しいそよ風に吹かれた様な感じになった。


「さあ、祝福は済みました。いっそう稽古に励みなさい」


 その言葉を聞いた騎士団一同はより頭を深く下げて


「ありがとうございました!」


 と声をそろえて叫んだ後、夫々が稽古に戻った。


 大智が大聖堂に来たのはいいけどこれからどうするのかをフィデスに聞くとフィデスはもう既に大聖堂に聖女候補が来ていて、フィデスとの契約の後、大智の『剥奪・付与』を用いて魔力特化ステータスと称号『聖女』を授けるようにとのことだった。

 内心ドキドキしながら先頭を歩く大智が大聖堂の両開きになったドアを開けると、大聖堂の十二神の前で両膝をついてお祈りを捧げている女性の後姿が目に飛び込んで来た。

 辺りには誰もおらず、一人で静かに祈りを捧げているその後姿にはなんとなく見覚えがあり、大智も何故か納得してしまった。


「イザベラ!」


 そう呼ぶと祈りを止めて此方に振り返ったのだがやはりそこに居たのはイザベラで此方を見て少し驚いた様子だった。


「大智様……どうされたのですか?」


「君に用があって来たんだ。所で面接はどうだった?」


 するとイザベラは少し俯き加減で


「まだ結果は出ていません。でも諦めたくないのでお祈りを捧げていたのです」


 ミネルバが大智の手をグッと握って


「イザベラはこうやって毎日朝昼晩のお祈りを欠かさないなのです。」


 大智はそれを聞いてやはりイザベラ以外に聖女の称号に相応しい人は居ないんだなと納得して。


「イザベラ、先に紹介しておく。こちら聖フィデス様でイザベラと今日会って授けたい物があるらしいからつれて来たんだ」


 するとイザベラは両膝をついてお祈りをする格好になり


「聖フィデス様お会いできて光栄です。」


 フィデスはその言葉を聞いた瞬間、慈愛に満ちた光を全身にまといイザベラの目の前まで歩いていきそっと頭の上に手のひらを乗せると


「イザベラ・カサロヴァ、聖フィデスの名の下に汝に聖女の称号を授ける。」


 大智は聖剣ジュピターを取り出すと、祈りのポーズをしているイザベラの前に行きそっと肩の上に剣先を載せ

『贈与・聖女の称号、魔力増大10倍』と唱えてイザベラに聖女の称号と魔力を授けた。


 その瞬間主神ゼウスの神像がパァっと光に包まれ、そこには背の高い屈強な体つきで純白のエクソミス式のキトンを纏い左手には背丈ほどもあろうかと言う棍棒の様な杖に太く逞しい大蛇が巻きついていて、此方を見る眼差しは鋭いが表情は穏やかな男性が立っていた。

 その神の様なオーラを纏った男性がゆっくりと語りかけてきた


「我は医神アスクレーピオス。主神ゼウスの名の下にこの地に舞い降りた。イザベラ・カサロヴァ……。汝に我アスクレーピオスの加護を授ける。」


 すると医神アスクレーピオスはイザベラの頭にそっと手を載せて何か呪文を唱えるとその手からイザベラに優しい光が流れ込んでいった。


「神の使徒、大智よ。そなたの授けた聖女の称号に我の加護を上乗せし、称号を『大聖女』に書き換えた。これでこの世で治癒できぬものは無い。大聖女イザベラ・カサノヴァよ。この力を持ってこの世のあらゆる病魔を取り払うことに尽力せよ」


 そう言うと眩い光が当たり一面に降り注ぎその光が消えた頃には医神アスクレーピオスは居なくなっておりイザベラは祈りのポーズのまま涙を流していて、その顔は聖母のように慈愛に満ちた表情になっていた。


 この一連の儀式が終わった時大智が気づくと既に大聖堂は街の人々や聖堂騎士団、エーベルト辺境伯、ヤニク男爵まで来ており全員が祈りを捧げている。

 我に帰った大智はフィデスとミネルバと幸希を順番に見たのだが3人とも大智に何か言えといわんばかりに顎をクイっとするだけだったので、大智は意を決して


「皆さん。今日この大聖堂にて大聖女が誕生しました。その名は大聖女イザベラ。今後はこの大聖堂にて治癒と慈愛を司る大聖女である事を此処に私、大智の名の下に宣言します」


 その宣言の後イザベラは集まってきた民衆に向けて両手を大きく広げて


「皆様、私はこの大聖堂で大聖女の称号を授かりました。この称号に恥じぬよう聖女としての勤めに尽力していきたいと思います。」


 そういうと集まっていた民衆に慈愛に満ちた優しく暖かい光の粒が無数に舞い降りて大聖堂の中を満たし大智達もなんだかポカポカした何とも言えない落ち着いた気分になった。

 これがイザベラの大聖女の力なのだろう、この分ならこの大聖堂はイザベラの本拠地として大いに活用してくれればいいので、新たに大聖堂の壁画にイザベラの肖像画を加えるように職人たちにお願いすることを決めたのだった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る