第3話―決意表明

「おはようございます桐原部長!」


 いつもの通勤途中の駅前で、元気な声で挨拶をしてきたのは北原だ。

 少し栄えている駅前には色々な店舗や会社などが存在し、この通勤時間帯はそれぞれの職場に向かう人たちでひしめき合っていて、自分が勤める会社の社員に出会う事もあるのだが北原に出会う事は今まであまり無かった。


 北原はお調子者な所があるが仕事に関しては真面目で、遅刻や欠勤は勿論、期限の迫った案件などの場合会社に泊まりこんでこなす事もある所謂(社蓄)な面も持ち合わせており、大体は一番に出社する程に早い時間帯にここを通るはずなのだが。


「今日はゆっくりなんだな」


「いや……。今日は寝坊してしまいまして」


 この男から寝坊という言葉を聞いたのは多分始めてのような気がする。

 若干29歳にして現在主任だが、次の人事で課長に推薦したので来期の課長昇進は間違いない。

 これはこ北原の努力の賜物であり、会社側も北原の仕事ぶりと人望の厚さを評価しての事である。


「ん? 珍しいな……昨日少し飲みすぎたのか?」


「そうみたいです。自分でもビックリです」


 歩きながら話していると北原が昨日の事を語りだした。


「あの……昨日の出来事ですが……おでんを食べながら日本酒を呑んで

 隣のおじいさんと盛り上がったのは覚えているのですが……

 その後どうやって帰ったのか覚えていないんですよ……」


 まあ無理もないだろう。酔って寝ている所を起こして連れて帰ったのだから帰りの電車でも半分寝ていたのだろうし、自分の自宅の最寄り駅で降りて自宅まで帰れたのは奇跡に近い。


「どこまで覚えてるんだ?」


 すると北原は珍妙な事を言い出した。


「部長がおじいさんに玉子の食べ方を伝授して……ビールの事をエール? って言ってましたよね?

 その後……おじいさんの帰り際におじいさんと目が合ったのですが、そこから記憶がありません」


 確かにあのおじいさんが帰るまで北原は横で飲み食いしていたような気がする。それから急に寝入ったという事なのか? 


「それと、あのおじいさんの話し方があまり聞き慣れない感じだったのは覚えています」


 確かに普段聞き慣れない話し方であったが悪意はなさそうだったし、あのおじいさんが何か催眠術のような呪文を唱えたのかも知れないがこうして出社も出来ているのだから、あまり深く考える事でもないな……


「たまには変わった事もあっていいんじゃないか? 

 あのおじいさんも変わった方で楽しかった訳だしな」


「まあ……そうですね」


「さあ今日も仕事が待ってるぞ! 気合入れて行こう」


「了解です!」


 オフィスに着いた二人は各自のデスクに座り、本日の業務内容を確認して朝礼の準備に取り掛かった。



 その頃神界では夢召還の女神ニーナが緊急神界会議に出席していた。

 神界とは神々が存在するための聖域であり、神以外の存在が立ち入れる所ではない。その神界の頂点に君臨する主神ゼウスを中心にそれぞれの神々で構成される『神界危機管理委員会』なる組織が今緊急会議を開催していた。


「女神ニーナよ。 桐原大智の召還は成功したのか?」


 女神ニーナは召還の女神でありこの神々の中では新参ともいえる立場で、

 ガチガチに緊張した表情で答えた。


「はい……大部分の召還には成功していますが、大智様より少々時間が欲しいとの事で……本日の就寝にて召還を成功させる所存で御座います」


 それまで厳格かつ威厳のある表情の主神ゼウスはパッっと笑顔になり


「そうか! ならば吉報を待つこととしよう。

 しかし、失敗は許されぬぞ? 分かっていると思うが今回失敗した場合、

 上級神への昇進はおろか存在自体も危うくなるのだからな」


「承知いたしました。 成功の場合の転移先ですが、第73世界カザルドル大陸にあるヴァイトリング王国を予定しています」


 第73世界カザルドル大陸とは無数に存在する異世界の一つでありその中でも難易度がもっとも高い大陸である。

 難易度はもっとも低いDランクから最高ランクのSランクまで存在するのだが、カザルドル大陸はその中でもSランクの超難易度である。

 これまで幾多の転移転生を経た人間が向かった先は精々Cランクまでで、

 今回Sランクにこれまでにない召還という形で人間を送り込む事は

 女神ニーナの提案でありほぼ実験的に行なわれる案件でその責任は重い。


「Sランクの攻略は難易度が高い故、ギフトは最大且つ最高の物を持たせ

 助手を一人つけるように手配したいのですが宜しいでしょうか?」


 主神ゼウスは少し考えた後


「よかろう。 但し、助手は女神アテーナーの化身『神使ミネルバ』を」


「承知いたしました」


 どよめきの中こうして大智の夢召還について大筋の決定が下されたのだった。



 神界の決定など知る由もない大智は仕事を終え、自宅への道を歩いていた。

 先日の屋台があった場所に差し掛かった所で異変に気づき足を止めた大智が見たものは、屋台のあった場所が地面などではなく大きめの池で、池の中央に何か分からない石像のようなものがぽつんと置いてある事がわかった。

 石像は少し汚れていて、性別はよくわからないが古代ギリシャの様な格好にタオルのようなものを頭に被り右手は腰に左手は少し上げて自らの頭の上を指差しているような格好でこちらを見ている。

 何か見てはいけないものを見たような気がした大智は少し早足で逃げるようにその場を離れ自宅へと逃げ帰った。


 自宅の玄関でさっきの事を思い出して立ちすくんでいると


「おかえり!」


 幸希の声が聞こえてきた。


「ああ、ただいま……」


「どうしたの? 顔が真っ青よ? とりあえず靴脱いだら?」


 幸希に促されるように靴を脱ぎリビングに行くと昨日貰った金貨が

 ダイニングテーブルの上においてあった。


「そういえばこれ寝室に落ちてたんだけど」


 幸希はコインを手に取りまじまじと見つめて


「変わったコインね。どこで手に入れたの?」


 一瞬で昨夜の出来事と先程見た光景が頭の中をグルグルとまわりだした。

 どう説明したらいいのか?夢の中での事を説明しても理解してもらえるのだろうか?しかし全て関連しているように思えるし……

 大智は無言のままお風呂に行きシャワーを浴びながら色々と考えて

 パジャマに着替えると、夕食の用意をされているダイニングに向かい

 椅子に座って深呼吸をした後意を決したかのように昨日あった事、夢の中での出来事、さっき見た光景を事細かく幸希に説明した。

 説明の後幸希は左手でコインを光にかざしながら意外な答えを返してきた。


「面白そう!」


 大智は鳩が豆鉄砲を当てられたような表情で幸希を見つめていると幸希は続けてこう言った。


「最近ね、携帯小説に凝ってて……その中でそういう感じの異世界物をよく読んでいるんだけど、自分がもしその世界に行ったらこうするなーとか色々考えちゃうんだよね。人が聞いたら変かもだけどそうゆうのってロマンがあっていいなーって思う」


 幸希はさらに続けた。


「私なら、夢の中の出来事が本当なら行くと思う。

 行って自分が何か出来るかではなくて自分にしか出来ない何かの為にがんばると思うし、今聞いた限りでは神様が応援してくれるんだよね?

 それって最大のチートだし」


「チート?」


「うん。反則級の力?って感じかな? そんなチート使えるならやってみるべきだよ! 普通の人が絶対に経験できない事だし、

 大智が選ばれたのなら大智にしか出来ない事なんだよきっと! 

 行ってその世界の人の力になるべきだよ!」


 確かにそう言われてみると納得できる。何時からか冒険心を無くしてしまい、自分の知りえない事柄について少し臆病になってしまったのかも知れない。


「俺は異世界って言うものが全く分かっていないから色々教えてくれるか?」


「オッケー! 小説もいっぱい読んだし分かる事は教えるよ!

 その代わりその世界であった事とかおしえてね!

 でも……いいなー。私も行ってみたいなー……」


「やってみるか!」 


 大智の中で召還の最後の鍵


            『意志』


 が固まった瞬間であった。


「さあ、そうと決まればさっさとご飯食べて寝ますよ!」


 なぜか自分の事の様に嬉しそうな幸希をよそに緊張で眠れるのか不安な大智は、食事の後片付けを済ませて不安と緊張の中、幸希とベッドに入った。


「がんばって!」


 幸希の励ましの言葉を貰い大智は目を閉じた。



 一瞬だった。

 再び目を開けるとそこには昨日の女神ニーナが優しく微笑みながら待ち構えていた。


「お待ちしておりました大智様」


 昨日と何ら代わりのない雄大な風景の夢の中に女神の姿があり、何度見ても天国と勘違いしてしまう……。

 そんな状況で緊張した様子の大智はこう切り出した。


「あの……昨日の話なのですが……取り敢えずやってみようと思います」


 そう言うと女神は微笑からわっと嬉し泣きのような表情になり右手でガッツポーズをしながら「よし! よし! よっしゃー!」と右手を高らかに突き上げて勝鬨の雄叫びを上げたが、ハッと我に返り


「大変失礼しました!」


 と照れくさそうに言った。

 その仕草は女神とは程遠い普通の女子と何ら変わりは無い様に思えてなぜか大智は笑ってしまうと、さらに照れくさそうになった女神は顔を赤らめたまま


「では説明と注意事項に入らせていただきます。

 まず、転移先ですが第73世界カザルドル大陸のヴァイトリング王国になります。この世界では助けを必要としている方が沢山いらっしゃいますので、大智様のやり方で問題や課題を片付けて行って下さい」


「第73世界カザルドル大陸のヴァイトリング王国ですね? ちょっと質問ですが73世界とは?」


「異世界とは数多く存在しています。その数は想像も付かない程存在し、

 その世界ごとに数字で管理しているのです」


「なるほど!では他にも召還された方がいらっしゃる訳ですね? 

 その方たちはどのような事をしたのですか?」


「そうですね。しかし誰がどこでどういうことをしたという事をお教えすることは出来ません」


「そうですか……」


 大智は少しガッカリしたが、その様子を見た女神は少し戸惑いながら続けた


「それぞれの世界ではそれぞれのやり方があって、同じようなやり方が通じる事は無いので大智様はその世界で自分のやり方でやっていく事になります。

 他の方のやり方はあまり参考にはなりません」


 まあ納得の出来る話ではある。十人十色という言葉もあるように

 やり方が違うのは当たり前のような気もする。


「続けます……

 転移するにあたって神々からのギフトが付与されます。

 まず、異世界にはステータスというものが存在します。これはステータスウインドウでいつでも確認でき、大智様の場合他人のステータスを100%見る事が出来ます……。ステータスと呟いてみて下さい」


 大智は恥ずかしそうに「ス……ステータス」と呟くと、目の前に

 3つのポップアップウインドウのようなものが浮き出てきた。


 左側には

   桐原 大智

   Lv 99999

   ジョブ ALL

   HP∞

   MP∞

   STR99999

   VIT99999

   DEX99999

   AGI99999

   INT99999

   MND99999


 中央は

   スキル


   全創造 Lv 神


  EXスキル


   贈与・剥奪 Lv 神


 右側には

   大称号

   全能の神

   

 と書いてある。


 これが今現在の大智のステータスで、全てのLvが神になっており

 異世界ではレベルだけで言うと魔王クラスでLv1000程度

 勇者クラスでLv1000~1200程度らしく例え攻撃されても絶対に

 死に至る事はないらしい。

 スキルについてはその世界に存在する全てのスキルが使え、それ以外は創造することによって取得可能なので色々試してみる必要がある。

『贈与・剥奪』は任意の相手にスキルやその他の物、ステータスポイントを好きなだけ付与したり、残り1ポイントまで剥奪する事ができ、その場合の大智のポイントに影響は無い。

 称号については最上級の大称号で全能の神を付与されておりこれについては女神もよく分からないので自分で解明する必要があるようだ。


 大智はよく分からない事ばかりで戸惑っていたが、分からない事は

 後々聞いたり調べたりしていけばいいのだろうと思い


「大体分かりました。注意事項をお願いします」


 女神はほっとした様子で注意事項について話し出した。


「注意事項は特に無いのですが、これだけの力故に世界を救う事も征服する事も可能ですが場合によってはどちらを選択されても構いません。

 他人にステータスを覗かれたら貴方を悪用したがる輩が現れる可能性もあるので、出来るだけ隠蔽する事をお勧めします。

 隠蔽については創造スキルで作成して行使できるようになりますので、

 ぜひやってみてください。

 逆にステータスを見せる事で上手く行く場合もありますので、

 そこは大智様の考えの下行なってください」


 大智は自分がこれから行く世界においてこれほどの力を持って出来ない事など無いのではないかと思うと少し武者震いのような感覚を覚えたが、新しく行く世界は想像も出来ないような所だから、やはり少しの緊張と不安があり初めて就職して初めての出社の時の感覚が蘇ってくるような気がした。

 異世界で自分は人の役に立てるのか? 認めてもらえるのか? 

 色々な思いが渦巻いている中勇気を振り絞って


「では送ってください!」


「はい……。では!」


 女神は高く舞い上がり両手を大きく広げ神々しいほどの光を放ち


「夢世界の女神ニーナ・テルピッツより命ずる。

 桐原大智を第73世界カザルドル大陸に転移召還させよ」


 大智の周りの景色が瞬く間に渦巻く風に覆われ、大智を飲み込んでいくと

 同時にあたりは真っ暗になった。

 しかしすぐに眩い光に包まれ、そこは見た事も無いような木々や草花、

 少し先には小川が流れ小川のすぐ近くに不思議な形の蝶のようなものが

 ひらひらと舞い、見渡すとあたり一面に広がる雄大な草原と山脈があり

 その麓には小さな村のようなものがあって、そこに続く道には初めて見るようなどこかで見た事があるような文字が書かれた木製の道しるべ的な看板が立っていて、ここは間違いなく異世界であると確信できる。


 大智は立ち上がり大きく伸びをしてから


「取り敢えずはあの村に行ってみるか」


 パンッっと両方の頬を両手で叩いて歩きだした。

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