第5話―ローストビーフを食す

 村に帰った大智達は村長に呼び止められ「少し話がしたい」と言われたのでミネルバと一緒に村長に自宅に招かれた。

 そこには村長の娘のリゼットもおり村長は神妙な面持ちで今回の出来事について話し出した。


「ワシはこの村の村長で ヤニク エナン と申します。

 この度は誠にありがとうございました。貴方様が居なかったらこのリゼットも

 今ここには居なかったと思います。

 少ないですがこれがこの村で今出来る精一杯です。お礼としてこれを受け取って頂けたら……」


 コンビニのレジ袋程の麻袋に銀貨の様なものが大量に入った物を渡してきたが、勝手に手伝ってお金を頂く気には到底なれなかったので丁重にお断りした。

 

 「これは受け取れません。自分たちは勝手に手伝っただけですのでどうかお気になさらずに」

 

 何度かこんな会話が続き、そろそろ諦めてくれないかなと思ったときにミネルバのお腹がグーっと音を立てた。

 ここに居る全員が恥ずかしがっているミネルバを一斉に見ると


「お腹が空いたのです。何か食べ物をプリーズなのです」


 それを聞いたリゼットがクスクスと笑い出して


「じゃあ、食事を用意しますので食べて頂けませんか?」


 ミネルバは涎の出そうな口元を拭って、喜びの満ち溢れた表情になり、大智は異世界での始めての食事に喜びと少しの不安を覚えたが、お礼の食事を断る訳にはいかないのでご馳走してもらう事にした。

 食事が出来るまで村を見て回ってみたかったので、村長に許可を貰い、ミネルバと村を見て回る事にした。

 村長の自宅を出て少し歩いた所には結構な大きさの畑があり、一面に野菜や花が植えられていて何人かの村人がそれを収穫しているのが見えた。

 収穫された野菜や花は車輪が木製のリヤカーのような荷車に積まれ、それを引っ張る動力として繋がれていたのは、全体的に普通の大きさでおなじみの白黒模様の牛だが馬のような鬣が尻尾まで生えて尻尾は上向きにクルッとなり闘牛のような角が生えている牛と馬のミックス動物だった。

 その時村人が収穫された野菜を荷車に積んでいたので話しかけてみた。


「これはなんていう動物ですか?」


 すると村人はこちらを見てパッと笑顔になり


「ああ!これはこれは大智様。コイツはホータウロスって言って家畜なんですよ。

 荷車を引いているのは動力とミルク用で

 向こうの方にいる黒いヤツが食用なんですよ」


 村人の指す方向を見ると畑の奥の方に30頭くらいのホータウロスが放牧されており、黒いのが20頭くらいで残り10頭は白と黒の模様だった。

 牛と馬の混合種のような物であればここでの食事は期待できると確信した。


 畑を後にした大智とミネルバは町の風景に少し違和感を覚えたが、村長の家に戻る事にした。

 食卓には野菜を中心とした料理が並べられていて少し期待を裏切られた気分になったが、自分たちの為に用意されたものなので遠慮無く頂くことにした。

 主食は豆と野菜のミネストローネのようなスープと綺麗に盛られたサラダ、何種類かの野菜を使ったラタトゥイユのようだった。

 村長は大智のコップに果実酒を注ぎながら


「どうぞ召し上がってください。お子さんは果実のジュースでいいかな?」


 するとミネルバは少し頬を膨らましながら


「子供扱いはだめなのです! ミネルバもお酒がいいのです!」


 大智はそんなミネルバを諌めるように


「こらこら! 未成年はお酒を飲んじゃダメなんだぞ」


 するとミネルバの口から思いもよらない答えが返ってきた。


「ミネルバはこう見えて2530歳なのです! 未成年ではないのです!」


「えっ……マジで?」


 大智は驚いて思わず口に出してしまい、村長は 「なんと!」と驚いた様子だった。

 しかし考えてみれば神界から来た神の使いなのだから、この見た目で2530歳はどう見てもおかしいと言う人間の常識が当てはまる訳もあるまい。この見た目でその年齢は所謂チートと呼ばれる類なのであろう。

 年齢を聞いた村長はミネルバに対して改まった姿勢になり


「それはそれは失礼した! ではご一緒にどうぞ」


 と言いながらミネルバのコップにもお酒をついでニコニコとしていた。

 正直、この見た目でこの年齢なのであれば「そんな馬鹿な!」と思うのが人間界では常識なのだろうが、村長さん達は異世界人だからそういう事柄にも成れているのだろうと事故解決をしていた時に村長が


「大地様はおいくつですかな?」


 と問いかけてきたので


「私は現在40歳ですね!」


 それを聞いた村長さんは


「ご冗談を……」


「いえ!40歳です!」


 食事の支度を済ませて席に着いたリゼットは村長と顔を見合わせてビックリした後


「年齢の割りに随分と体格がいいんですね……人間族だからかな?」


 村長もそれに続いて


「ワシはこう見えて521歳で、リゼットは176歳でまだまだ子供です」


 驚いた。

 人間の長寿でも100歳とちょっとで老人なのだが、やはりこの世界の人たちは人間の常識など通用しないようだ。この青年に戻った身体で40歳は自分でもおかしく思えるのでこれ以上は年齢の話を掘り下げるのはやめる事にしたのだが、その横でミネルバはお酒をグッと飲み干し、催促するように


「食べ物が悲しがっているのです……早く食べてくれないかと言っているのです!」


 村長はそれを聞くと


「すまんかった! 遠慮なく召し上がってください。

 リゼット! 焼きあがったのではないか?」


 リゼットは「見てきます」といって立ち上がってキッチンの方へ行き、美味しそうなお肉の焼けた匂いと共に少し大きめのお皿を持ってきた。

 そう、食べ放題のレストランなどで出されると争奪戦が始まってしまうあれだ。

  

 ローストビーフ

 

 大き目のお皿に敷き詰められた焼き野菜にドンと置かれた30センチほどの丸ごとのローストビーフ。その姿はまさにローストビーフの真骨頂。

 お腹の空いた我々にはその肉の焼けた匂いだけで幸福感が満ち溢れてしまう。

 レストランではシェフが目の前で切り分けてお皿に盛ってくれるという演出までされる。

 リゼットが端を切り落とすと中は見事なピンク色に染まっており、ジュワッと肉汁が溢れ出して来る。

 思わずお皿をリゼットに我先にと渡すと


「どのぐらいの厚さにしますか?」


「これくらいで」


 大智が指で5センチ程の厚みを指定すると、リゼットが切り分けて一口大にしてお皿に焼き野菜を添えて盛り付けてくれた。

 ミネルバにも厚さを聞くと


「皆のを切った残り全部なのです!」


 一瞬シーンとなったが、村長の分とリゼットの分を切り分けた後、丁寧に食べやすい大きさにカットしてお皿ごとミネルバの前に置かれた。


「沢山食べてくださいね」


 と笑顔でリゼットが言うと、ミネルバはそれを次から次へとと口に運び出した。

 その様子に大智も釣られて口に運ぶと、肉は余計な臭みもなく和牛に似た柔らかさで口の中に広がる肉のうまみと香辛料の香りがマッチしていて今まで食べたローストビーフの中で一番美味しいといっても過言ではない。

 ミネストローネやラタトゥイユも非常に深いコクと野菜のうまみが最大限引き出されており5つ星レストランでもこのレベルはなかなか無いのではと思うほどだった。

 料理の味を堪能していると村長は神妙な面持ちで


「大智様。こんな事を聞いていいのか分かりませんが……貴方様はこの世界の方ですか?」


 直球の村長からの質問に大智は食事の手を止め少し考えた。

 自分が住んでいる地球の事にしたって、神界から送りこまれた事にしてもどう説明したら分かって貰えるのか。

 そもそも、神に近い存在だと知れ渡ってしまうとそれこそ大騒ぎになってしまうのではないか? 素性を隠すにしたってそれなりに納得できる話でなければ逆に混乱を招いてしまうので慎重にならなければならない。

 色々考えているとミネルバが口を開いた。


「私たちは親子で色々な所を旅しているなのです。お父さんは冒険者なのです」


 すると村長は


「冒険者……ですか」


 この流れに乗るしかないと思った大地は


「ええ……そうなんです。親子で色々な所に冒険がてら旅をしている最中でして」


 村長は少し考えた後何かを察したように言った。


「分かりました……冒険者とあればこれ以上の詮索はやめておきます。こうして村の危機も救って頂いたので、悪い人ではないと言う事は分かっています。何か事情があるのでしょう。それなら……」


 村長はリゼットと顔を見合わせて頷くと、リゼットが口を開いた。


「大地様。私共の家計は『鑑定』と言うスキルを保有しています。この村では私と父が世界には少数ですが保有している方が居ると言うのを聞いた事があります。

 失礼を承知で先程大智様を鑑定させて頂きましたが、その冗談の様な数値はこれまで見た事も聞いた事もありません……

 それに所々『神』と……」


 送り込まれる前に隠蔽の事を聞いていたけど始めての異世界の景色やミネルバの事ですっかり忘れていたようだ。


「私達は助けて頂いた恩もありますのでこの事を口外するつもりはありません……

 しかし他の『鑑定』スキル持ちの方と対峙した時に大騒ぎになる可能性があり、それが知れ渡ってしまうとこの世界の全員、国王であっても貴方様に膝を付かなければなりません。そうなると自由な行動はまず出来なくなりますので隠蔽をされたほうが良いと思います」


「ありがとうございます。これから気をつけます……因みに『鑑定』で何処まで読み取る事が可能なのですか?」


 リゼットは事細かく自分たちの『鑑定』ではレベル等のパラメータのみである事や魔力測定水晶では全てのステータスを読み取れる事、『隠蔽』はレベルの高い鑑定スキル持ちの人には見破られてしまう事など教えてくれた。


 大智は自分のステータスを開くとパラメータと称号には変わりがなかったのだがスキルに 


 威圧 Lv神 回復魔法Lv神 EXに魔法無詠唱 


 が新たに加わっていた。

 その詳細を見てみると、


 威圧 Lv神

 威圧する言葉と態度で任意の対象を麻痺拘束する

 麻痺拘束時間 無制限

 範囲 無制限(任意)


 回復魔法 Lv神

 体力、怪我、病気 状態以上を回復

 段階 ヒール ヒーリング パーフェクトヒール 

 アルティメットヒール エクスヒール(複数対象を全回復)

 リザレクション Lv神

 死亡状態、瀕死状態から蘇生し、回復


 魔法無詠唱 

 魔法行使時に適切な魔法が呼び出され全ての魔法詠唱をカットする

 魔法の出力、範囲に影響なし


 となっている。

 良く分からない事柄ばかりだが、読んで見ると普通ではないと言う事が嫌でも分かる。

 大智は早速 『隠蔽』 と唱えて見た。

 すると本来のステータスの上にもう一枚それぞれ重なるように浮き上がり枠外に(隠)と印がしてあった。

 隠蔽後のステータスは


 桐原 大智       スキル            称号

 Lv100       魔法攻撃Lv10       なし

 ジョブ 賢者      治癒魔法Lv9

 HP1250      鑑定 Lv1

 MP9570      異次元収納Lv5

 STR350

 VIT285

 DEX320

 AGI305

 INT620

 MND435

 となった。

 もう一度リゼットに鑑定してもらい、大体の冒険者の平均値である事を確認してもらった。

 気づくとミネルバは自分の食事を食べ終えて満腹になった妊娠中の様なお腹を摩って幸せそうに余韻に浸っていた。

 食後の飲み物を飲みながら村の違和感について村長に聞いてみた。


「食事の前に畑や牧場を見て回っていたのですが、少し違和感があって」


「それは多分……年頃のエルフが少ないからではないでしょうか?」


 リゼットの話ではこの村では年頃のエルフの仕事が少なく、ある程度の年齢になると冒険者であったり大きな町や王都に出稼ぎに行ったりして生計を立てているらしい。その為、戦士や農作業はある程度高齢の年齢のエルフがやっているという。

 しかし、このままでは人口が減っていきいつかはこの村も消滅してしまう恐れがあり、どうにか村興しをしたいが村で何か事業を始めるにしてもそれなりに予算がかかり、村自体の財政が厳しいので不可能に近い。


 そしてエルフは美男美女が多いため迂闊に他所者を出入りさせると盗賊に誘拐されて奴隷商に売られてしまう事もあり他の種族を良く思わない村人が多い。

 大智は何か始める手助けは出来るが他の地域や他種族の動向が分からないため他の町の情勢や他種族を見る必要がある。


「村長にお願いがあるのですが……空き家があればここに私達の拠点をおきたいのですが……もちろん代金はお支払いします」


 村長とリゼットは少し考えた後


「それはかまいません。しかしここに拠点を構えても其方の得にはならないのでは?」


「損得ではなくてどうにか村興しの手伝いが出来ればと思いまして」


 すると村長は立ち上がり深々と頭を下げて


「村興しのお手伝いをしていただけるのであれば拠点はこちらで用意させてください! これから色々とお世話になっていく上で代金などいただけません。どうしても代金を払われると言うのなら空き家は提供できません! これはこの村の全員のお礼の気持ちとして受け取っていただきたい」


 何も言えなかった。

 ここで頑なに代金を払うと言ってしまえば村人の気持ちを踏み躙る気がして、大智はありがたく提供を受け入れる事にした。


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