第20話―その者の名は古竜ニーズヘッグ

「ここか?」


「はい、この辺で狩りをしている時にたまたま見つけまして……重症を負っていましたので取りあえずここに運び込んでおきました」


「うむ、ではこれを受け取りここを離れるのじゃ。ここで見たもの、おぬしが童をここに連れて来た事も全て他言無用じゃ。わかったの?」


「はい、ありがとうございます!では!」


 その冒険者らしき男は大量の金貨を案内してきたフードを深く被った漆黒のローブ姿の者から受け取ると逃げるようにその場から足早に立ち去って行った。

 ここはとある都市の外れに在る荒れ果てた廃墟で、そこのただ立てかけられただけの扉を取り除くと


「う……うう……」


 薄暗い部屋の中にくぐもった声が微かに響き、今にも息絶えるであろう人が毛布に包まれていて傍らにはボロボロになった盾と剣があり、その奥の方を目を凝らして見てみるとそこに所々敗れているローブを深く被って顔はどす黒く瞳は地獄の業火のように赤くなった人ならざる者が座り込んで何かを微かにブツブツと呟いている。

 その光景は魔族によって死の宣告を受けたかのように精気が無く両名ともただ死を待つ生ける屍のようだった。


「力の無い下賤共がいらぬ事をしよって……」


 手前でくぐもった声を上げている人型の毛布を剥ぎ取ると、そこには騎士の様な鎧の下に全身焼け爛れて人の形ではあるが右腕の部分が欠損した者がおり、顔を手で此方に向けると眼球はくりぬかれたように窪んでおりその奥に微かに赤く光る石の様な物が植えつけられていた。


「ふむ、地獄の業火で焼き尽くされたか……どちらにせよもう助からんじゃろうて」


 毛布を再び掛けてその光景を目に焼き付けるかのように見た後扉を立てかけてその廃墟を後にした。



 ――海洋都市ラウル


「結構大きな都市ね」


「ああ、人が多くて活気があるな」


 既にラウルに到着していた大地達は取り敢えずの宿を探す為ラウルの繁華街に来ていた。

 今回大智に同行したのは、幸希、ミネルバ、ユーリ、イザベラ、リッキーで

 ジークはエクムントに街の治安維持のため残った。

 早速目ぼしい宿を見つけて宿を取る事にし、幸希が宿屋の店主に声を掛けた。


「部屋は空いてるか?此方は6名。可能であるなら6部屋希望なのだが」


「申し訳ありませんただ今大部屋が2部屋しか開いておらず6部屋はお取り出来ませんね。3名泊まれるお部屋ですので、2部屋に分かれられては?」


(2部屋なら、いつもの感じで俺達と、ユーリ達

 で分ければいいけど何分リッキーは男だからなあ

 嫌がるかもな。でも俺はリッキーと同じ部屋に

 なりそうならパスだな。)


 などと大智が考えていると幸希はその2部屋を3連泊で取ってしまった。部屋割りは大智の思惑通り大智達とユーリ達で分かれる事になり大智は安堵したが、少し気になったのでユーリに


「えっと、リッキーが同じ部屋になっちゃうけど大丈夫?」


「ええ、大丈夫だと思います。だって……ほら……クスクス……」


「まあ、大丈夫だね」


 何故か納得した一行は夫々の部屋に荷物などを置きに行き、一息ついたら

 ニクラスの同郷の者を探しに漁港に行って見ることにした。


 ここ海洋都市ラウルは人口30万人の大都市で港から水揚げされる魚介類を筆頭に、すぐ隣のドラゴン領域近郊の山脈から採取される高濃度の魔石や高級鉱石などが主な産業である。産業や商業も他の大陸から入港する貨物船との貿易が盛んで、この大陸には無い食料や雑貨などが多数流入している。

 繁華街は人口の多さもあり活気に溢れ、飲食店や雑貨店の他娯楽施設まで存在する。娯楽施設は貴族向けの賭博場や一般の旅人や商人、冒険者向けの風俗店まであり、正に大都市である。


 漁港では先程水揚げされた魚介類が仲買達の競りに掛けられる準備がされており魚介類の入った箱を持って忙しく動き回る漁港の職員や船員、仲買人の人達で溢れ返っていた。

 ここには大智と、ミネルバ、イザベラが来ており、残る幸希達は街での情報収集をしている。


「お魚なのです!早く食べたいのです!」


 ミネルバは運ばれている魚を見て食欲が湧いたのか食べる事しか考えておらずキョロキョロしながら大騒ぎをしていて、その様子を見た漁港の職員らしきエルフ族の男性が微笑みながらこちらに来るとミネルバの頭を摩り


「お嬢ちゃん可愛いね!可愛い子には良い事教えてあげよう。漁港の入り口の建物に取れたばっかりのお魚食べられる所があるから行ってごらん」


「そこに行けば食べられるなのですか?」


「うん!普段は職員専用だけどこの時間は誰でも食べる事が出来るよ。味は保障する!」


「大智様!直ぐに行くなのです!」


 大智はその優しいエルフ族の男性に会釈をすると、ミネルバに引っ張られるようにしてその建物に向かった。


 建物内の食堂は、昼食の時間前という事もありお客さんの姿も疎らで、適当に空いているテーブルに着くと、店員の明らかに人間族である年配の女性が注文を聞きに来た。


「ご注文は?今の時間はほとんどの魚がありますが今日のお勧めはサーマンの種油焼きです」


「じゃあ、それを3つで」


 サーマンという聞いた事のない名前の魚が気になったがイザベラの話ではかなり美味しいらしく、料理が出てくるまでニクラスの同郷の者の特徴などを詳しくイザベラに聞くことにした。


「そのニクラスの同郷の奴の名前はわからないのか?」


「ええ、もう随分前の事なのでなんとなくしか……たしかレナードって呼んでいたと思います」


「レナード?じゃあその名前で誰かに聞いてみるしかないな」


 話していると料理が運ばれてきたのだが、何の変哲も無い30センチくらいの魚が串焼きのようにお皿に盛られていて嗅いだ事のある香草の匂いを漂わせていた。ぱりぱりに焼けた背びれを外して背中側からかぶりつくと身はピンク色で口の中に広がる香草の香りと種油のコクが魚のうまみを引き立てている。言うなればサーモンのオリーブオイルソテーに微塵切りのバジルがかけてある料理といったところだ。


「この魚おいしいなのです!」


 ミネルバは次から次へと口に運びまた頬がリスのようになりながら食べていると、店員の女性が話しかけてきた。


「良い食べっぷりだねこの子。ああ、そういえばあんたらさっきレナードの話しをてなかったかい?漁港の」


「ええ、ちょっと用があって彼を探しているんだけど、知ってる?」


 その女性は少し危惧な表情を浮かべ大智達を見回しながら語り出した。


「良く知ってるよ……。あの子は昔ね他所から来た商船に難民として乗ってきてこっちに住み着いたんだけど、働き口がないからって私が漁港の仕事を紹介して雑用をやってたんだよ。もう何年前になるかねぇ……。真面目に働く姿を見た漁師があの子を正式に雇ってくれてそこでも必死に働いてたねぇ」


「なるほど。で、彼に会いたいんだけど何処に行けば?」


「もう居ないよ……。大荒れの日に漁に出たまま船ごと戻ってこなかったんだよ……。あの子が死んでもう1年になるかねぇ……」


 大智は唖然としたが、レナードがもう居ないのであればこの地にニクラスが立ち寄った可能性が薄くなってくる。何か他の手がかりを得ない限り無駄足になると思い、女性に何か知らないか聞いてみた。


「そういえば商船に乗ってきた難民は何人かいたけど一人仲の良い子が居たね。名前はニクラスだったかな?最初は漁港で一緒に働いてたけど直ぐに辞めて冒険者になったって聞いたねぇ。その子の事はそこまでしか知らないけど……」


「そっか!ありがとう。ここ幾ら?」


 大地達は支払いを済ませたあと一旦街に戻り心話を使って幸希達と合流する事にした。



 少し時間が遡り

 大智達と手分けをした幸希達は街に残って周囲を探索し何か手がかりが無いか探っていたのだが、お腹を空かせたリッキーの強い要望で繁華街中央にある食堂に入る事にした。

 店内に入るとその食堂はお昼前にも関らず盛況で、パンに野菜と玉子や濃く味付けされた肉を挟んだサンドイッチと香りから明らかにコーヒーの様な飲み物をセットで提供しているお店だった。

 幸希たちもその《異国の活力セット》と書かれたものを頼んで、これからの事を話していた。


「手がかりがイザベラから聞いたレナードって名前のみだから難しいわね」


「食事が終わったらこのリッキーが色々聞いてまわるよ!」


「あまり派手な事はしないでね、リッキー・ダイ君……ププ」


 レナードという名前だけでは相当厳しい捜索だが、6人の大人数で一箇所を捜索するよりは手分けをした方が何か手がかりをつかめるかもしれないし、6人より3人の方が目立たなくて済むのでは?と言うユーリからの提案でもあった。


 セットのサンドイッチとコーヒーが運ばれて来たので早速リッキーがかぶりついて食べ初めて幸希たちも釣られるように食べ始めると、そこに漆黒のローブでフードを深く被った小さな女の子が入ってきた。


 その女の子はサンドイッチのみを頼み隣のテーブルに腰を下ろしたのだがその時にチラッとまだあどけない顔の美少女で印象に残ったのは瞳が緋色のルビーで黒目の部分は爬虫類のように縦長だった。


 その子は此方の視線に気づくとサッとフードで顔を隠してサンドイッチを食べ出したが、フードが邪魔になって食べにくそうにしていた。リッキーはその様子を見て、急にその子に話しかけた。


「フードそんなに被ってたら食べにくいでしょ?」


 チラッとリッキーの方を見たあと無視をしてまた食べ始めたのだが、今度はかぶりつく時に手が滑ったらしく床に落としてしまった。

 その子は落としたサンドイッチを放心状態になり見つめていたが、リッキーが素早く店員に掃除道具を貰いにいき、手際よく落ちてバラバラになったサンドイッチを拾って店員に


「これ回収おねがいしまーす!それとこのパンもう一個追加で!あ、お金こっちが払うからねー!」


 と親切にも程がありそうな行動で店内は少し静まり返ったが、また直ぐにザワザワと話し声が聞こえだした。


「次は落とさないようにね!あ、オイラ、リッキー!人探し中の旅人だけどよろしく!」


 するとその様子にあっけに取られていたその女の子はリッキーの顔をみながら口を開いた


「かたじけない。此度のリッキー殿の童に対する行い、非常に感激した。

 童は名をニズと申す旅の者じゃ。以後見知り置きを」


 その幼い顔からは創造のつかない言葉使いで幸希とユーリは意表を突かれた気分になったが、性格のよくなりすぎたリッキーはさらに続けた。


「え!子供が一人旅なのか?オイラのとこ来て一緒に食べようぜ!ご飯ぐらいワイワイした方がいいよ!」


 と立ち上がると同時にニズと名乗る女の子の手を引いて隣に座らせたのだが、その手際までスマートに持っていくリッキーに幸希とユーリは「このリア充め!」と心の中で叫んでいた。そこからリッキーのマシンガントークは止まることを知らなかった。


「ねね!ニズは何処から来たの?オイラ達はねー、ヴァイトリングって隣の国なんだけどね!行方不明になったパーティーメンバーの2人を探してるんだ!あ、そうそうこの人は幸希さんって言ってオイラの主の御夫人で、こっちの人は騎士なんとか会って言うとこの偉い人でユーリ様、主様も来てるんだけどまた今度紹介するね!」


 一気に捲くし立てるようなマシンガントークに若干引き気味だったニズはリッキーの顔を見て突然笑い出した。


「おぬし達には童が子供にみえておるのじゃのう。こう見えて童はもう大人なのじゃ。しかしリッキー殿は面白おかしく良くしゃべるのう。まあよい、童は年甲斐も無くこのリッキー殿を気に入ってしもうたわ」


 そう言うとニズはリッキーに寄り付いてカップルが食事をしているような風景になり追加のサンドイッチが運ばれて来ると、リッキーに食べさせてくれと言わんばかりに見つめて顔を赤らめながら口を開いている。


「お!グイグイくるね!ニズは甘えん坊みたいだからオイラが食べさせようかな!でも、オイラは心に決めたお方が居るから惚れないようにね……イタッ!」


 食べさせて貰いながらそれを聞いたニズはリッキーの指ごと噛み付いた後、口を尖らせてそっぽを向き


「なんじゃ!童がその気になったというのに。其の御方とは一度対峙せねばなるまい」


「だめだよー!主様はオイラが一番大切な御方なんだから!」


「なに!主?おぬしはオス同士にも関らず恋心を抱いておるのか!」


 その言葉が見事にヒットした幸希とユーリは流石に耐え切れなくて、盛大に噴出してしまい、周りのお客さんが一斉に此方を見ていた。


「ちょ……ハハハハっまって!ギャハハハまって!」


「アハハハ!ヒー……ユーリっハハハハわら……笑いすぎっ!」


 幸希たちの笑い声は店内に響き渡ったが他のお客さん達はもう此方を見ていないようでザワザワとした店内に戻っていた。


「リッキー殿のその性癖はいずれ童が矯正するしかあるまい。所でじゃ、リッキー殿は行方知れずの仲間を探しておるのじゃな?それはオスとメスの2人かの?」


「うん!そうだよ!一人はナイトで剣と盾にフルプレートの鎧着ててもう一人は魔術士!ちょうどニズの様な服装だよ!」


 それを聞いたニズは一瞬ハッとした顔になったがその後真剣な表情で話し始めた。


「間違っておればよいのじゃが、その風貌には見覚えがあってのう。おぬしらに見てもらわねばならぬ者達がおるのじゃが判別は難しいやもしれぬ……。ただし見た後は他言無用じゃ」


 ただならぬ雰囲気のニズに思わずゾクッと来たリッキーとユーリは大智達と合流後にそこに向かう事にし、ニズも連れて一度宿屋に戻る事にしたのだがそこに心話で大智から連絡が入った。



 大智は幸希の言葉のニュアンスからニズという子が会わせたいと言っている者達が危険な状態だと察し、急いで宿屋のある繁華街へ向かった。


 繁華街の待ち合わせ場所で幸希たちと合流しニズと名乗る女の子に詳しく話しを聞いていたのだが、ニズとミネルバはお互いを見て何かに気づいたらしく二人同時に手を取り合い


「おぬしは……なぜこのような所におるのじゃ懐かしいのう」


「久しぶりなのです!元気だったですかなのです!」


 と何故か旧友が再開したような感じで懐かしがっていたので、ミネルバに聞いてみると


「古の竜なのです!ニーズヘッグなのです!昔戦って仲良くなったなのです!」


 それを聴いた瞬間ユーリは驚愕の様子でニズをみて小刻みに震え上がってしまったがニズはユーリに


「そう怯えんでもよい。もう昔のように暴れる事もなかろうて」


 ユーリはニーズヘッグの事を宮廷図書館の古文書から知っており古の時代にニーズヘッグというドラゴンが存在しナーストレンドの話やラグナロクの話も古文書で読んでいたためその恐ろしさを知っていたのである。


「しかし、大智殿と言ったか。そなたとは恋敵になる予定であったがこれはやられたのう。まさか女神アテーナーを引き連れておるとは……」


「え?何のこと?」


 大体予想は付いていたが幸希にニズとリッキーの会話の内容を聞くと笑いながらニズの両肩に手を置いて、


「リッキーは不束者だけどニズに婿に出そう!リッキーをよろしくたのむ!」


「よいのか!では、童が婿に取るぞ。リッキー殿!今日から童の婚約者じゃ!子はたくさん仕込まねばなるまい!今晩から種付けに励もうぞ!」


 リッキーは大智に振られた事にショックを隠しきれない様子で俯いていたが、主の決めた結婚なら仕方が無いと言い、それを承諾してしまった。


「童も成婚した事じゃし、そろそろ参ろうか!婿殿!」


 と言ってニズはリッキーと元気良く手を繋いで先導を始めたが明らかにリッキーが力負けしているようで見ていて気の毒になった。


 目的の場所に着いた一行が見たものは町外れにある廃墟で、ニズが竜脈のクリスタルを行使した者の手がかりを探している途中に、野営中の冒険者に出会い話しを聞いたところドラゴン領域方面から逃げてきた2人が、この廃墟の手前で突然真っ赤な光に包まれたので、助けようと思って見に行くと2人は倒れており見るも無残な姿だったので取りあえずここに運び込んだとの事だった。

 大智は立てかけてある扉を横にずらして中を覗くと、薄暗い部屋に毛布に包まれた2体の人間が転がっているのが見えた。


 ユーリは光源を発生させる魔法を使って部屋を明るくするとそこに転がっていたのは間違いなくニクラスと、アレクシスである事が確認できた。

 リッキーとイザベラはその転がっている2人に駆け寄り抱き上げると、ニクラスは既に亡骸になっており、アレクシスは息絶える寸前であった。


「ニクラス!」


「アレクシス!」


 あまりにも痛ましいこの状況を何とかしようと大智がヒールを掛けようとすると、ニズが大智の手を掴みそれを止めた。


「よすのじゃ。この者たちには術返しが付与されておる。大智殿が回復魔法を施すだけでも呪いが移る。してこの呪いは地獄の業火じゃて、時間を掛けて呪った者を深淵から焼き尽くすのじゃ。それがおぬしのような神族でもじゃ」


 その言葉に始めて手の施しようの無い事柄に直面した大智は、やり場の無い怒りに涙を浮かべて歯を食いしばりながら、息絶えてしまったアレクシスとニクラスを泣き叫び何度も何度も二人の名前を叫んでいるリッキーとイザベラを立ちすくんだまま見ていた。


「この者達の死はある意味仕方がなかったのじゃ。人間族の欲にまみれており、己の限界も知りえぬまま竜脈に手を出してしまったのじゃ。竜脈には計り知れぬ力が有る故人間族が下手に手を出すとこのように地獄の業火の呪いを受けるのじゃ」


 リズはリッキーの手を取ると抱きしめるようにしてリッキーの背中に手を回しその悲しみを全て受け止めるようにして励まし続けリッキーはリズの胸で号泣しており、イザベラはその場で泣き崩れてしまっていた。

 大智と幸希は、ユーリと亡骸を持ち帰る為、汚れた毛布を全て剥ぎ取り幸希のポーチの中にあった新品の毛布に包んで2人の亡骸をポーチの中に収納した。


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