第23話―王国魔道騎士団団長エルヴィン

 ミネルバは少し怒った顔をしているが、幸希はまだ剣を抜いていないので普通の表情だったのだが、アンジェラを見つけるとすぐに駆け寄ってアンジェラを抱きしめていた。


「私の名前を勝手に使っているのはこの人なのです?」


 ミネルバはダイチと名乗る男を指差していたのだが、明らかに怒っていて今にも何か仕出かしそうな勢いだったのだが、その男は火に油を注ぐかのようにミネルバを罵倒し始めた。


「何が出てくるのかと思ったら今度は女子供ですか?こんな子供が女神アテーナーだとでも言いたいのですか?」


 ミネルバは怒りが頂点に達しているのか表情は怒りから一転して無表情になりそのダイチと言う男を見ていたのだが、その様子を見ていた幸希が急にその男に怒鳴り出した。


「貴様!愚かな人間風情が神に対して何たる冒涜!今から貴様に天罰を下す!」


 そういい終わると幸希は両手大剣を背中からゆっくりと抜き、大戦神の怒りのままにその男の首を刎ねた。

 飛び散る血液と共に刎ねられた首は中を舞いやがて床に転がり落ちたのだが、その生首の表情はこれまでに無い恐怖を十分に味わったであろうかの如く目を見開いたままで、切り離された首から下の体はその主を失ったように膝から崩れ落ちて、うつ伏せの状態で倒れた。


 大智はその様子を見届けた後『エクスリザレク』を使ってその男を完全に蘇生したのだが、息を吹き返すと同時にヒイイイイと悲鳴を上げて腰が抜けたようにその場に座り込んだ。

 ミネルバはその男の目の前に立つとこう言い放った。


「勝手に私の名前を使ってはだめなのです!」


 そう言い終わるとミネルバは本来の姿、女神アテーナーに戻り男を強制的に立たせると


「汝、我の名を語り金品を要求するなど以ての外。我は汝に力など

 与えておらぬ故、その力も虚構であろう?汝の行いは神々を冒涜するものとして捉え女神アテーナーの名に措いて天罰『不運』を与える」


 男の目の前に現れた負のイメージを漂わせる暗黒の煙が男の口目掛けて吸い込まれるように入っていった後、何事も無かったかのようにキョトンとして座っている男だったが負のオーラがその男を包み込むように纏わり付いており、どう見ても運が悪い人にしか見えなくなっていた。


「うわー……メッチャ運が悪そやな!あんまり近寄らんといてな。こっちまでツキが落ちそうやし」


 結界によって魔力が遮断された事により睡眠の解けたガリレオはそう言い放つと、鼻をつまんで臭いものでも見るような表情になった。


 姿を戻したミネルバに『不運』について聞いてみると、これを付与された人はこの先絶対に幸運に恵まれる事はなく、家具の角に足の小指をぶつける様な小さいながらに結構ダメージがある運の悪い出来事が毎日ひっきりなしに訪れるようになるのだとか。


 そこまですればもう二度とこんな大智を語って阿漕な商売はしないだろうという事なので、この件はこれで不問いにする事にした。

 部屋の結界を解いて外に出ると何故か店の外に人だかりが出来ていて、大智達が外に出ると同時にランヴァルド騎士団達が一斉に剣を抜きこちらに向けて囲むとその騎士団の責任者のような男が


「我々は王国騎士団ランヴァルド騎士隊だ!貴様達が強盗だな!先程この店から通報があった!無駄な抵抗はせず速やかに投降しろ!さもなくば全員此処で切り伏せる!」


 マズイ展開になったのは言うまでもないのだが、大智達の言い分は何も聞かれずに謂れのない犯罪者の様な扱いを受けているのだから、此処は場慣れしている大戦神に任せる事にしたのだが、既に大戦神の表情になった幸希が一歩前に出る方が早かったようだ。


「ほう……その小枝の様な剣で我らを切り伏せると?強盗などと謂れのない事まで我らに言い放ち剣を向けたのだ、覚悟はあると判断してよいのだな?」

 今回は剣を抜く前に幸希の周りに青白い猛炎が囲み、その禍々しいほどの殺気に周りを囲んでいた騎士団が怯んだ瞬間、囲んでいた騎士団の剣が鍔の辺りからポキッと折れて地面に落ちた。

 騎士団達は何が起こったのか理解するのに数秒掛かったが、刃の無くなった剣を見てヒイイイイと悲鳴を上げる者や、その場で腰を抜かして動けなくなる者など様々な反応を見せた。

 幸希は大戦神の表情のままさらに畳み掛けるように


「我らに刃を向けた事を最初に後悔したのはその小枝だったようだな。そろそろ死の刻が迫っておるぞ」


 そういうとゆっくりと背中の剣を抜くと霞の構えのような状態になり一歩前に出ると騎士団達はその恐怖のあまり声も出せない状態になった。幸希がまた一歩前に出ようとした時に何処からか叫ぶ声が聞こえて来た。


「お待ち下さい!」


 その声の方を見てみるとそこには宮廷騎士団団長エルヴィンの姿があり、幸希のもとまで駆け寄ってくると目の前で跪いた。


「幸希様お待ち下さい!この者達の無礼、このエルヴィンが変わって謝罪しますので剣をお納め下さい!どうか御慈悲を!」


「貴様はエルヴィンだな?貴様の顔に免じて此度は収める事としよう」


 幸希は構えた剣を背中に戻すと、この騒動で集まった民衆に聞こえるように大きな声で


「この下賤の店は我ら神の使徒の名を語り、なんの力も持たぬ占術を用いて神の言霊と虚言を吐き民衆から多額の金銭を巻き上げておった!よって神の使徒自ら足を運び天罰を下したまで。それを強盗と言うならばそれは神々に対する冒涜!この場で切り伏せても文句はあるまい!」


 それを聞いたエルヴィンは騎士団のほうに歩いていきその責任者の様な男の胸倉を掴むとその顔面を思い切り殴り倒した。


「貴様!誰の命令で騎士団を動かした!この件については宮廷魔道騎士団の名において王都で査問会を開く事とする!憲兵隊はこの者を容疑者として取り押さえよ!」


 騒ぎで駆けつけていた憲兵隊により騎士団の責任者の男が取り押さえられるのを確認するとエルヴィンは更に続けた。


「残りの憲兵隊並びに騎士団はこの店内の店主と従業員を拘束した後、捜査に必要な重要書類等の押収にかかれ!」


 その指示を聞いた騎士団や憲兵隊は早速任務に取り掛かり店主と従業員を確保し重要書類等の荷物を荷馬車に積み込みはじめた。

 エルヴィンの的確な判断で難を逃れる事が出来た大智達はエルヴィンの手配で宿を取ってもらい、そこでエルヴィンと話しをする事にした。


 手配してもらった宿屋に着いた一行は久々に会ったアンジェラ、アラン、ガリレオを囲んで近況報告と言う質問攻めの結果3人ともレベル220に到達しており、冒険者ランクもBランクになっているとの事で、順調に成長を遂げている3人に安心した。


 そんな会話をしていると大智一行の部屋のドアが「コンコン」

 とノックされ、幸希がドアを開けるとエルヴィンが既にドアの外で跪いた姿勢になっておりそのままの姿勢で


「この度は誠に申し訳ありませんでした! 騎士団の責任者は拘束後護送の馬車にて王城の地下牢に収監します。査問会を経た後騎士団から除名し犯罪奴隷としてこの国に貢献してもらうようにします。

 先程の大智様やミネルバ様の名を語っていた店舗は王女の命により閉鎖。店主は全ての財産を没収後、国外追放になります」


 これだけ聞いているとなんだか気の毒に聞こえてくるが、この世界で神の名を語るという事が重罪であるという事を知らしめる為にも仕方の無い事なのだろうと思いそこに付いては何も言わないようにした。


「この件に関し王国側の謝罪の場を設けたいと王女様より伝言を賜って降ります」


 幸希がそこまで聞いた後、エルヴィンの手を取り立たせると


「まあ、此処では何だから部屋に入って」


 エルヴィンは少々戸惑ったが「失礼します!」と言って部屋に入りドアを閉めると幸希が促すように大智の座っているテーブルの対面に座らせ、大智が話し出した。


「エルヴィン。俺達は神の使徒であって、貴方たちを苦しめる存在ではない。今回の事に付いては既に当事者の人達が罰を受けた。

 したがって、それ以上の謝罪は無用だ」


「しかし、それでは……」


「じゃあ、こうしよう。そろそろ夕飯時だから夕飯を奢ってくれ。

 この街は初めてだからどこか美味しいものを食べられる所に連れて行ってくれないか?」


 その話しが出た所ですかさずミネルバが口を挟んできた。


「美味しいエールと肉なのです!肉じゃないとだめなのです」


 それを聞いたエルヴィンは少し安堵の表情になったが直ぐに真剣な表情に戻り、こう切り出した。


「この近くに濃い味の汁に漬けた肉を網で焼く外国料理の店があるのですが、いかがでしょうか?そこの店は知り合いがやっている店なので、直ぐにご用意出来ます。味が濃いくて少し辛味がありますのでエールもよりいっそう美味しく感じられます」


(濃い味で網?まさかね)


 ミネルバやアンジェラ達は肉のお店と聞いて喜んでいたが、幸希も少し思うところがあるようで、大智と目が合うとニヤっとしていた。


 エルヴィンも騎士の鎧から私服に着替えて早速そのお店に向かう事にしたのだが、部屋から出る間際に突然ナタリーが町娘に変身して転移してきた。


「大智様!幸希様!ごめんなさい!あんな事にな……」


 慌てた様子だったが謝罪の場を設けたいが応じてもらえないことに焦りを感じ直接謝るしかないと思い転移してきたようだったのだが

 まさかエルヴィンが同行しているとは思っていなかったらしく途中で口を閉じてしまったのだった。

 その様子を見たエルヴィンは見た事も無い町娘がいきなり転移して来た事に驚き、その町娘をジッと見ていたのだが


「大智様。お知り合いですか?」


 これは流石にマズイ気がしたので大智ははぐらかすように


「ん……?あ、ああ、知り合いの子なんだよ」


 エルヴィンは不に落ちない様子でジッと町娘を見ていたのだが、大智が知り合いと言った事で何も問題はないと判断したようでニコッとして


「そうでしたか。しかし転移魔法が使えるようですね。

 君!もし王国民であるなら宮廷魔道士になってみる気はないか?

 転移の魔法を使える大魔道士レベルの君なら我が宮廷魔道騎士団は歓迎するよ!」


 ナタリーは少し困った表情で


「は、はあ……。考えておきます」


 その様子を見た幸希が最初に噴出して釣られた大智も噴出してしまったが


「オッケー!オッケー……! 俺たちは夕飯を食べに行くんだけどナタリーもどうだい?そこで親睦を深めよう!そうすればお互い分かり合えると思うからさ!」


 ナタリーは大智が夕飯に誘ってくれた事に喜びの表情になり


「是非お供させてください」


「家の人には言わなくて大丈夫?」


 ナタリーは少しドヤ顔になり


「大丈夫です。家の人には帰りが遅くなるかも知れないからって言って来てます」


 それを聞いたエルヴィンはナタリーの手を握ると


「では、参りましょう!将来の相方様」


 手を握られてそのような事を言われた事のないナタリーは顔から耳まで真っ赤にして照れた様子でエルヴィンと共に歩き出した。

 エルヴィンは年齢的には25歳位だがはっきり言ってイケメンだ。

 白に近い金髪を綺麗に整えていて透き通る様なターコイズブルーの瞳に顔自体が非常にととのっており、背も180cm超えと申し分無い。それこそ現世でハリウッドデビューを果たそうものなら瞬く間に大スターなりそうな程に。


 その様子を見ていた大智達は何故かニヤニヤとしていて、この先の展開が物凄く気になったのはいうまでも無い。


 宿から10分程歩いた所にその網焼き屋があり、その店から風魔法により排出される煙の匂いはまさしく大智と幸希が嗅いだ事のある匂いで、それは間違いなく『焼き肉』だったので二人は顔を見合わせてガッツポーズをした。


 店の中に入るとお客さんで一杯のようだったが、エルヴィンの知り合いという事もあり急遽席を確保してもらい席に着いた。

 テーブルの真ん中に少し大きめの穴が開いておりその中に炭の様な物が入って網がセットされていて、全員が席に着くと一瞬で炭に火がついた。エルヴィンが店主のところに行きなにやら注文をして、席に戻って来ると同時に人数分のエールが運ばれてきた。

 皆がエールの入った木製のジョッキを手に取った所で、エルヴィンが立ち上がり乾杯の音頭をとり始めた。


「それでは!今回の謝罪の意を込めまして此処での食事は王国の負担となります!皆さん思う存分飲み食いしてください!そして今日のこの運命的な出会いに!乾杯!」


 と言い放つと早速大皿に盛られたお肉の山が運ばれて来て、ミネルバは大喜びしていた。

 この世界ではホータウロスという肉を焼肉のタレ的な煮汁に漬け込んでそれを網の上で焼いてエールと共に食すスタイルのようだが焼けた匂いはまさしく焼肉そのもので、ハラミやカルビ、骨付き肉のようなものまで存在する。

 ホータウロスの食感はまさしく高ランクの和牛そのもので噛むたびに肉汁がジュワッと染み出てきてそれが少しピリ辛のタレに非常にマッチしている。


 若いアンジェラ達は次から次へと焼けた肉を口に運んで幸せそうな表情で食べていて気づけば大皿3杯目を平らげていた。

 そんなさなかエールを何杯か飲んで気分の良くなったエルヴィンがナタリーの隣に座って騎士団への勧誘を始めたようだがまだ気づいていないだけで相手は王女、どんな話をするのか気になり聞き耳を立てているとどうやら騎士団の勧誘とは別に王女を口説き出しているようだった。


「ナタリーさん。僕は先程出会ったばかりですが、何故か貴方の目を見た瞬間運命的な何かを感じました!良ければお付き合いを願いたい!」


 それを聞いたナタリーは少し噴出しそうになりながらも真剣な表情のエルヴィンに少し姿勢を正した後


「エルヴィン。それは本気で言っているの?本当の私のことをあなたが知った時、前言撤回したりはせずありのままを受け止める覚悟があって?」


 おや?なんだかおかしな方向に向かってないか?実はナタリーもエルヴィンを……と、同じことを思った幸希と大智は目を見合わせた後もう少し成り行きを見てみる事にした。


「僕は本気です。なぜなら貴方が僕の運命の人だとおもうから……。

 僕の家系は代々王家に仕える騎士であり父上はこのランヴァルドを治める領主で貴族です。しかし貴方が何処の誰であろうと身分など関係ない!貴方と共にこれからの人生を歩んで行けるのであれば身分など些細な事なのです!」


 そして、エルヴィンは跪きナタリーの手を取ると手の甲にそっとキスをして


「僕の残りの人生は貴方と共にある事を此処に誓います!」


 ナタリーは顔を真っ赤にして照れていたが急に真剣な表情になり


「わかりました。お受けいたします……」


 その瞬間聞き耳を立てていた人達からは拍手と歓声が沸きあがり、アンジェラ達もお祝いの言葉を口にしていたのだが、根本的な何かを忘れている気がして大智は幸希の顔を見たのだが幸希は目の前で繰り広げられているプロポーズの様な光景にうっとりとした表情になっており、成り行きを見守る事しか出来ないところまで来てしまっているようだ。

 この世界の貴族の交際や結婚についての決まり事などわからないためこの先どう転がっても応援するくらいしかないのだが、もっと根本的な……ナタリーが王女であるという事を早めに打ち明けないといけないような気が……そう思った大智はとりあえずナタリーに


「ナタリー……本気?」


「ええ……。あそこまで積極的に来られると此方も本気でお返事をするしかなくなってしまいます。色々と問題はありますがどうにかなると思いますので……」


 こうなると大智の答えは1つに絞られてくる


「わかった。ナタリーが真剣なのであれば俺たちはそれを応援するよ。ただ此処では出来ない話が残っているからここから先の話は俺たちの宿屋に戻ってから話そう」


 アンジェラ達も食べ終わっている様なので早速宿に戻る事にして、大智一行は焼肉屋を後にした。


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