第4話―エルフの村エクムント
村に向かって歩き出した大智は川の畔に差し掛かった所で足を止めて
川の中を覗き込むと、水中を泳ぐ魚は体長10センチ位で大部分が魚なのだけど鰓の下側からザリガニのような鋏が二本付いていて器用に何かを口に運んでいるようだ。
先程見えた蝶の様なひらひらとした虫は手足が二本ずつで人間の手足のような形をしており、気がいいのか大智の周りを歓迎するかのように飛んでいる。
「驚いたな……こんな生物は生まれて初めて見た」
異世界なのだから当たり前の話なのだが、やはり目の当たりにすると
言葉を失ってしまう。
川の中を覗き込んでいた大智は水面に移った自分の顔に気づいて愕然とした。
「ん……誰だ?これ俺か……?」
川の水質が綺麗な事もあって鏡のように映っている人間の顔……
そこには大智の面影があるとても40代には見えない青年の顔が映し出されていたのだ。
「若返った……? 若い頃の俺か?」
毎朝洗面所で歯磨きをするときに何気なしに見ていた40代の自分の顔が
若い頃の自分の顔になっているとやはり嬉しくなってくる。
手の甲や足の甲に至っても若さを取り戻した肌になっている事に気づき、
若返るだけでこれほどの嬉しさが沸いてくるとは思ってもいなかった。
しかし、今の格好はパジャマだ。
まずはこれをどうにかしないとパジャマで外を出歩くのは少し抵抗がある。
「何か着替える物は無いのかな?」
その時、すぐそこにある丘の方から誰かが「大智様ー!」と叫びながらこちらに走って来るのが見えた。
丘の上から全力で走ってくるのは某魔術学校の様なローブを身に纏った、
10歳くらいの眩しい金色の長い髪の毛を風になびかせている女の子のようだ。
「あっ! あぶない!」
その言葉も空しくその子は走った勢いのまま
ゴロンゴロンと3回ほど体育の時間にマットの上ででんぐり返しをするように転んで動かなくなった。
大智は心配になり急いでその子に駆け寄ると碧目のかわいらしい女の子が
目が回ったかのように大の字になって倒れていた。
「大丈夫か!」
するとこちらに気づいたのかサッと立ち上がり可愛らしい顔だが少し涙目でにっこりと笑って
「だいじょうぶなのです! このくらい平気なのです!」
近くで見てもやはり10歳位のビー玉のような藍目金髪ロングで某ローブを羽織り、上品なこげ茶色のワンピース、腰に小さめのポーチと革製の長靴のような出で立ちだが、膝には先程の転倒で付いた擦り傷がヒリヒリと痛そうに血を滲ませている。
「身体は大丈夫だろうけど……その膝は……」
大智は少し噴出しそうになったが、ここで笑ってしまうとこの子に悪い気がして我慢した。
「で?君は一体……誰?」
すると女の子は涙目から一転真面目なのかふざけているのかわからない表情で敬礼の様なポーズをとり
「私は!神界より来ました 『ミネルバ』と申しますなのです! この度大智様にこの世界でお供するよう命じられて参りましたなのです!」
それでも膝がヒリヒリするのか膝を気にして涙目になりながらも此方に向かって敬礼のポーズのまま立っている。
「取り合えず絆創膏とか消毒液とかもってる? それとも治す呪文とか……」
ミネルバは涙目からパッと可愛らしい笑顔に変わって
「大智様なら治せるなのです!
傷口に手を翳して『ヒール』と唱えてなのです!」
大智は始めての魔法に少し戸惑ったが、ミネルバの膝に手を翳して
『ヒール』
と唱えた。
すると翳した手のひらの周りに眩しいほどの光と共に魔方陣の様な模様が
出現し、傷口を修復しているのが見えたが5秒くらいで光と魔方陣が消えた頃には膝には最初から何も無かったように擦り傷が消えていて驚いた。
これまで普通の人間として生活をしてきて自分が魔法で他人の治療をするなど誰が想像できるだろう?
自分の手の平を見てもこれといって変わった様子も無く、魔法の存在する世界……ここは異世界ということを改めて認識した。
「ありがとうなのです!」
ミネルバは綺麗に治った膝を手ですりすりしながら喜んでいた。
「で? 神界から来たんだよね? これからどうすればいいかな?」
村に向かう気でいた大智だが神界から送られて来たミネルバが何か知っているのかと思い取り敢えずは聞いてみた。
「まずはあそこに見える村に行ってみるなのです。 それと、神界よりお届け物があるなのです」
ミネルバは腰のポーチを開けると質量的におかしいほどの大きな袋を取り出しこちらに渡してきた。
手渡された袋を開けると純白で上質な生地に金の装飾が施されたロング丈のカソックに同じ生地で出来たスリムなパンツ。
同じ純白の布を基調に金の刺繍が見事に施されているペレグリナ、白い革製で金の装飾が付いたショートブーツに両膝までありそうな金のストラと太い金の布製のベルトでバックル部分は金の装飾に大きなサファイアが埋め込まれておりその周りはダイヤモンドが散りばめられていて、わき腹の辺りに小さなポーチが付いている。
「あー……。これに着替えれば言い訳だね」
パジャマを脱いで肌着のみになったらミネルバはハッとした後、恥ずかしそうに顔を手で多いながら向こうを向いた。
そんなミネルバの恥ずかしそうな仕草をよそに大智はさっさと着替え、バサッとローブを羽織るとその出で立ちはまさに『神』のようで着慣れないこともあり少し恥ずかしい感じがした。
「これ……ちょっとだけ恥ずかしいな……」
ミネルバはこちらを羨望の眼差しで見つめ、目が合うと顔を赤らめながら
「大智様……かっこいいなのです!」
大智は照れていたが正直かっこいいなど言われ慣れてなかったので嬉しい反面、目の前にいるのは10歳位の子供なのだから少し罪悪感を覚えた。
ポーチを開けてみると何か入っているみたいなので取り出してみると、70センチくらいの剣で持ち手から鍔まで金と宝石が豪華に装飾され、鞘は白地に純金と宝石の装飾が施されておりとても豪華な剣であった。
鞘から剣を抜いてみると剣身にいたってはガラスのように透明で鍔から剣先まで青白い電流の様な物が流れており、手に取った瞬間にこれは自分だけの剣と認識させられる様な何かが全身を駆け巡る感覚がした。
「すごく綺麗だ……」
「きれいなのです……」
ミネルバもその美しい剣に見とれていたが、我に返ったのか
「えーっと……それは『聖剣ジュピター』なのです。
神もしくはそれに順ずる者しか手にする事が出来ないなのです」
ミネルバは物知りを自慢するかのように言った後可愛らしい顔で
ドヤ顔をしていた……
「じゃあ、村に行ってみよう!」
大智とミネルバは村に向かって歩き出したのだった。
小さな村が見えてきた頃、なにやら村から子供の様な3人がこちらに向かって走ってくるのが見えた。
ミネルバはそれに気づくと大智にささやくように
「あれはエルフ族なのです。エルフは人間を嫌っているなのです。
大智様気をつけるなのです」
3人は大智達の前に立ちふさがり、一人は剣を構えたまだ幼さの残る
美形な男の子で耳が横に少し長く、残る二人は弓をこちらに向けて
構えているが、やはり幼さの残る美少女でこの種族の特徴なのか
耳が横に少し長い。
3人ともいかにも村人という服を着ているが見た感じ裕福そうではなく
明らかにこちらを敵視しているようだ。
剣を構えた男の子が
「誰だ!この村に何の用だ!」
いくら死ぬ事は無いって分かってても弓と剣を殺すつもりで向けられるとそれなりの威圧感がある。
話し合って分かり合えるといいのだがそれは一種の賭けに近い。
「いや……俺たちは戦いに来たわけじゃないんだよ。近くを通ったら
村が見えたから寄ってみただけなんだ。 だから武器を下げてくれないか?」
弓を構えていた少し気が強そうな女の子が
「そうやって騙して村を襲うつもりなんでしょ!!」
どうしたら分かってもらえるのだろうか?大智は少し焦りながら説得を続けた。
「そんなつもりはないよ! 俺たちはこの辺の者でもないし君たちの事情は分からないけど、
ただ本当に立ち寄っただけなんだ……信じてもらえないかな?」
隣でだんだんとミネルバがいらだって来ているのが手に取るように分かる。
このままではマズイと思っているとミネルバが
「エルフ族は武器も構えていない親子連れにも弓を引いて威嚇するなのですかー! 自分たちがされて嫌な事を平気でほかの人にもするなのですかー!」
すると敵視の表情から一変、申し訳なさそうな表情に変わった3人は
ようやく武器を下ろして先程まで剣を構えていた少年が
「ごめんなさい……さっきオーガの集団に村を襲われたばかりで
気が立っていたんだ……」
少年はそういうとうつむいて泣き出した。
「村の戦士が抵抗したけどやられてしまって……
村の女たちをさらって行ったんだ!
そのなかに僕のお姉ちゃんも……」
大智はそれを聞くと居ても立っても居られなくなり心の奥底から
『助けたい』
という気持ちが湧き出てきた。
大智とミネルバは目が合うとコクっとうなずき大智は行動に出た
「取り敢えず回復魔法が使えるから怪我人の所に連れて行ってくれないか?」
少年は一瞬ハッとした顔になり
「じゃあ、僕についてきて!」
と言って村の方に走り出した。
それを追うように大智とミネルバ、二人の女の子も走り出し村に入った。
村は人口400人くらいの小さな村で入り口には
《エクムント》
と書かれておりどうやらエルフ族のみ住んでいる村のようだ。
家屋は木材と大きな木の葉のようなもので出来ておりそれなりに立派に建てられていて、子供の頃遊んだ秘密基地のような木の途中に家屋を引っ付けた物もある。
その中の少し大きめの家に入って行くと怪我をした男性の戦士たちが
大き目の葉っぱの上に6人寝かされていて、怪我の手当てをされていた。
怪我の手当てをしていた女性がこちらに気づいて
「きゃー!」
と悲鳴を上げるとほかの手当てをしていた村人もいっせいにこちらを見た。
「なぜこんな所に他所者がいるんだ!」
その声に少年は少し萎縮したが、大きな声で
「この人回復魔法が使えるっていうから連れて来たんだ!」
大智も誤解される前にどうにか分かって貰う必要があると感じ
「私が回復魔法を使って怪我人の手当てをしますので手伝わせてください!」
と言い、徐に一番手前の怪我人の身体に手を翳して。
『ヒール』
と心の中で叫んでみると怪我人の患部が見る見るうちに修復され、それまで苦痛の表情だった怪我人は安堵の表情に変わった。
「よし! 次!」
と言った感じでどんどん怪我人が回復していく様を先程まで手当てを行なっていた村人たちは手を止めてその場に立ち大智を驚愕の表情で見ていた。
最後の怪我人は一番重傷者で、右腕は鋭利な刃物で切られたのかほぼ切断状態で身体のあちこちには深く刻まれた刃物傷が複数あり、ほぼ瀕死の状態だった。
大智はそれを見た瞬間にこれはヒールでは無理な気がしたのだが次の瞬間、
頭の中にスキル名がパッと浮かんだので両手を大きく広げそれを力強く唱えた。
『アルティメットヒール』
すると通常のヒールとは比べ物にならない光と共に怪我人全体を包むほどの魔方陣が出現し、ほぼ切断状態だった腕は元通りになり切り裂かれた切り傷は何も無かったように塞がって血の気の無かった表情は元通り健康な表情になった。
それを見た他の村人たちは一斉に歓喜の声をあげた。しばらくすると重症人だった男性は目を覚まして
「あれ……? 俺は一体……?」
先程まで手当てをしていた村人がその男の下に駆け寄って来て
「こちらの方が回復魔法で怪我を治してくれたんですよ!」
と大智の方を指差すと、怪我人だった人は
「ありがとうございます……なんとお礼を言ったらいいのやら……
僕はアラン デスダンと申します。 あなたは?」
「桐原……桐原大智と申します」
その会話の後にアランはハッとした表情に変わり
「リゼット……! リゼットは?」
さらわれた女性なのだろう。アランは剣を取り慌てて出て行こうとするのを
他の村人に止められ
「アラン!無茶はよせ!今他の戦士たちが捜索しているから!」
「どけ!俺も行くんだ!」
多分アランにとって大切な人なのだろう必死さが伝わってくる。
自分も何か役に立ちたい一心で大智はミネルバに問いかけた。
「ミネルバ……人を探す魔法ってないのか?」
「あるのです。それは『捜索』なのです」
大智は目を閉じて心の中で『捜索』と唱えた。
すると頭の中にマップのようなものが浮かび上がりそこにレーダーのような光が放たれると、ここから少し離れた森の中で20人くらいが戦闘している風景が浮かびあがってきた。
「見つけた! 戦闘しているみたいだ! 俺たちが行って来るから
アランさんはここで休んでいてください」
そう言い残して大智が外に出ようとすると、一人の老人男性のエルフがドアの外に立っていた。
その老人を見た村人たちは 「長老!」と言っていたのでこの村の長老なのだろう。長老は大智に語りかけた
「あのような最上級回復魔法を行使できる方ならお願いできるじゃろうか? どうか村の女性たちを……娘を……どうか救ってください」
自分の大切な人がさらわれた時と同じで自分の娘をさらわれた親の気持ちは痛いほど分かる。
長老は胸が張り裂けそうなほど心配なのだが長老と言う立場から大騒ぎは出来ないのだろうと思うと大智はこれまで感じた事のない怒りがふつふつと込み上げて来るのがわかる。
「ちょっとキツイお仕置きをしてきます! ミネルバ行くぞ!」
「はいなのです」
大智は全速力で走った。心の中で(もっと早く走れ!)と自分に言い聞かせると、なぜかものすごいスピードで走れるようになった。
まさに大馬力の車で急にアクセルを踏み込んだ時のように。
あっという間に戦闘している場所に到着しエルフ族側の最前線に立ちはだかった。
オーガの集団の中に囚われたエルフの女性たちを発見したが何人かの女性は怪我をしているようだった。
それを見た大智は怒りが頂点に達して、一歩一歩オーガの集団に向かって
歩きだした。
「ソレイジョウチカズクナ! オンナタチガドウナッテモイイノカ」
それを聞いた大智が大声で
『黙れ!』
するとオーガ達はみんなその場で一斉にピーンと気をつけの姿勢になり顔から汗をダラダラ掻き出した。
戦っていたエルフ族の戦士たちは一体何が起こったのか理解できないまま、戦闘状態の剣や槍を構えた格好で制止して大智達を凝視していた。
さらに大智はオーガに歩み寄り一番先頭の剣を持ったオーガの目の前まで行くと、腹の底から湧き出る禍々しいほどの怒りの声で
「お前たちは今何をした?」
大智の目は真っ直ぐにオーガの目を睨む。
「どこから女性たちを連れて来た?」
オーガは顔中汗まみれになり中にはあまりの恐怖で失禁をするオーガまで現れ、それを見た大智は異常な程の殺意を覚え
「答えねーんだな? じゃあ、お前たちには罰を与える!」
フーっと深呼吸をして
『剥奪! 残り1!』
すると、その場に居たオーガ全員の頭上に白い光が発生しオーガの身体から何か白い煙のような物を吸い込むと光はフッと消えた。
大智は頭の中で『全員のステータス』と唱え確認すると。
この場いいる全てのオーガのステータスが
HP1
MP1
STR1
VIT1
DEX1
AGI1
INT1
MND1
になっている事を確認して先頭のオーガをものすごく軽く突き飛ばしてみたら突き飛ばされたオーガは後ろによろめいて転んで動かなくなり明らかに死んでいるようだ。
大智は残りのオーガに大きな声で
「お前たちも帰りは転ばないようにな! 死ぬぞ!」
オーガ達は腰を抜かしたように匍匐前進のようになり悲鳴を上げながら
ゆっくりと逃げ出そうとしていたので大智は死んだオーガの腕を持って
「これも持って帰れ!次同じ事やったら今度は俺がお前らのアジトに行って全員同じにするからな!」
とその死んだオーガを投げつけると他のオーガ達がその死体を引っ張りながら逃げ出した。
ミネルバは拘束された女性たちのロープを解いて回っていたのでエルフ女性全員に 『ヒール』を掛けて回復を行なった。
囚われていた可愛らしい感じのエルフの女性が一人大智の所に来て
「助けてもらってありがとう御座います! 私はエクムント村長老の娘で リゼット エナン と申します。
この度はなんとお礼を言ったらよいのか……」
「お礼なんていいですよ! アランが心配していますので早く戻りましょう」
村まで帰る途中にリゼットに村での出来事を話しているとエルフの戦士が話しかけてきた。
「しかしアイツら逃がしてよかったんですか?」
「転んだだけで死ぬ魔法掛けといたからそのうち勝手にどこかで死ぬよ」
「そうなんですね! いい気味です!」
全員で高らかに笑いながら歩いていると村が見えてきた。
村の入り口にアランと長老が立っており、こちらに気づくとアランが駆け寄ってきた。
リゼットの前に来るとアランは
「大丈夫か? 怪我はないか? どこも痛くないか?」
アランは心からリゼットを心配していたんだなと分かる。
「大丈夫だよ! 怪我は大智さんに治してもらったから!」
二人は涙を流し抱き合いながら
「心配かけたね……ゴメンね……」
「よかった……」
そんな二人を見つめながら大智はこの世界に来て初めて人の役に立ったんだなと実感し、貰い涙を零した。
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