第19話―オイラはリッキー・ダイ!

 ――ベアトリス帝国皇室


「それは本当か?で?ドラゴンの長は何と?」


「此方から情報を聞き出そうにも一方的で話しが通じず謝罪と罪人を差し出せの一点張りで……」


 ここベアトリスの皇室では、皇帝アレグザンドラ・ムーアクロフトが先日のワイバーンのヴァイトリング強襲の報告を帝国軍元帥パトリック・アロンより受けていたのだが自体は思わぬ方向に向かっていたのだ。


「何者かが竜脈のクリスタルを用いて極大魔法を放った……か。帝国がそのようなことをする筈も無かろうに。此方から使者を出向かせ帝国は関係のない事を伝えよ!聞かぬなら放っておけ!」


「は!」


 竜脈のクリスタルとは大陸東側に存在するドラゴンの領域にあり、そこには竜族の命の源である魔力がクリスタルに蓄積され、それに直結する竜脈によってドラゴン領全域に噴出しておりその魔力は膨大なのである。今回のワイバーン強襲時に一時的に竜脈の魔力が枯渇状態に陥り、ドラゴン領域全体に被害が出てしまったのだ。


 竜族の長の話しでは被害の内容は魔力の低下による飛行中の落下から始まり、自然治癒の阻害、魔力の欠乏により下級の竜族ワイバーンを多数死に至らしめたのだがその数は1500にも及ぶ。


 クリスタルの上空を警戒していたブルードラゴンの目撃情報で隣接するベアトリス帝国から人型の何者かが侵入し竜脈のクリスタルの魔力を何らかの方法で膨大に盗み取りその場から極大魔法を放った。その極大魔法の維持をする為魔力を数十分に亘り吸い取った事からこのような被害になったのだった。

 その情報はその日のうちにドラゴン領域全土に広がり、竜王の耳に入ったのは事件の日の夕刻で、竜族側の使者があくる日の朝ベアトリス城に謝罪と罪人の差出を強固に要求して帰っていったのだった。



 一方その頃エクムントでは大智達が騎士修道会の聖堂でイザベラから詳しい話を聞いていた。


「なるほどな。完全な逆恨みだね……。で、本人たちは未だ消息が掴めてないのか?」


「はい。心当たりは全て当たりましたがダメで……。後は同郷の者を探すくらいです。私も仲間を信じたい気持ちは有るのですが、ユーリの話を聞いた限り彼らの犯行が濃厚に思えて……」


「イザベラの仲間を思う気持ちは分かるが、事が事だけに早急に真実を明らかにする必要がある。そのニクラスの同郷の者はどこに?」


 イザベラの話しではベアトリス帝国南東に位置する海洋都市ラウルと言う町でそこの漁師を営んでいる人間族で、以前そこの都市にパーティーメンバーで立ち寄った時お世話になったようだった。海洋都市ラウルはベアトリス帝国の中で最もドラゴン領域に近く、天気の良い日はラウルの町並みから巨大な竜脈のクリスタルが見えるほどだそうだ。


 大智達は早速そのラウルに向かうことにしたのだが、準備をしているときに幸希が思いも由らない事を言い出した。


「ね、ちょっと考えたんだけどあのリッキーって子連れていかない?」


「ん?リッキーを?何の理由で?」


 幸希の話では、この大陸の問題に我々が介入する場合余程の強敵で無い限りは補助程度にした方が今後こういう自体が起きた時に影響を及ぼす危険性があるのではないか?と言うことだった。今回の事案はリッキーの自業自得によって収監された事が切欠で、本人にも自身が仕出かした事で今こういう事態になっている事を身を持って分からせる事と、今後大陸や王国に危機的状況が訪れた時にSランク冒険者の力は大きな戦力になりえるという事だった。


 ただ、リッキーの好戦的で後先考えない性格をどうにかしないと無理な話だが。


「ただ、あの性格じゃあね……大智のスキルでどうにか成らないかな?」


「んー。まあどうにか成りそうだけど……」


 ミネルバは少し考えた後、大智にスキル『懇志の刻印』と『主従契約』を創造するように提案した。

『懇志の刻印』とは荒くれ者等の精神を浄化し、親切心と相手を思い親身に行動するようになり、場合によっては無害だが愛情が違う方向に向かう事がある。

『主従契約』は術者と相手の双方の同意の下で行使でき、術を行使するには名前を与えるか名前がある場合はその名前に少し継ぎ足す必要がある。それにより発生する主従関係を構築し従者は主に対して絶対である。


 この二つを用いてリッキーを更生の道に差し向ける事で解放しても問題無さそうなのでその事をナタリーに扮した王女に話すと


「それなら問題無さそうだけど、一度収監されているから、身元保証人が必要になると思う……」


「それなら私がなろう!」


 その声を上げたのは、ジークだった。


「本来で有れば、このイザベラが引き受けるべきなのであろうが、イザベラはSランクだとしても冒険者。信用の面で言えば王国直属の修道会騎士団の方が値すると思われる」


「そうね、では一度王城に戻ってリッキーの件について王女として命を出して来るね」


「うん、お願い。それとミネルバ。王女に隠蔽と転移を譲渡しようと思うのだけど」


「それは問題ないなのです。ただし条件をつけないとダメなのです」


 ミネルバの条件とは、転移は一度訪れた所と大智の元にのみできる事と

 変装については、隠蔽ではなく新たに『変装』を作成し現在の村娘風限定でということだったので、早速『変装・村娘』と『転移魔法・限』を創造して王女に付与した。


「この転移はMPをどのぐらい消費するの?私はMP少なくて……5000しかないから」


「あー大丈夫かな?多分両方100くらいに抑えられてるはずだから」


「では問題なさそうね。行って来る」


 王女はキラキラした瞳で始めて使う転移魔法を興奮気味で行使して転移していった。


「あの……」


 ユーリが大智に申し訳無さそうに申し出た内容は差し支えなければ自分にも転移を譲渡して欲しいとの事だったが、それに対してミネルバが何か言おうとした時に幸希が先に口を開いた。


「ユーリそれは出来ない。理由はね、転移は一回行った所にはもれなく行けちゃうの。貴方を信用していない訳じゃないけど、下手すると国家の危機に関係する程の事だから無理よ」


「そうですね……分かりました」


 ユーリは落胆していたが、幸希の言っている事は正しい。

 もし仮に国家の情報を知り尽くした人間が何処にでも転移できるとすれば、その悪用は勿論この先で敵と対峙した時に相手がスキルと情報を奪う能力を持っていれば簡単に国家を転覆に陥れる事が出来る。幸希はそこを懸念したのだ。


「さて、そろそろ我々もヴァーレリーのリッキーに会いに行きますか。

 同行はジークとイザベラで」


 大智とジーク、イザベラの3人はヴァーレリーにある憲兵隊の留置所前に転移してその建物の受付に話しかけた。


「リッキーの身柄を引き取りに来た騎士修道会騎士団団長のジークだが話しは通っているだろうか?」


「はっ!ジーク様。先程王都より魔報にて承っております。案内しますので少々お待ち下さい。それと……娘が大ファンなのでサインいただけないでしょうか?」


「何だ、そんな事か。どれにサインをすればよいのだ?」


 この憲兵は娘ではなく自分がファンなんだろう?と思いながら見ているとやはり握手を求めてきたので、少しイラっとした大智は


「憲平さん。君は今仕事中だろ急いでくれないか?」


「申し訳ありません!それでは案内しますので此方に」


 憲兵に付いて所内を歩いていくと顔の高さに鉄格子の付いた扉がいくつかありリッキーが留置されているドアに差し掛かった所で大智が出さなくていいので3人が中に入り少し話をしたいと伝えて中に入ると2畳くらいの広さに簡易的に敷かれた毛布と食べ残しの朝食が置いてあり、リッキーは足かせの付いた状態で正座して俯いていた。


 それを見たイザベラが声を掛け大智とジークの存在に気づくと、此方に牙を向くように暴れ出しイザベラがそれを見て叫んだ。


「リッキー!いい加減にしなさい!あなたのお陰であの2人が大事になってるのよ!」


 その言葉に反応したリッキーは暴れるのをやめて、驚いた様子になった。


「オイラのせいで……なにがっ……」


 イザベラはこの度のワイバーン強襲の事からあの二人の関与の疑いまでをリッキーに細かく話して聞かせた。


「なんでっ……そんな事に!オイラがいけなかったのかっ……」


 その様子を見ていたジークがイザベラを促すように下がらせて話し出した。


「イザベラが言う通り全て貴様が行なった事件から発生した。全ての責任は貴様にあるのだ。我々はただ今より件の2名を確保し犯行の裏付けが取れ次第裁きを下す!貴様も同行し、その責任を貴様の手で拭い取れ!」


「ジーク。後は俺が話そう。リッキー……まだ確定しているわけじゃないけど状況からして2人の犯行で間違いはないと思う。そこでだ。君を今からジークが身元引受人になってここから出す。そして俺たちに同行してもらう。そのときは君の力を戻す訳何だけどそれをするには条件がある」


 段々と怒りの表情から力が戻る期待の表情になったリッキーは条件を聞いてきた。


「条件……とは?」


「まず、力を戻す前にその傲慢な性格を直す必要がある。それと二度とこんな事が出来なくする為にも俺と主従契約を結んでもらう。条件はこれだけだがこれが呑めないのならこのまま俺たちは帰るし、犯人があの2人だった場合は君も共犯と見なされて死罪が確定する」


 リッキーは俯いて何かを考えているようで黙っていたが、何か決心が付いたのか大智の目を真っ直ぐみて


「わかった。条件を呑む」


「そうか。じゃあ始めるよ?」


 大智はまずリッキーに『懇志の刻印』を付与して少し様子を見る事にした。

 術中、リッキーは俯いていたが付与した後ゆっくりと顔を上げたのだが、先程までの表情とは打って変わってあどけない少年が目をキラキラさせて大地を見つめる表情になった。


「気分はどうだ?どこか変な感じとかないか?」


「いえ!何だかとっても気分がいいよ!」


 それを聞いて付与に成功した事を確信したので、次は主従契約を行なった。


「お前の名前はこれより……リッキー……リッキー・ダイだ!リッキー・ダイはこれより私を主と定めその盾となり剣となる事。これに同意するのであれば与えられた名前を心の奥底に刻め」


「はい!主様これより私は主様より頂いた名リッキー・ダイを名乗ります!」


 大智は少し適当すぎたかな?と思い名前に対する反応を見るためジークとイザベラを見ると、ジークは顔を真っ赤にして歯を食いしばっているが時折ングッっと必死に笑いを堪えているようだった。イザベラにいたっては我慢できなかったのかドアの外に出て廊下に逃げているがププッと堪えた笑いが部屋に聞こえてきた。


「ん……じゃあ、今から力を戻すから」


 大智は取り上げたHP,MPを贈与によって回復させて、様子を見る事にしたが、力の戻ったリッキー・ダイはその溢れんばかりの自分の力に感動し、某プロレスラーのようなポーズで「ダーーーー」と叫んでいた。

 これには大智も溜まらず噴出しそうになったが、憲兵に足かせを外させて、リッキー・ダイを引き取った。


「リッキー。お腹すいてないか?」


「いえ……大丈夫です!」


 一応全ての付与等は完全に成功しているようだが、気になるのはリッキーがやたらと大智に距離が近い様な気がするし何故か大智が話しかけると嬉しさなのか分からないが顔を赤らめる。大智はあまり気にしない事にして、4人でエクムントの聖堂で待つ幸希たちのもとへ転移する事にし両手をみんなに差し出した。


「みんな、転移するから俺の手を握って」


 そういうと素早くリッキーは大智の手を握り絞め瞳を潤ませて大智を見つめて顔を赤くし、握った手のリッキーの小指が大地の手を味わうようにモゾモゾと動いていた。

 それを見たジークとイザベラは大智と目が合うとサッと違う方向を向いて目を合わせなくなったがイザベラが


「リ……リッキー……クフッ……せ、性格がよくなったのは……いいけど……グフッ……そっちの趣味までっ……グハッ……ププ……」


「どうやらそのようだな」


 大智はその状態で転移してエクムントの聖堂に到着した。


「帰ったよ!」


 大智の声に気づいた幸希とミネルバは駆け寄ってきたがすさまじい光景を目の当たりにした。

 ジークとイザベラは到着と同時に大智からサッと放れて何も見てない風を装い準備などに取り掛かっていたがリッキーのみが何時までも手を握り締めたまま高揚した表情を浮かべ、体をモジモジしていたのだった。


「大智……それ、どうしたの?」


「ああ、どうやら付与でそっちに目覚めてしまったようだ」


「あー、えっと。うん。よくあることよね……」


 幸希も何故か余所余所しくなり大智は少し不安になったがここは心を鬼にしないといつかは自分の身に危険が迫ると思い


「リッキー!これからは俺が許可するまで俺に触れる事を禁止する!」


「はい!分かりました。主の仰せのままに」


 手を離したリッキーは普段の表情に戻ったので、ミネルバと幸希に自己紹介するように促した。


「職業はモンク!殴り専門のオイラはリッキー・ダイ!よろしく!」


 と片手を高く上げて自己紹介が終わるとジークとイザベラは早足で見えないところに逃げ込みクスクスと笑い声を漏らし、ユーリは此方を向いて顔を両手で覆い隠しているが明らかに肩が揺れている。

 幸希とミネルバはリッキーを生まれて始めて見る何かのような目でリッキーを凝視した後笑い出した。


「アハハハ!リッキー・ダイ君ね!いいよ!元気があって!」


「リッキー・ダイなのです!いい名前なのです!」


「さて、とりあえずメンバーが揃った所で作戦会議しようか!」


 大智達は、聖堂の中にある広い部屋に全員で移って作戦会議を始めた。




 その頃ドラゴン領域にある竜王城で、竜王ドラクネスが配下に指示を出していた。


「我が配下共よ。此度のベアトリスによる竜族への愚行はこれを戦線布告と見なし戦争に備え、我が号令の下開戦せよ」


 ドラゴン領域において竜脈のクリスタルを許可無く使用し、多くの下級ドラゴン達を死に至らしめ竜族全体に被害を及ぼした今回の事件を竜王は許すはずも無く、ブルードラゴンの目撃情報からベアトリス帝国の犯行だと決め付けていたのだった。

 竜王の指示により竜族の幹部たちは灰化の兵を集めて臨戦態勢に入るところで有った。

 竜王直属の配下ニーズヘッグをはじめ幹部のブラック、レッド、ブルードラゴン達は竜脈のクリスタルから最大級の魔力の加護を受け、開戦前の作戦会議を行なっていた。


「今回は龍王様がお怒りになっているから戦争は免れないだろうな」


「なに、小さき者の国など他愛もないわ」


「我が少し過大に報告したのも有って久々に暴れられるわい」


 などと話している横でニーズヘッグは頭を抱えていた。

 今回、竜王は開戦と同時にニーズヘッグのみが真っ直ぐベアトリス王城の近くにある世界樹の破壊攻撃を命令されているがその破壊攻撃に少し懸念を抱いていたのだった。


 世界樹とはベアトリス帝国王城から2キロ圏内に存在する途轍もない大きさの樹木で、大陸全ての魔力の供給に関係しており、これを破壊するとベアトリスは愚か大陸全土に被害が及び、大陸中の全ての国家を敵に回すことになるのだ。


 竜王の考えは世界樹を破壊後大海の龍王リヴァイアサンに大海の龍脈を直接竜脈のクリスタルに繋いで貰いドラゴン領域の魔力供給を確保するつもりだが、龍王リヴァイアサンの海龍族は同胞で有ったとしても交換条件としてドラゴン領域の差出を要求してくると思われる。その場合竜王以下全員が龍王リヴァイアサンの配下に落ちる事になる。竜王は同胞という事を盾に交渉するつもりだがその交渉が上手く行くとは到底思えないのだ。


「貴様らこの事態を軽く考えているようだな。童が世界樹を破壊した後この大陸は滅亡する!それは竜族も同じ。童の感が正しければこれはやってはならぬ戦争なのだ」


 黙り込んだ幹部のドラゴン達は互いに顔を見合わせてニーズヘッグに意見を述べた。


「ニーズヘッグ様は腰が引けると?

 あれ程までに世界を恐怖に貶めたあのニーズヘッグ様が!

 御歳をお召しになり耄碌されたのでは?」


 するとニーズヘッグは怒りを露にし、幹部のドラゴン達を一撃で地に落下させた。


「貴様ら!今の童に対する侮辱聞き捨てならぬぞ!竜王の考えは間違いだと申したのだ!そもそも童はそこまで年寄りではないわ!」


 地上に叩き落された幹部たちは上空のニーズヘッグを睨みつけて


「それは竜王様に対する反逆とみなす!」


 ブラックドラゴンが叫ぶと3匹の幹部達は一斉にニーズヘッグに飛び掛ったが幹部達の力はニーズヘッグにはとても及ばず、あっという間に地に落とされて重症を負った。

 重症を負い意識がなくなったレッド、ブルードラゴンの隣でまだ意識があるブラックは


「クッ貴様!これで完全に反逆者になったぞ!」


「ふん!その程度の下賤の分際で童に盾を突くからじゃ!童はもう知らぬ貴様らが後は好きにするがよい!」


 そういい残してニーズヘッグはドラゴン領域の東に聳え立つ山脈に消えていった。


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