第24話―プロポーズ

 その頃ベアトリス城では皇帝アレグザンドラがこの度の3カ国友好条約について元帥パトリック並びに上級仕官を交えて最終調整の話し合いが行なわれていた。


「……と言う条件の下、帝国としましてはこれに合意する事にする。

 また、産業や商業の貿易自由化についてもこれまでの関税を大幅に引き下げ主要3カ国と協議の上パーセンテージを決定する事となります」


 パトリックが3カ国友好条約に関する新しい条文を読み終えると、一人の上級国務仕官が声を上げた。


「帝国はいつからそんな弱腰になったのですか?関税を大幅に引き下げる?そんな事をしてやる必要がどこにあると言うのですか?そんな事になれば産業の分野で貿易摩擦が起きるに決まっているじゃないですか!」


 ベアトリス帝国では産業の分野で言うとヴァイトリング王国よりも劣る。これは国民の種族分類で産業等の分野で活躍するドワーフ族の割合はヴァイトリング王国の方が圧倒的に多くドワーフ族全体の9割を占めている。

 帝国のドワーフ族はそのほとんどがエルダードワーフという上位種になり仕事のレベルも高いのだが、人数が少ない為多くの仕事をこなすのが困難であり生産量に差が出来てしまう事と、最大の難点はドワーフ族とは大酒のみが多く二日酔いで仕事を休む人が多い。

 両国の割合が圧倒的な理由は、元々はドワーフ族自体帝国領に多く住んでいて良く働く種族なのだが、のんびりするのが大好きだった前皇帝が休日や休憩時間でも関係なく働くドワーフ族を忌み嫌い、ドワーフ族を中心とした労働者に休日重税を課した事が発端である。

 元々仕事が好きなドワーフ族は制限の無いヴァイトリング王国になだれ込むように移住して行き、帝国に残ったのはどちらかというと仕事嫌いなエルダードワーフたちであった。


「あのエルダー共仕事しないんですよ!いつ見ても酔っ払っていますし1年前に頼んだ剣が最近納品された位です」


 パトリックは少し頭を抱えたがエルダー達の人間性を変えるのはほぼ不可能な様な気がした。

 皇帝アレグザンドラは小さくため息をついた後


「では、その重税についてはたった今廃止とする。それに伴い発生した税収減については新たに酒税を設け、国民から多く取り過ぎないように慎重にパーセンテージを決めよ。

 また、此方に戻りたいドワーフ族に関しても金銭的な援助など優遇措置を取れ」


 苦肉の策ではあったが現在の状況では此処までが限度で、これ以上の優遇措置となると他種族の反感を買う原因となってしまう。


「では、そのように計らいます」


 上級国務仕官は少し納得のいかない様子であったが、これ以上皇帝に意見する事は国家反逆罪に問われる可能性がある為仕方なく首を縦に振るしかなかったのだった。


 その時、地響きと共に極大魔法を行使した時の魔力の衝撃波から来る轟音が会議中の部屋の中に響き渡った。


「何事だ! パトリック、直ぐにこの衝撃について調べろ!」


「は!」


 皇帝アレグザンドラはパトリックに即座に指示を出し慌てた様子の上級仕官達にも関係部署に確認をするように指示を出していると、上級魔術士長の部下が慌てた様子で会議室に駆け込んできた。


「皇帝陛下!ただ今大陸北側のヘルダーリン皇国より極大魔法の行使を確認しました!」


「なにっ! して此方の被害は?」


「それが……攻撃系の魔法では無いようで今のところ被害の報告はありません!」


 ヘルダーリン皇国とはガザルドル大陸北側に位置する国で人口は推測で50万人。北側に位置している事もあり気温は年中マイナス気温で一番低い時はマイナス50℃にも達する正に氷の国である。

 古来より鎖国気味な為国交は皆無。大陸中を移動する商人でさえ入国を許されているものは何人かしか居ないので情報の全くつかめない国なのだ。


「あの不気味な国は一体……。これより北側の砦及び国境付近の警戒に兵を増員して掛かれ!予測のつかない事態に備えよ!」


「は!」


 皇帝の命により砦と国境警備に向かう防衛兵が再編成されベアトリス城は慌しく動き始めた。



 ―少し時が遡って―


 宿屋に戻った大智達は宿屋に頼んで大部屋をもう1つ確保してアンジェラ達のPTに一旦そちらに移ってもらった。

 部屋には大智、幸希、ミネルバ、ナタリー、エルヴィンで話し合いが行なわれようとしていた。


「えっとまずはエルヴィン。君はこのナタリーに求婚をしたそうだが事実かい?」


 エルヴィンは堂々と胸をはり


「はい!私はこのナタリー様に一目お会いした時から気持ちは変わっておりません!」


 それを聞いたナタリーは顔を真っ赤にして俯いていたのだが、ハッと我に帰ったのか真剣な眼差しでエルヴィンを見つめて


「わかりました……ただ……それをお受けするに当たって幾つか困難がございます」

 エルヴィンは少し困った様子でナタリーに問いかけた。


「その困難とは?」


 場が静まり返る。

 大智は正直こういう場の雰囲気に慣れてなくどうした物かと幸希のほうをチラッと見てみると表情は何故か興奮気味になり他人事ではあるが叶わぬ恋をする主人公でも見ているかのようにワクワクしている様子だった。

 大智は幸希が楽しんでいるのを察して何も言わずに居たのだが、ナタリーの次の言葉で事態は一変した。


「エルヴィン……私は幼き頃からあなたの傍に居ました。幼少の頃に当時の騎士団長から剣の訓練を受けた時も、学生になり隣で一緒に勉学に励んだ時も……」


 エルヴィンはそこまで聞いた後何かを察したように跪き


「あ……貴方は……まさか!」


 するとナタリーは変装の魔術を解き本来のナターリエ王女に戻った。


「エルヴィン……私達は貴族と王族の身分の差から別々の道を歩んでいく事を余儀なくされましたが、私は幼少の時からずっと一人の方に思いを寄せております。しかし私のこの思いは幾多の困難が有る故果たされることも無く潰えて行くのだろうと……

 でも今、その困難は些細な事であると気づかされました」


 ナタリーはそこまで言うと跪いたエルヴィンの手を取って立たせると


「私がずっとお慕いしていたのはエルヴィン・ヴァイスマン……

 いえ、現宮廷魔術騎士団団長エルヴィン・ヴァイス・ランヴァルド……貴方です」


 大智は凄い展開になって来たなと幸希を見ると感動物の映画でも見ている様に涙を流しながら二人の様子をじっと見つめているようだが、若干空気の読めないミネルバは焼肉の帰りに露天で買ったバナーヌというバナナの様な果物を3本程食べ、4本目の皮をむいている途中だった。


 エルヴィンはナターリエ王女の言葉を聞いた後再び跪き、ナターリエの手を取ると


「王……ナターリエ!僕もずっと同じ思いでした。さっき目を見たときに運命の人だと確信したのは間違いじゃなかった!

 ナターリエ……心から愛している。これから先の人生の伴侶になってください!」


 ナターリエはほほに大粒の涙を流しながらエルヴィンの手を強く握り返し


「はい……!喜んでお受けいたします」


 此処まで物語が進行すると幸希はどうなっているのか気になるところだが、見てみると予想どうりに感動で号泣していて


「良かったね!良かったね!」


 と言っている。ミネルバはバナーヌを食べ終わったのかバナーヌの皮を処理すると、自分のポーチから何かを取り出すとエルヴィンに渡した。

 その何かは見た事も無い金と銀の装飾が施された10cm四方の箱の様な物で開けるとパカっと開く宝石ケースだった。


「エルヴィンにプレゼントなのです!中身をナタリーにつけてあげるといいなのです」


 宝石ケースの中身は3ctもあろうかというダイヤモンドの指輪が一つ入っており、その輝きはこれまで見た事も無いほどのものだった。


「その石には私の祝福が入ってるなのです」


 エルヴィンは指輪をケースから取り出すとナターリエの左手薬指にそっとはめて


「これからはずっと一緒だよ」


 と言った後ナターリエを抱き寄せて優しくキスをした。

 大智までもが感動してしまい目頭に厚いものを感じこの部屋の中が幸せで一杯になった所に突然思いもよらぬ轟音と共に建物全体が少しの間揺れた。


「なっ何?」


「結構揺れたけど……」


 大智と幸希は慌ててアンジェラ達の部屋に向かいドアを開けるとそこには満腹感から来る睡魔に負けた3人が夫々のベッドでスヤスヤと寝ていたので何事も無かったかのようにドアをそっと閉めて胸を撫で下ろした。


「地震かな?」


「うーん……。わからないけど……」


 そんな会話をしながらもとの部屋に戻るとエルヴィンが


「私は騎士団詰め所に行ってみます」


 そう言い残すと少し慌てた様子で部屋を出て行ったのだが、ミネルバは何か気づいたみたいに窓を開けて外の様子を伺っていた。

 大智も釣られてミネルバの横から外の様子を見てみたのだが、街は混乱している様子も無くいつもと変わらない感じだったがミネルバ妙な事を言い出した。


「ずっと向こうの北側の国から大きな魔力を感じたなのです」


「それはどんな?何か攻撃でもしてきてるのかな?」


 ミネルバは少しの間目を瞑っていたのだがポーチの中から突然懐かしい携帯電話の着信音が鳴りだした。

 ミネルバはポーチから携帯電話の石を取り出すとパカっと開けて話をし出し大智を見ながら「うん、うん」と相槌を打った後大智に携帯を渡してきた。


「ゼウス様が話があるそうなのです」


 大智は携帯を渡されると直ぐに耳に当てた


「「大智くんかな?」」


「はい」


「「早速じゃが少し困ったことになってのう……」」


「困った事とは?」


 ゼウス様の声からしてただ事ではないような気がして一大事にはとりあえず何らかのアドバイスが欲しいななどと考えていると予想とは少し違った言葉が返って来た。


「「その世界の者達は『勇者』と呼ばれる者を何故か欲しがるのじゃ。

 して、この度北側の国で召還の儀式を行なったのじゃがどうやら勇者召還に成功しとるようなのじゃ……」」


「勇者……ですか……?」


 勇者というものが何の役割で召還されたのかはこれまでの経験からして魔王討伐なのだろうと思っていたのだがゼウスの話はそんな予想の斜め上の事だった。


「「そうじゃ。して、勇者は魔王討伐ともう1つの理由で召還される事があるのじゃ」」


「もう1つの理由……?」


 若干の胸騒ぎとこれから起こる出来事に予想も付かない大智はゼウスの言葉を一元一句聞き逃さないように携帯を耳に押し付けた。


「「もう1つの理由……。それはの、他国への侵略行為じゃ。一度侵略が始まると周辺国も巻き添えになる大戦争になる。神界としてはこれはどうにか避けたいのじゃ。

 そこでじゃが、大智くんがその召還された勇者に会って侵略行為に手を貸さんように説得して欲しいのじゃ。あ、勇者であっても神の使徒である大智くん達に危害を加える事はできんからそこは心配せんでええ。勇者の称号を持つレベル1500程度のちょっと強い戦士じゃからな」」


 しかし行った事もない他国の召還された勇者に会って話をする事が出来るのだろうか?

 いきなり拒絶されて戦いになったらそれこそおかしな話になるから少し作戦を立てる必要がありそうだな。


「わかりました。少し時間が掛かるかも知れませんがやってみます」


「「そうか!ではやり方は任せるでな。最悪殺してしまってもかまわんからな。期待しておるぞ」」


 そういうと電話が切れたのでミネルバに返して幸希とミネルバ、ナターリエに他言無用として勇者召還の事、それを説得しに行くことを告げて明日大智の拠点で作戦を立てる事にし、ナターリエには王城に帰ってもらった。

 幸希の提案で今晩は一旦現世に戻る事になったのでそそくさと寝る準備をして3人ともベッドに入った。



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